4.衝撃の事実
私は恐る恐るバットで吹っ飛ばした野犬に近づいた。
金属バットでつついてみる。
…反応はない。
更に足で体の向きを変えてみる。
…反応はない。屍のようだ。
ノックが命中した野犬にも同じように試したが、やはり反応がなく死んでいた。
女の子を助けるため仕方ないとはいえ、殺してしまうとは…。
良心が疼く。
「…お姉ちゃん?」
声をした方を振り向くと、先ほど野犬に追いかけられていた女の子が私のそばに来ていた。
心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
この子が無事だったのだ。
野犬を死なせてしまったことは、仕方がないことだったと割り切るしかない。
それにしてもこの子ったらなんてかわいい顔をしているんだろうか。
茶色い髪に碧い目をした外人さんで、お人形のように顔の整ったとってもかわいこちゃんだ。
きっと将来はモデルさんだろう。
間違いない。
日本の森の中でこんなかわいい小さな女の子が一人でいるなんて、親はいったい何をしているんだ。
「怖かったね。
怪我はない?」
精一杯の笑顔を作って女の子に声をかける。
不安げな女の子の顔はみるみる笑顔になる。
「狼から助けてくれてありがとうございました。
おかげで助かりました」
女の子は礼儀正しくぺこりとお辞儀をした。
…ん?
今この子、狼って言わなかった?
狼って日本で絶滅してなかったっけ?
「狼?
野犬ではなくて?」
「お姉ちゃん、これは狼だよ。
この森の奥は狼の縄張りだから、野犬はいないんだよ」
女の子はきょとんとして私の質問に答える。
そ、そうなのか。
狼がいるのか。
絶滅したと私が勘違いしていたのかもしれない。
そういえば、最近ニュース見ていなかったからな。
狼が実は生きていましたと報道されていたのかもしれない。
「ところでお姉ちゃんは変わったお洋服を着てるけど、どこから来たの?」
私が狼について一人考察していると、女の子が私のプリーツスカートを不思議そうに見て尋ねてきた。
私が来ているのは一般的なセーラー服だ。
多少土で汚れているが、そう珍しいものではない。
「私は横浜に住んでいるんだよ。
気が付いたらこの森にいてね、むしろここはどこなのかな?」
「…ヨコハマ?」
「そう、神奈川県横浜市。
ここから遠くないと良いんだけど」
そう。
私は家に帰りたいのだ。
せっかく人に出会えたのだ。
女の子が帰り道を知っていると良いな。
「…カナガワケン?
どっちも聞いたことないなぁ」
なんですと!
神奈川県も横浜市も知らないだと!?
いくら山深くの森の中にいる女の子でも、神奈川県も横浜市も知らないってことあるのかな?
「……じゃぁ、ここはどこなのかな?」
恐る恐る聞いてみる。
「ここ?
ここはヒューイの森だよ。
お父さんが冒険者でね、薬草を取りにこの森に来たんだけどはぐれちゃったんだ」
…ヒューイの森?
それって日本の地名ですか?
初めて聞く地名だ。
それに冒険者ってなに?
そういうお仕事でご飯食べていける職業、日本にあるの?
「ここって、日本だよね…?」
まさかと思いつつ女の子に尋ねる。
「…お姉ちゃん、ニホンって何?」
……!!!!!
さすがに日本を知らないってありえないってば!
こここここ、これはいったいどういうことだ!?
私は混乱した。
森の中で目覚めた時よりもパニクっている自覚がある。
おおおおお、落ち着け自分。
失礼だけど、この子がたまたま日本も神奈川県も横浜市も知らないだけかもしれないじゃないか。
それに私もニュースとか最近見てないし地理も苦手なもんだから、ヒューイという地名にピンとこなかっただけかもしれない。
いや、きっとそうだ。
たまたまお互い知らなかっただけだ。
「お姉ちゃん大丈夫?」
明らかに様子がおかしくなった私を心配そうに女の子が尋ねてくれる。
「お姉ちゃんごめんね。
私がその地名を知らないだけかもしれない。
お父さんなら知っているかもしれないから、聞いてみよう?」
なんて良い子なんだ!
私の気持ちを察して気遣ってくれるなんて。
こんなできた小学生、初めて会ったよ。
私が感動していると、ちょうど遠くから声が聞こえた。
「…ポーラッ!」
女の子と同じ髪の色の男の人がこちらに向かって走ってくる。
「お父さん!」
女の子が男の人に駆け寄り、抱きしめられる。
どうやら女の子の名前はポーラちゃんというらしい。
そして、あの人がお父さんなのね。
「無事で良かったっ!
心配したんだぞ。急に姿が見えなくなるから…」
「…ごめんなさい。
お父さん…」
ポーラちゃんのお父さんは、宝物のようにポーラちゃんをぎゅうっと抱きこんでいる。
あれじゃ、ポーラちゃんは身動きが取れまい。
それにしても、ポーラちゃんのお父さんは若いな。
20代前半に見えて、とても子持ちには思えない。
大学生といわれてもおかしくないくらいだ。
「…お父さん、苦しいよ」
「ああ!
ポーラすまない」
お父さんはようやくポーラちゃんを解放した。
「お父さん、あのね。
お父さんとはぐれてから狼に追いかけられて、このお姉ちゃんに助けてもらったの」
「な、なんだって?
けがはないのか?」
お父さんはあわててポーラちゃんの全身を確認する。
そうだよね、大事な娘さんに傷がついたら大変だもの。
お父さんはポーラちゃんの確認が終わると、私の方を向いて深々と礼をした。
お父さんはポーラちゃんと違い、髪と同じ茶色の目をしている。
かなりのイケメンの外人さんだ。
「そこのお嬢さん、娘を助けてくれてありがとう。
感謝する」
「いえ…、間に合って良かったです」
正面切ってのお礼は言われ慣れていないので、照れてしまう。
生き物を殺してしまって良心が疼いていたけど、この親子の心温まる姿をみるとやっぱり間違いではなかったんだと思う。
「…それにしても、お嬢さんはここらじゃ見かけない格好だな。
荷物も少ないようだけど、連れの人がいるのかい?」
お父さんは不思議そうに私に尋ねた。
「連れはいません。
気が付いたらこの森にいたんです。
伺いますが、日本とか神奈川県とか横浜とかご存じですか?」
お父さんは黙りこくって考えている。
「…いや、残念ながら知らないな」
「そうですか…」
お父さんも知らないのか。
「すいません。
ポーラちゃんからここはヒューイの森と聞いたのですが、一番近い町はなんていうんですか?」
もしかしたら、私の知っている町の名前を言ってくれるかもしれない。
すがるような気持ちで聞いてみる。
「……一番近い町は、スートリアだ。
ここからだと3日歩いた距離位かな。
一番近い村はコポで、それでもここから半日かかる」
…なんですと?
スートリア、コポ。
ヒューイに続いて明らかに日本の地名ではない。
外国?ここは外国なのか?
「…たびたび変な質問をしてすいません。
ここはなんという国なのでしょうか…?」
「ここはファーラン王国だよ」
ファーラン?
え、国の名前すらピンとこないんですけど。
ここまで地理が壊滅的だと怖くて受験に使えない。
そもそも、私パスポート持ってない。
聞いたことない国にいるってこれって拉致なの…か?
大使館に駆け込んだら助けてくれるかな。
私が俯いて考えていると、お父さんがとんでもないことを言い出した。
「ねえ。
お嬢さんはもしかしたら異世界から来たのかい?」