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28.魔法を受け継ぐことが出来なかった子供 2


「ああ、良かった。

付いて来てはいないようだね」


コポ村が背後に小さくなった頃、アルトさんは歩みを止めて言った。


「いやあ、生意気な子だったろう?

あれだけ言っても付いて来られたらどうしようかと思った。

死なせてしまったら、ミラさんに合わせる顔が無かったよ」

「「…」」


…あそこまで言われたら付いて来られないだろう。

精霊と契約は結びたいだろうが、14歳の身空で狼と死の契約は…まだ結びたくはないだろう。

契約が無事できても、森で生き残れるとは限らない。

狼に襲われたことがあるポーラちゃんもそう思ったのだろうか。

ぶるっと身を震わせていた。



「なんであんなこと言ったんですか?」

「あんなことって?」

「ミラさんと村長さんを説得出来たら、マナの木に連れて行くって。

それどころか、修練の面倒まで見てやるという風に聞こえましたけど?」

「うん。

そのつもりで言ったんだよ」

「お父さん、このことについて出しゃばらないって言ってなかった?」


ポーラちゃんが珍しくアルトさんに突っこんだ。


「そのつもりだったんだけどね。

あそこまで言われちゃうと、つい肩を持ってしまいたくなってさ。

なんとなくリクを見ている気分になっちゃって」

「お兄ちゃん…」


ふむ。

アルトさんの長男(12)の名前はリクというのか。


「ヒューイの森のマナの木で、契約出来なかったらどうするんですか?

アルトさんの時みたいに5年かかっても、面倒見てあげるんですか?」

「ちょっと!

5年ってのは俺のことではなくて、ある冒険者の話であって…」


さっきアルトさん自らカイトに言っていたでしょうに…。

なぜ頑なに認めようとしないんだ。


「お父さん。

そんなに旅を続けたら、お仕事クビになっちゃうよ?」


ポーラちゃんは心配そうにアルトさんを上目遣いで言った。

はあ、今日も安定の可愛さだ。


「はは。

冒険者として稼ぐという方法もあるけど、三人目も生まれるし安定を手放すことはしないよ。

それにカイトならヒューイの森で精霊と契約できると思うよ、たぶんだけど」

「どうしてですか?」

「マナの木と人には多少なり相性がある。

親子なら同じマナの木で結べる可能性が高い。

だから親は、真っ先に自分の子を自分が契約したマナの木へ連れて行く。

俺は自分が精霊と契約したマナの木にポーラを連れてきて、実際ポーラは契約出来た。

因みにリクは、奥さんが契約したマナの木だったよ」


アルトさんのお子さんは二人とも順調に契約出来ていたのか。

でもアルトさんは…。


「アルトさん自身はなぜ時間がかかったんですか?」


なぜか認めたがらないが、契約してくれる精霊を見つけるのにアルトさんは5年を要したはず。


「そこなんだよね。

同じ木で結べるのはせいぜい親子まで、孫の代だとほぼ間違いなく結べない。

親子でもあくまで可能性であって、必ずではない。

因みに俺の祖父と父、そして俺は全く別のマナの木だった。

だから祖父も父も苦労した分、俺はすぐに精霊と契約できると踏んでいたんだけど…ね。

そういや、奥さんも精霊契約には苦労したっていってたなあ…」


なるほど。

本命が外れたら、後は虱潰しにマナの木を探していかなければならないのか。


「…で、カイトはヒューイの森のマナの木と契約を結べると?」

「可能性は高い。

カイトの父、ジャイロはマナの木を探しにコポの村に来てミラさんと結婚したんだ。

運命の人と木が一度に見つかったって、それは喜んでいたよ」


アルトさんは懐かしそうに言った。

どうやらアルトさんは、故人であるジャイロさんと面識があるようだ。


「ジャイロは自身の親が契約した木ではなく、ヒューイの森のマナの木と契約している。

だから、可能性は高い。

問題はどちらのマナの木かってことだ。

最悪どちらでも無かったら、適当に扱いて一人で探させるよ」


…ああ、だからか。


「…最悪の場合、カイトはコポ村を出て、一人で旅をしなければならないってことですか」

「その通りだよ、カナ。

カイトはコポの村を、親元を離れることはできるかな?」


アルトさんが言う親元を離れるとは、自活するということだ。

生活費も自分で稼がねばならない。

カイトにそれができるのか?

…もし私だったら、無理だと思う。


「それにこの世界は、子供が一人で生きていけるほど甘くない。

俺も一人でマナの木を探していた時はひどいものだったよ。

一人で旅する子供なんて、悪い大人の格好の餌食だから。

ま、俺もヤンチャしてたから相手に遠慮はしなかったけどね。

カイトは自分の身は自分で守れるのかな?」


…。

アルトさんはなんだか怖そうなエピソードをお持ちのようだ。

この場合、大人に負けないくらいの腕っぷしが必要だということだ。

カイトはそれを持ち合わせているのか?

…私には金属バットがある。

能力的には十分腕っぷしが強いと言えるだろうが、積極的に使いたいとは思えない。

バットで人を叩きのめすことに抵抗があるのだ。

言い訳だが、狼や熊は事故みたいなものだと思い…たい。

武器としてバットを使う。

異世界にいるとはいえ、私にはそこまでの覚悟はまだ無い。


「最近は昼間っから酒に逃げているみたいだし。

あんな状態のカイトが、果たしてマナの木を探しに耐えられるかな?」


マナの木探しは精神的にも堪えるものだそうだ。

アルトさんでさえ、5年の歳月もマナの木を探し続けることはかなり精神的にきていた様だった。

マナの木を運命の人と例える位だ。

運命の人も5年も探し続け、出会う度に人違いと振られ続ける。

…並大抵の精神力では耐えられないだろう。

お酒に逃げるカイトもきっと耐えられないだろう。

マナの木が見つからず、酒に飲まれる日々…。

アルコール中毒まっしぐらだ。

若いとはいえ、肝臓も悲鳴をあげるに間違いない。

旅先で動けなくなったらどうなってしまうんだろう?

