27.魔法を受け継ぐことが出来なかった子供 1
長くなったので分けました。
今日はミラさんに頼んでいた着替えを無事受け取れた。
道中不埒な輩に絡まれることもなかった。
絡まれると言えば、バズさんの家に戻ってもカノンちゃん親子の餌食にならずに済んだ。
私は異世界に来て6日目にして、初めて心穏やかに一日の終わりを迎えられたような気がする。
私はバズさんの家で夕食を噛みしめながらそう思った。
「アルト殿は明日また森へ発たれるのだね?」
夕食があらかた片付いた頃、バズさんがそう言った。
「ええ。
明日の朝にはガドさんに頼んだものが出来上がるので、その足で森へ向かおうと思っています」
「…そうか。
暫くはこの辺りにいるんだろう?」
「そうですね。
ポーラの修行を始めたばかりですし。
ちょくちょくコポにも顔を出させてもらうつもりです」
「それは助かるよ」
バズさんは明らかに顔に安堵の色を見せた。
アルトさんはコポ村に寄るたびに、バズさんから頼まれごとをされている。
仕事内容はよくわからないが、魔法を使えないと出来ない仕事らしい。
ここまでアルトさんを当てにしているということは、コポ村には魔法を使える人がいないのだろうか。
「アルトさん、コポ村に魔法を使える人はいないんですか?」
私は寝室に戻ると、気になっていたことを聞いてみた。
「うーん…。
俺の知る限りまともに使える人はいないかな。
才能は有りそうだけど、教える人がいなくて燻っている子ならいるけど」
「…親を亡くした子ということですか?」
「そう、カナやポーラも昨日あった子だよ」
…昨日あった子?
はて。
カノンちゃんは、両親健在だし…。
「ミラさんの家であった子だよ」
「ああ、あの酔っ払い」
ミラさんの息子、カイトか。
「うん。
魔力量なら、ポーラ位あるんじゃないかな。
だけど、修練を始める前の年にお父さんが亡くなってね。
親戚縁者に碌に魔法を使えるものがいなくて、14歳になってもその身を持て余しているのさ。
…その気持ちはわかるけどね」
そういえば、アルトさんは13歳になるまで精霊と契約出来なかったんだっけ。
…頑なに認めないけど。
ん?
それよりもあいつ14歳なのか。
未成年飲酒じゃないか。
「ミラさんは教えてあげないんですか?」
「…残念ながら、ミラさんは魔力を持っていない人なんだよ」
「そうでしたか」
「コポみたいな小さな村なら、魔法を使える人は一人いればいい方なんだ。
魔力も多く将来を渇望されていたのに、修練の直前に父を亡くす。
周囲の落胆はそれは大きかったことだろう。
本人に罪は無いとはいえ、期待が大きい分居たたまれなくもなるだろう」
私にはまだよくわからないが、それだけこの世界での魔法への依存が高いということなんだろう。
可哀そうだとは思うけど、私にどうすることもできない。
そういえば、魔法は親から子へ教え受け継ぐものだと言ってたっけ。
アルトさんがこれだけ事情に通じて何もしていないのは、それなりに事情があるのだろう。
「…こういう世界だから、こんなこともあるんだよ。
俺が積極的に出しゃばるわけにはいかない。
今はね…」
「…」
私はアルトさんとモル契を結んだ時の話を思い出した。
アルトさんはカイトのような子を救済すべく、私を『研究』することが必要だと言ったのだ。
きっとこの国にはカイトのような子が沢山いるのだろう。
願わくば、カイトのように酒に逃げるような子であって欲しくない。
幼少期からの飲酒による人体への影響を、この世界の人はどれだけ知っているのだろうか。
大量に摂取すれば急性アルコール中毒になるし、慢性的な飲酒は依存性が高い。
アルコール依存症は立派な病気だ。
それに、肝臓からの悲鳴が聞こえたときにはもう手遅れなのに。
肝臓は沈黙の臓器と言われているんだぞ。
私はアルコールの肝臓に与える負担について思いを馳せながら、いつの間にか眠りについていた。
翌朝もやっぱり晴れていた。
ここまで晴れが続くと、第一次産業に就かれている方のご苦労が忍ばれる。
空を見ても、雲一つない。
そういえば、この世界でも雨が降る原理は同じなのだろうか。
それとも精霊や魔法であれこれするファンタジーなのだろうか。
日本だともうすぐ台風の季節だけど、異世界でも台風はあるのかなとふと思う。
私たちは朝食頂いてからバズさんの家を辞し、ガドさんの鍛冶屋へ赴いた。
ガドさんの仕事場からは、朝にもかかわらずカンカンと鉄を叩く音が聞こえていた。
「ガドさん、おはよう」
「おお!
アルト、約束通りだな。
ナイフはできてるよ」
ガドさんは立ち上がり、テーブルに無造作に置かれていたナイフを手に取った。
「弟子のお嬢ちゃんが使うって言ってからな。
少々小ぶりだが、よく切れるぜ」
ガドさんはそう言うと、アルトさんにナイフを渡した。
「ふーむ…」
アルトさんはナイフをかざしてみた。
「…良い出来だね。
カナ、持ってごらん」
「…はい」
アルトさんから受け取ったナイフはずっしり重みがあった。
バットより重いのではないだろうか。
私が今まで手にしたナイフとは明らかに違った。
料理用の三徳包丁や果物ナイフとは違う。
しかし、不思議と手に馴染んだ。
「こんなナイフは初めて手にするけど…。
なんだか手にしっくりきます」
私は率直な感想を伝えた。
「だろう?
