26.初めての告白とおつかい
翌朝もやっぱり良い天気だった。
露もおりていることから、今日一日晴天に違いないだろう。
今日の私は珍しく浮かれていた。
なんと、今日私は異世界に来て初めて一人で行動するのである。
行動するといっても、ミラさんの家に行って着替えを受け取りに行くだけなのだが。
アルトさんとポーラちゃんは本日別件がある。
まずアルトさんは、今日も村長であるバズさんから仕事をお願いされている。
日帰り出来るがちょっと遠い場所での仕事で、一日掛かりになってしまうそうだ。
ポーラちゃんはそんなアルトさんの仕事に付いていくそうだ。
なんでも昨日のことをきっかけに、せっかく忘れていたポーラちゃんの婚約時の衝撃を思い出し、落ち込んでいるそうだ。
特にそのようには見えなかったが、表面化しないだけで引きずると長く面倒らしい。
…まるで夏風邪のような男だ。
ということで、ポーラちゃんはご機嫌を取るためアルトさんに付いていくのだった。
私は顔を洗うと手早く身支度を始めた。
着るのは昨日オリビアさんに見立ててもらった紫のワンピース。
オリビアさんのおしゃれ論に適ったあの塩ワンピースだ。
正直、このようなお上品ワンピースに袖を通すのには気が引ける。
もっと普段着っぽいのを貸してもらえないか交渉したけれど、この塩ワンピースこそが普段着なのだそうだ。
それでも汚しそうだと少しごねると、「カナちゃんにあげるわ」とオリビアさんは言った。
…なんだかごね得みたいなんですけど。
髪は昨日オリビアさんがしてくれたように、オイルを馴染ませ梳かすだけにする。
さすがお偉いさんが使っているだけあるのか、このオイルは全くべた付かない。
すぐに髪の艶が戻る。
きっとお値段もするのだろう。
「…お姉ちゃん?」
私がひとりごちていると、ポーラちゃんが目を覚ました。
起こしちゃったかな?
まあ、それにしても今日も可愛いこと。
とりあえず婚約者は死んでしまうがいい。
「ポーラちゃん、おはよう」
私は心に渦巻く黒いものをポーラちゃんに見せない様、笑顔を作った。
「顔洗ってきたら?
髪整えてあげるよ」
「ほんとう?
すぐに洗ってくるね」
ポーラちゃんは顔を綻ばせて洗面所へと消えていった。
ちなみに今日は珍しくアルトさんはまだ寝ている。
どうやら、昨日はバズさん相手に、深酒していたようだ。
「お姉ちゃん、顔洗ってきたよ」
「はい。
じゃ、ここ座って」
私はポーラちゃんを鏡台の前に置いた椅子に座らせた。
「ポーラちゃん、今日はどのようにしましょうか?」
「ええと、この前してくれた編み込みがいいなー」
「了解」
私はポーラちゃんのリクエストに応えて、さっさと分け目を作りせっせと編み込み始めた。
「お姉ちゃんは器用だね」
「そお?」
「うん。
私のお母さんは不器用だから、こんな凝った髪型にしてもらったことなくて。
お姉ちゃんみたいなお姉ちゃんが欲しかったなあ」
「!」
私こそ!
私こそポーラちゃんみたいな妹が欲しかったよ!
本心からそう思ったので、私は思い切って口に出した。
「私もポーラちゃんみたいな妹が欲しかったよ。
そもそも、異世界に来ちゃったから家族にも会えないし…。
ポーラちゃんのこと本当の妹のように思ってるよ。
…これからもそう思っても良いかな?」
私は自分で言っていてなんだが、恥ずかしさのあまり居たたまれなくなってきた。
…ちょっとこれ、告白みたいじゃない?
生まれて18年間一度も告白したことの無いこの私が!
まあ、告白されたことだってないんだけど。
野球漬けだったからね。
そんな暇がなかっただけ。
現に野球部の連中は仲良く彼女なしだった。
ほら、私だけではないでしょ?
そんな私が、ポーラちゃんに告白めいたことを口走ってしまった。
もちろん百合めいた意味ではない。
純粋にポーラちゃんのような妹が欲しかったのだ。
はたしてポーラちゃんはどう思ってくれるのだろうか…。
私は恥ずかしさをこらえて鏡越しにポーラちゃんを見た。
ポーラちゃんはきょとんとした顔をしていたが、すぐに笑顔を返した。
「もちろんだよ!
ポーラも本当のお姉ちゃんだって思うね」
「ありがとう!