日本だったら通信・移動手段が整っているから、身内が駆けつけるのも簡単だ。

異世界ではどうなるのだろうか。


もし私がマナの木を見つけるのに数年を要してしまったら…。

精神的には耐えられ…る気がする。

生活力が無いから、野垂れ死にそうだけど。



「あの子にこれらの覚悟が果たしてあるのかな?

少なくとも、ミラさんはそこまでしてカイトに魔法を使えるようになって欲しいとは思えなくてね」


だから、ミラさんに相談しろと言ったのか。


「子供は親だけに育てられている訳ではない。

特にコポのような田舎なら、子供は村の子供でもある。

バズさんもああ見えて、カイトのことを心配しているんだよ」


…。

バズさん、ごめんなさい。

昼間っから草むしりしていたから、心も平和な村長さんだと思っていたよ。

お気楽な人だと勘違いしていたことを、私は心の中で反省した。


「ミラさんとバズさん。

半月の間にこの二人を納得させられない様じゃ、俺はカイトを預かることはできない。

コポの村を出る覚悟、

己の命を守り抜く覚悟、

マナの木を探し続けることになるかもしれないという覚悟。

たった二人の大人にこれくらいの覚悟をみせられないようじゃあ、このぬるま湯(コポ村)からは出られない。

厳しいようだけど、村を出ても無為に命を散らすだけだ。

…魔法を受け継ぐことが出来なかった子供が魔法を得るのは、命がけなんだよ」

「「…」」


ポーラちゃんは顔を俯かせた。


ポーラちゃんのように魔法を使える保護者(アルトさん)がいれば、自活する必要は無い。

アルトさんが養ってくれるから。

親として命の危険が迫っても守ってもらえるし、精霊と契約出来なくても慰めてくれるだろう。

だから、安心して8歳になってすぐ修練を始めることが出来る。

しかし、カイトには魔法を使える保護者(ジャイロさん)がいない。

この時点でポーラちゃんとカイトの間には随分大きなアドバンテージがある。


魔法を使える保護者がいない分を自らで補おうとすれば、子供としての甘えは捨てなければならない。

捨てなければ魔法を得るどころか、死ぬかもしれない。


…カイトはそれらを持ち合わせているのだろうか。



いやいや、偉そうにカイトの心配をしているが私なんてカイト以下だ。

覚悟なんてない。

それでも命の危険を感じず今の私がここにいるのは、アルトさんの研究対象として契約が成り立っているからだ。


もし、金属バットに加護が無かったら。

もし、ポーラちゃんに出会えていなかったら。

もし、アルトさんがモルモット契約を提案しなかったら。

もし、これらのアドバンテージが無かったら。


私に魔力があったとしても、何もできなかっただろう。

魔法を得るどころの話ではない。

ヒューイの森すら出ることも叶わず、野垂れ死にどころか狼か熊の餌となっていたに違いない。


私は知り合いなんて一人もいないのに、この世界に来た。

この世界での理を知らない赤ちゃん同然の私に、一人で生きる術もない。

加護が無ければ金属バットはただの金属バットだ。

女の腕力では武器といってもたかが知れている。


もし善良な人に拾われれば、この世界で生きていくことは出来るかもしれない。

もしそうではない人だったら?

見た目年齢13歳の子供である私だ。

この世界での今の私は、実質的に家出少女と対してかわらない。

不本意だけど。

果たして右も左もわからない私が、犯罪に巻き込まれずに済むだろうか。

生活力が無いので、切羽詰まれば甘い言葉に釣られない自信は…残念ながら無い。

そうすれば、想像するのも(おぞ)ましい未来が待ち構えていたかもしれない。

元の世界に戻るという話どころではないはずだ。



思えばモルモット契約を提案された時は、元の世界で培った常識のせいか生理的嫌悪が強すぎた。

心の中でとはいえ、アルトさんのことを酷くいった自覚もある。


ほんとにいいの?

自分で言うのもなんだけど、こんな好条件で生きていく術を身に着けさせようとする人間はこの先いないよ?


アルトさんが放ったあの時の言葉。

正直ムカッときた。

当時は衣食住の面倒を見てくれるからと言って、女子高生研究出来ると考えるなんてけしからん奴だと思った。

もちろんそれが誤解であり、アルトさんの人柄から研究に対する嫌悪感も今はほぼ無い。

研究への熱心さに辟易することはあるけれど。


カイトの事情を聞いて、アルトさんの提案がものすごく破格だったことに今更ながら気が付いた。



…私、かなり恵まれていたんだな。



なんで私が異世界にと思った。

来たくて来たわけではない。

理不尽だなと何度思ったことか。

早く元の世界に戻りたいという気持ちは今も変わらない。


しかし、今も尚元の世界への希望を捨てずに入れるのは、恵まれていたからなのだ。

ポーラちゃんに出会ったこと。

アルトさんに出会ったこと。

なにより金属バットに加護を与えられたこと。

それに私には魔力もあって、よくわからないけど精霊との契約も出来た。

この調子なら魔法もすぐに覚えられそうだと言われている。

今ならわかる。

こんなに順調なことは有り得ない。



私が異世界に来て心得ようと努めていること。

戸惑うことは多いけれど、異世界の理について理解が及ばなくても受け入れること。

時間がかかっても私の世界や私自身について、理解してもらう努力も怠らないようすること。

そして今日からはもう一つ、恵まれたこの環境に感謝しようと思う。





次からやっと魔法の修練に入れそうです。


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