ポーラもガドさんのナイフを手にした時同じことを言っていたよ」
「うん。
おねえちゃんもおなじなんだね」
なんと。
ポーラちゃんも同じ感想を抱いたのか。
ちらとガドさんを見ると、うんうんと頷いていた。
「ガドさんの腕前はファーランでも指折りなんだ。
王都からの注文もあるんだよ」
「俺なんか大したもんじゃねえ。
ただし、目に敵った客じゃないと打たねえがな」
客どころか人より家畜の方が多そうな田舎にいても客を選べるとは、相当な腕前の持ち主なんだろう。
「素晴らしいナイフをありがとうございます。
ガドさん」
私は素直にお礼を言った。
「よせやい。
感謝してくれるなら、またブラッドベリー頼むぜ」
ガドさんは照れながら、ちゃっかりおねだりするのだった。
…それにしても厳ついおっさん(ガドさん)がそんなに欲しがるブラッドベリーってなんなんだろう。
私たちはガドさんの鍛冶屋をでて、村の出口を目指した。
今日も村のメインストリートは閑散としている。
ミラさんの家の前も通るが、玄関先には誰もいなかった。
出来れば服のお礼がしたかったのだけど。
アルトさんの口振りだと、またコポ村に来ることもあるだろう。
お礼はまたの機会にしよう。
そう思って歩いていると、村の出口辺りで人が立っているのに気が付いた。
…ミラさんの息子、カイトだった。
「…おい。
話があるんだ」
カイトはアルトさんに話しかけた。
昨日に引き続き、今日も酔っぱらっていないようだ。
「俺になんの話だい?」
「…かあちゃんに聞いた。
あんた、冒険者なんだってな?」
「…そうだけど?」
…おいおい。
素面でもその口調か。
アルトさんは大人で、アルトさんから見ればカイトなど洟垂れ小僧だろう。
こいつは大人への物言いを知らないのか。
私は呆れてカイトを見た。
「…頼みがあるんだ」
「…」
「俺をマナの木まで連れて行ってくれないか?」
口調はなっていないが、その目は真剣だった。
「…なぜだい?」
「お、俺も精霊と契約して魔法を使えるようになりたいんだ!
魔力ならあるんだ!
死んだとうちゃんが言っていたんだ…」
「だから、冒険者である俺に連れて行けと?」
「あんたたちは魔法の修練のため、ヒューイの森へやって来たんだってかあちゃんが言っていた。
どうせマナの木へ行くんだろう?
俺一人くらい増えたって変わらないだろう?
自分のことは自分でするからさ」
…だめだろう、こいつ。
人に頼む態度ではない。
なぜ、お願いしますと言えないんだろうか。
うちの愚兄がこんな頼み方をしたら、サソリ固めもしくはテキサスクローバーホールドだ。
私なら許さぬ。
…アルトさんはどうなのだろうか?
ちらっと顔を見ると、アルトさんは見定めるようにカイトを見ていた。
怒ってはいないように見える。
表情に出していないだけかもしれないが。
「…それって、依頼ってこと?」
「え?」
「俺は冒険者。
俺に頼みってことは依頼なのかと聞いてるの」
依頼。
すなわち仕事ということだ。
私は冒険者の仕事というのはよくわからないが、対価が必要って言ってたっけ?
この場合、金銭かそれに代わるものが必要ということか。
カイトはアルトさんに支払う対価を持ち合わせているのだろうか。
…いや、無いんじゃないか。
「金は…ない」
やっぱり。
「けど!
俺には魔力があるんだ。
マナの木に辿り着けさえすれば、何とか…」
「ならないね」
アルトさんは言いかけるカイトの言葉を途中で遮った。
「魔力があればおいそれと精霊と契約できるほど、魔法は甘くない。
俺も魔力の量には自信があったけど、契約するまで5年かかった。
言っておくけど、これは俺に限った話ではないからね?
それ以上かかることだって珍しくないんだ。
マナの木に辿り着けばなんとかなるという考えは、甘い。
そもそも、この話をミラさんは知っているのかい?」
「…」
カイトは俯いて押し黙った。
「…知らないんだね?
精霊契約は君だけの問題じゃない。
ミラさんにきちんと相談するんだ。
出来れば、村長とも話した方がいい」
「…!
金なら俺が必ず用意する」
「…お金の話をしているんじゃないんだよ。
君をマナの木に連れて行くというのは、それだけでは済まないということなんだ。
俺の言っている意味はわかるかい?」
「…」
「わからないだろう?
だから、大人と話さなければならないんだ。
幸い次の満月まで半月以上ある。
その前に俺たちはまたコポの村へ来るだろう。
それまでに話せる…ね?」
「…」
「後、黙って俺たちの後を付いて来てもだめだからね。
俺も冒険者の端くれだ。
弟子を連れていたって、君ひとり撒く位簡単なんだ。
ヒューイの森で遭難したらどうなるか、コポの村人である君には痛い程わかるだろう?」
「…」
カイトはアルトさんに言い返せず、睨み返した。
…こいつ、さては付いて来る気だったのか?
「じゃ、次会う時を楽しみにしているよ。
その時は君にも名前を名乗って欲しいな」
そう言って、アルトさんは私たちを促して歩き出した。
酒は楽しいが、年々弱くなっていく…。