5.アルトさんとポーラちゃん
聞きたいことは山ほどあるけれど、まず私達は自己紹介をすることにした。
ポーラちゃんのお父さんの名前はアルトさん。
年齢は26歳。
因みにポーラちゃんは8歳。
随分若いなとは思っていたが、18歳の時のお子さんだとは…。
今の私の年齢ですでにお父さんになっていたということになる。
それにしても、ポーラちゃんが8歳というのも驚きだ。
しっかりした言動だけでなく、体も8歳に見えないお姉さんだ。
私は身長165cmなのだが、ポーラちゃんはすでに私の肩くらいまで背がある。
手足もすらっと長いし、将来はモデル体型間違いなしだ。
「カナさんは……え?
18歳??」
二人ともとても驚いていた。
…なぜ?
「娘の命の恩人には悪いけど、成人してるようには見えないな…」
「成人って20歳じゃないんですか?」
「こちらの世界では15歳で成人とみなされることが多いね」
「…私って、いくつ位に見えます?」
「……………12歳位?」
「……………」
…そこまで幼く見えるのか、私。
自分で聞いといてなんだが、ちょっとへこむかも…。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、ポーラちゃんが心配そうに私を見ている。
「お姉ちゃん、大丈夫?
お姉ちゃんが可愛いから、お父さんも私もほんとの年より若く思っただけなんだよ?」
…なんなの、この子。
8歳が言えるフォローじゃないわ。
ああ!さっきアルトさんがしていたように、ギュッとしたい。
私が衝動に負けないよう悶々としていると、申し訳なさそうにアルトさんが声をかけてきた。
「カナさん、すまないが場所を移動しないか?
もうすぐ日が暮れてしまう。
この時間からコポの村に戻ることはできないから、今夜は野営になる。
ここはまた狼が来るかもしれないから、安全な場所まで移動したいんだ。
カナさんも一緒に来るだろう?」
「お話はありがたいのですが、さっき会ったばっかりなのに良いんですか?」
「遠慮することないよ!
ポーラの命の恩人なんだ。
お礼くらいさせてくれ」
アルトさんはさわやかな笑顔で言い切った。
…なんなの、この親子。
良い人過ぎるんですけど。
さっき会ったばかりなのに、信じちゃっていいのかな?
いや、信じるしかない。
信じず一人でいても、きっと野垂れ死んでしまうだけだろう。
「では、お言葉に甘えてよろしくお願いします」
今度は私が深々とお礼をした。
さて、次の行動が決まると野営に向けての準備だ。
せっかく水場にいるので、野営場所へ移動する前にここで少し準備が必要なようです。
アルトさんはどこからともかく2リットル位入りそうな水瓶を取り出した。
え?どこからそんなの出てきたの??
私がぽかーんとしていると、アルトさんがテキパキと指示を出す。
「カナさんはこの水瓶いっぱいに川水を汲んでくれないか?
ポーラは河原に落ちている乾いた薪を探すんだ」
アルトさんはそういうと懐からナイフを取り出した。
「俺は狼の毛皮を剥ぐ」
私が先ほど吹っ飛ばした狼だ。
この場で生皮剥いじゃうの?
ホラーやスプラッタ映画は平気だけど、ライブで見るのは初めてだわ。
怖いけど興味ある…なぁ。
私は、急いで水を汲む作業に取り掛かる。
水瓶は意外と重かった。
推定5㎏くらい。
いくら男の人とはいえ、ぱっと取り出せるほど軽くはない。
アルトさんて力持ちなんだなぁ。
私は感心しながら、スニーカーと靴下を脱いで水瓶を持って川の浅瀬に入る。
川の流れは意外と緩やかで、歩き疲れた足には心地良かった。
私は水瓶の中を軽く濯ぎ、川の水で満たした。
重いことに気を付けるくらいで、簡単な作業だ。
作業を終わらせると、毛皮を剥ぐ作業を見物すべくアルトさんに近づいた。
アルトさんは近くの木に狼を足からつるし上げ、器用に毛皮を剥いでいった。
嗅ぎ慣れない血の匂いに咽そうになるが、その光景は不思議とグロさはあまり感じられなかった。
「…毛皮を剥ぐのがそんなの珍しいのかい?」
アルトさんは手を止めずそう言った。
「はい。初めて見ました」
私も素直に答える。
「カナさんは、どこかの国のお姫様なのかな?」
「いえ、普通のサラリーマン家庭で育った一般庶民です」
「…サラリーマンはわからないけど、一般庶民だったら皮剥ぎ位珍しくないでしょ」
「そんなことないです。
狼に遭ったのも今日が初めてです」
「狼なんてこの辺りの野山にはどこにでもいるよ。
こんな森辺なら、狼除けをしていないと格好の餌になってしまう位にね」
狼除けか。そんなものがあるのか。
そうこう話しているうちに、アルトさんは2匹の狼の毛皮を剥ぎ終えてしまった。
因みに狼の肉は臭くて食べることが出来ないらしい。
新たな狼が寄ってきては危ないので、狼の死体は木の根元に埋めた。
「お父さん。
薪を集め終わりました」
ポーラちゃんはそういうと薪をアルトさんの足元に置いた。
「ご苦労様、ポーラ。
カナさんも水瓶をここに置いてくれるかな?」
「はい。
…ええっ?」
アルトさんが手を触れると、薪と水瓶はたちまち姿を消した。
「え、え?
消えちゃったけど、なんで…?」
なんだ、なんだ?
ずいぶんと鮮やかに消えたけど、手品か何かか?
「ああ、カナさんは魔法を知らないんだね。
これは空間魔法の一種で物体を自由に出し入れできる魔法なんだ。
ただし、生きているものは出し入れできないけどね」
アルトさんはそう言うと剥いだばかりの毛皮を右手で触れて消した後、左手に毛皮を再度出して見せてくれた。
ま、魔法ですと?
魔法って、あのハ〇ー・ポッターに出てくるアレのこと?
あれってフィクションじゃ…。
でもこれで納得できる。
あの水瓶はずっと持っていたのではなく、今見せてくれた空間魔法とやらで出したんだね。
「さて準備もできたし、今夜の寝床を探そうか。
魔法の話は長くなるからね。
移動してから教えてあげるよ」
アルトさんはそういうと左手に出した毛皮を消し、ポーラちゃんの手を繋いで歩き出した。