これで私たち姉妹だね」
私たちは目を合わせて笑いあった。
…よし、これで私はポーラちゃん公認の姉となった。
これで身内を盾に、正式にロリコン(エミーリオ)に立ち向かえる。
もちろん、身内にならなくても立ち向かう気満々だったけど。
「俺のことも本当のお父さんと思ってくれて構わないからね。
いや、年が近いから兄でもよいよ」
「…」
いつのまにか起きたのやら、アルトさんはベッドに横になりながらこちらをニコニコ見ていた。
…正直父はいらない。
異世界に父なんて作ったら、本家本元が泣いてしまう。
兄なんて愚兄が一人いれば十分だ。
むしろ誰かに熨斗付きで差し上げたいくらいだ。
せっかくご機嫌そうなアルトさんに向かって、そんなことは言わないけど。
私たちはバズさんたちと一緒に美味しい朝食を頂いた後、予定通り別行動を取るため別れた。
今日の私のお供は、愛用の金属バットのみ。
もちろん抜身ではない。
塩ワンピースにバットケースを背負い込むという、なんともしょっぱい出で立ちだ。
手に持たなくても、身に着けるだけでも精霊のオーラを感じる修練の足しになるらしい。
後、無いとは思うが万が一不埒な輩がいたら、遠慮なくバットを振れとお達しも頂いた。
村の中だけど、身の安全が一番だからだ。
カノンちゃんは昨日の罪滅ぼしとして、私に付いて来ることを希望した。
有難い話だが、丁寧にお断りした。
万が一があった場合、私の身だけなら守れるけどカノンちゃんまで守れる自信は無い。
バットの加護も知られたくないのもある。
それにまさかとは思うが、今日もミラさんの息子が酔っぱらって管を巻くかもしれない。
貴族のお嬢様に、あんなの見せる訳にはいかない。
ミラさんも身内の恥を晒したくないはずだ。
ということで私は当初の予定通り、昨日洗ったミラさんの息子のお下がりを手に、ミラさんの家に向かうのであった。
道中はのどかな風景が広がるばかりで何とも平和だった。
店も小さな雑貨屋が1軒あるだけだ。
ほぼ一本道である村のメインストリートにほとんど人影は無かった。
おそらく、この時間は皆仕事に出ているのだろう。
ミラさん家にはあっという間についた。
玄関先には誰もいなかったので、扉をノックする。
「こんにちはー」
三〇屋でーすと心の中で呟くのを忘れない。
…ガチャ。
無言で玄関の扉が開き、隙間から若い男が顔を出した。
昨日のようにだらしない恰好をしていないが、ミラさんの息子だ。
どうやら、今日は酔っぱらっていないようだ。
「はい、これ。
直接返せてよかったわ」
私は返事を待たず、お下がりの入った包みをミラさんの息子の胸に押し込んだ。
「で、ミラさんはいますか?」
「…おまえなんなんだよ?
かあちゃんに何の用だっていうんだ?」
…こいつ、昨日も来た私の顔を忘れたのか。
「ミラさんに服を仕立ててもらっている者ですけど?
昨日も来ましたがいなかったので、出直して来たんですけど?」
私は物覚えの悪い目の前の男に若干イラつきながら答えた。
「…昨日の?
あ、ああ!
おまえ、女だったのか!」
ミラさんの息子は心底びっくりしているようだった。
昨日は森から出てきたばかりで薄汚れていたし、この男のお下がりを着ていた。
今日は身綺麗にしてワンピースを着ている。
それだけの違いだ。
顔は変わっていないはずなんだけど。
髪を伸ばすようになってから、男に間違われることは無かったんだけどな。
まあ、どうでもよいことなんだけど。
「で、ミラさんはいるの?
いないの?」
「…かあちゃんはいない」
「そう、困ったな」
うーん。
また、出直してくるのか。
そう思っていると、ミラさんの息子が声を発した。
「…かあちゃんから荷物を預かっている。
ちょっと待ってろ」
ミラさんの息子はそういうと、家の扉を開けたまま奥に消えていった。
時間をおかず戻ってきたときには、片手に風呂敷包みみたいなものを持っていた。
「…これ。
お前が言っていた荷物だろ」
そう言って手渡してきた。
私は風呂敷を地べたに広げて中を確認してみる。
お下がりと同じデザインで色違いの服と下着が数枚入っていた。
下着を多めに用意してくれる辺り、ミラさんは気が利く人だと思う。
「…お、おまえ!
玄関先でそんなもの広げるなよっ」
なぜかミラさんの息子が、顔を赤くして狼狽していた。
…いったいなんだというのだ。
その場で検品して何が悪いというのだ。
ふとミラさんの息子の視線の先が、私の両手にあることに気が付く。
ああ、なんだ。
私の両手にはパンツが広げられている。
コレのことを言っていたのね。
「別に新品だしいいじゃない。
あんたのお母さんが縫ってくれたものだし。
おうちでミラさんが、せっせとコレ縫っててくれてたのを見てないの?」
「…確かに手仕事してたけどっ。
おまえのパンツだとは思わなくて!
てか、おまえ女なんだろっ。
少しは恥らえよっ」
…失礼な。
さっきまで私のこと男だと思ってたくせに。
しかし私は18年間、生きていること自体が失礼な愚兄に耐え抜いた女。
正直、穿いてもいない新品パンツを検品することを欠片も恥と思っていない。
むしろ、真っ昼間から酒に飲まれていた昨日のお前こそを恥じていただきたい。
…といいたいところだが、たとえちっぽけであっても男の矜持を踏みにじることはしない。
…面倒くさいから。
「はいはい、しまえばいいんでしょ」
私は色々言いたいことをグッと飲み込んで、風呂敷をまとめた。
「じゃ、頂くものは頂いたし失礼します。
お母さんによろしくね」
失礼な奴に最後まで礼儀を尽くす、私は出来る女。
私はそう捨て台詞を残して、ミラさんの家を後にしようとした。
「…おい。
お前、名前はなんていうんだ?」
なぜかミラさんの息子は私の手首を掴み、名前を尋ねてきた。
「…人に名前を尋ねる時は、自分からでしょ?」
「…カイトだ」
「あら。
兄と一緒じゃない」
小池田カイト、どうでもよいが兄の名前だ。
「…おまえ、兄がいるのか?」
「まあね。
あ、私はカナ。
で、カイト、手を放してくれない?」
私は兄と同じ名前の男にそう言った。
「…ああ、すまない」
「じゃ、そいうことで」
私は愚兄2号に軽く手を振り、今度こそミラさんの家を後にした。
ミラさんの息子の名前が判明しました。
ついでにカナの兄の名前も…。
いつかカイト(実兄含む)の話も書いてみたいものです。