2.気づけば森の中
…どれくらい気を失っていたんだろうか。
鳥の囀る声が聞こえる。
今は夏のはずなのに、吹く風は湿気が少なく心地良い草の匂いがする。
瞼越しに明るい光を感じる。
ゆっくり瞼を開くと、そこは見知らぬ森だった。
…
……
………森だと?
がばっと勢いをつけて起き上がる。
体はどこも痛くない。
キョロキョロ辺りを見渡すが、見慣れたものは何一つなく人っ子ひとりいない。
起き抜けで頭が回らない中考える。
なんだ。
どうした。
何があった。
まず、気を失う前何があった?
「……あ。」
自分の声とは思えないくらい掠れていた。
ファミレスを出て家に帰る途中、信号にトラックが突っ込んできたんだった。
気づいたときには目の前にトラックのヘッドライトがあって、そこから覚えていない。
「…生きてる。」
手をグーパーしてみる。
うん、動く。
ベタだか、ほっぺたも抓ってみる。
うん、いひゃい。
立ち上がってみる。
とりあえず見える範囲では体に異常はない。
異常なのは私の周りだけだ。
こんな森、近所にない。
「……お?」
見慣れたバットケースが転がっている。
中を確認してみる。
そこには見慣れたシルバーボディに黒く『一打入魂』の文字がある。
胸が熱くなる。たかが自分のバットなのに。
それだけこの状況が異常なのだろう。
少し落ち着いてきたので辺りを再度見渡してみる。
バットの他にもバッグを持っていたはず。
周辺をくまなく探すも、それらしいものはなかった。
「…親切な人が交番にでも届けてくれているだろう」
バッグを探すのを諦めて、まずここから動こう。
事故に遭い前後不覚になったとは言え、なぜ森にいるのだろうか。
怪我がないとは言え、病院に運ぶのがデフォだろう。
それ以前になぜ気を失った人間をわざわざ人けのない森へ運ぶ?
どう考えても救急車を呼んでくれたほうが労力が少ないだろう。
「ま、まさかっ」
人目がないことをいいことに、制服のスカートをめくる。
…よかった、パンツはいてる。
下腹部に違和感もない。
多少土がついているが目立った着衣の乱れもない。
よからぬことを考えた輩がここまで運んできたのではないようだ。
私は遭遇したことはないけれど、世の中には変質者といわれる不届き者がいる。
ニュースでもたびたび目にする卑劣な行為に怒りを覚えたものだ。
さすがに家族も心配しているはず。
連絡を取ろうにも、スマホはバッグのポケットに入れていたので手元にない。
「公衆電話か、親切な人に電話を借りよう…」
道らしい道は見当たらないけれど、とりあえず私は一歩踏み出した。