真夜中は別の顔3
翌日から“ええ子”をやめた藤吾は両親がいないのをいい事に夜遊びをはじめた。
「バラしたらどうなるか、わかっとうな」
あたしは藤吾の脅しに屈した。
さわらぬ神にたたりなし。
不良達のような目には合いたくない。
両親が帰ってくるまでの我慢だ。
そう思って過ごしている。
それにしても、夜遊びをはじめて本日で四日目。
現在、時刻は午後十一時半。
藤吾はいまだ帰る気配すらない。
昨日、一昨日は今の時間頃には帰ってきていたのだが今日はひどく遅かった。
連絡一つよこさず、どこで何をしているんだか。
「はつくしゅん」
あたしは寒さで目がさめた。
お風呂に入った後、テレビを見ているうちにうたた寝してしまったらしい。
深夜のテレビショッピングの画面を消してリビングの時計を見上げる。
針は午前三時をさしていた。
藤吾はまだ帰っていない。
家の中は、いつもより静かだった。
いや、昔のように静かに戻ったというべきか。
一人きりで家にいるのは久しぶりだ。
こういう時は嫌なことを思い出す。
母さんが二度と帰らなかった日のこと。
あたしは小学六年生。
家に帰ると“買い物に行ってきます”という母さんのメモがあった。
別段、いつもと変わりないことだったから、友達の家に遊びに行ってくるという走り書きを残して、あたしは家を出た。
夕飯までに戻るつもりだった。
遊んでいるうちに遅くなり、友達の家で夕飯をもらうことになった。
連絡をとろうとしたが、家の電話にも携帯にも、母さんが出ることはなかった。
おかしいと思ったのだが、そのまま友達の家で夕飯をご馳走になった。
九時少し前に帰ると、家は真っ暗なままだった。
あたしが残した走り書きもそのまま。
嫌な予感がした。
暗闇で電話が鳴る。
それは母さんが交通事故に合ったという警察からの電話だった。
父さんに連絡をとって、病院に向かったが手遅れだった。
あたしが着いた時、母さんは息を引き取っていた。
…だから夜は気がめいる。
昔の嫌なことばかりが思い出されるから。
まわりが暗いから、暗いことしか考えられなくなるのかな。
あたしはちらりと家の電話と携帯をみた。
どちらにも留守録や着信履歴は残っていない。
ふたたびくしゃみがこみ上げる。
すっかり湯冷めしてしまった。
もう寝てしまおうかと思った。
それでも、なんだかんだとコーヒーを淹れて、ずるずるとリビングに居続けてしまう。
午前三時半。
玄関の鍵の開く音がした。
「どこに行ってたの!」
あたしはリビングから飛び出し玄関の前で仁王立ちになりながら藤吾をにらんだ。
今までどこにいたんだこの馬鹿、と怒鳴り散らすのをこらえる。
藤吾は一瞬おどろいたものの。
「まだ起きてたんか。お互い好き勝手してればええやろ」
すぐになにくわぬ顔になって、あたしの横をとおりすぎる藤吾からは甘い香りがした。
たぶん女の人と一緒にいたんだ。
あたしの中に複雑な感情がめばえる。
なんだろう、これ。
「遅くなるなら連絡ぐらいしてよ。事故に合ったかと思ったじゃない」
感情にまかせて言った。
自分でもよく分からない衝動だった。
あたしの激昂に藤吾は気分を害したらしい。
不機嫌そうにこちらを向いて口をひらきかける。
だが、反論しようとした藤吾は、その口を開けたまま黙っていた。
今まで見たことのない表情が藤吾の顔に浮かんでいる。
「……なして泣く?」
藤吾が目をみはりながら問う。
そこで、あたしはようやく自分が泣いていることを知った。
どうりで藤吾がにじんで見えるわけだ。
頬を伝うのは涙だった。
なんで?
わかっている。理由は一つだ。
「心配……したからに決まってるでしょ」
認めたくはないが藤吾の姿を見て安心したのは事実だ。
女の人とどんなことをしようが構わない。
あたしは藤吾の彼女ではないし、非難することも、束縛する権利もない。
けれども、藤吾とあたしは家族だ。
こうして無事に家に帰ってきてくれることが嬉しかったのだ。
「心配……してたんか?」
藤吾が首をかしげて不思議そうにあたしを見た。
今まで心配されたことがなかったのだろうか。
「当たり前でしょう。家族だもん」
当然のことのように口をついた言葉にあたしは恥ずかしくなった。
絶対に馬鹿にされるにきまっている。
「ニセモノやけどな」
馬鹿にした笑いが返ってくると覚悟していたのだが、意外にも藤吾が返してきたのはちょっと照れたような苦笑いだった。




