25.ポーラちゃんの婚約者と小姑
オリビアさんとカノンちゃんの異世界おしゃれ論争は、しばらく続いた。
私はもとい、異世界の一般的な女の子であるポーラちゃんもその会話には入っていけなかった。
オリビアさんが理想とするおしゃれとは、極力シンプルで素材を生かすということだそうだ。
リボンやフリルや凝ったデザインなどは、あくまでエッセンス程度で十分。
素材の引立てであるべきという持論だ。
その持論を以てして、本日の私の装いは理想的なのだという。
なるほど、オリビアさんの見立ててくれたワンピースはシンプルなAライン。
フリルが付いていたり、スカートにボリュームを出すパニエなどは身に着けていない。
あるのは少々のリボン位だ。
このリボンこそがオリビアさんの言うところのエッセンス、カノンちゃんの言葉を借りれば塩ということになる。
窓の外をふと見てみると、日が落ちかけていた。
私とポーラちゃんは、午後いっぱいカノンちゃんとオリビアさんに遊ばれていたということだ。
…道理で疲れるはずだ。
横に座っているポーラちゃんも疲れた顔をしている。
一日中森の中を歩いても疲れ知らずのポーラちゃんがである。
…コン、コン。
遠慮がちなノックと共に、使用人と思われる中年の女性が扉の隙間から顔を覗かせた。
「あのう、お嬢様方…。
夕食が間もなくです」
「あら、もうそんな時間なの」
オリビアさんは、時間を忘れて夢中になっていたことに気が付いたようだ。
「ポーラちゃんカナちゃん、すいません。
村を案内するはずだったのに、ついつい夢中になってしまって…」
正気に返ったカノンちゃんが、申し訳なさそうに謝ってきた。
「楽しそうだったから、別にいいよ。
オリビアさんの気も紛れたみたいだし。
だけど、もう少し手加減してくれた方が嬉しいな」
私はにっこり笑って、やんわり伝えた。
私はポーラちゃんの天使姿を見ることが出来て眼福にあやかれたけど、ポーラちゃんにはそれがない。
ただただ疲れるのは余りにも気の毒だ。
オリビアさんが「明日は朝から付き合ってもらうつもりだったのに…」と悲壮な声を出していたが、聞こえないふりをした。
…付き合ってたまるか!
食堂に入ると、ポーラちゃんにはもう一災難待ち構えていた。
親バカ(アルトさん)である。
「ポーラ…!
なんて姿にっ」
アルトさんはフルフルと震えながらポーラちゃんに近づいて、彼女の前によろよろと膝を付いた。
「ああ、お母さんの若い頃にそっくりだよ。
まるで天使だ…」
「…」
ポーラちゃんはアルトさんのその姿に絶句していた。
私も天使だと思ったけど、アルトさんの受けた衝撃は私の比ではないようだ。
気のせいで無ければ、ポーラちゃんを見つめるその目に涙で滲んでいるように見える。
「…お父さん」
「ポーラが可愛いのは産まれたときから知っていたけど、ちょっと見ない間にこんなに可愛いくなっちゃうなんてっ。
お嫁になんてやりたくないよ」
アルトさんは人目を憚らず、とうとうポーラちゃんを抱きしめた。
「もう、お父さんったら!」
ポーラちゃんは顔を真っ赤にして抗議するが、アルトさんはお構いなしだ。
うんうん、いくら仲良し親子とはいえ時と場合を考えて欲しいよね。
「エミーリオさんのお嫁さんになること許してくれたじゃない。
今更そんなこと言ったって、ダメなんだからね!」
「「「!!!」」」
私を含めて3人がポーラちゃんの爆弾発言に度肝を抜かした。
カノンちゃんとバズさんである。
アルトさんはとうとうダムが決壊して「そうなんだけどぉ…」と泣いてしまっているし、オリビアさんは「噂は本当だったのね」としたり顔だ。
「ポ、ポーラちゃん、お嫁に行くって本当なの?」
私は声が震えるのをなんとか堪えて、ポーラちゃんに事実か問うた。
だって、ポーラちゃんは御年8歳。
アルトさんも14歳でパパになっていたという日本の常識的にはアレな人なのであるが、それでも8歳って早すぎないか?
「今すぐって訳ではないけど…。
私が大人になるまで待っていてくれている人がいます」
アルトさんの拘束を無理やり外したポーラちゃんは、恥じらいながらそう言った。
…待っているってことは、ポーラちゃんの年上なのか?
「因みに、お幾つの人なのかな…?」
「18歳です」
私と同い年かっ!!
私は食堂の真ん中でロリコンと叫びたい衝動を何とか堪えた。
18歳って…。
ポーラちゃんはそいつに騙されているのではないだろうか?
私から見て8歳は恋愛対象外だ。
日本で言えば小学2~3年生で、ようやく小さな背中にランドセルが馴染む頃合だろう。
手を繋いで歩いたとしても、面倒見の良いお姉ちゃんとその弟にしか見えまい。
第一、8歳と何を話せば良いんだ。
九九についてか?
妖怪○ォッチについてか?
それとも、私はまた色眼鏡で異世界を見てしまっているのか?
これもファンタジーのなせる技とでもいうのであろうか…。
「ポ、ポーラちゃん。
失礼を承知で聞くけど、別に騙されているわけではないんだよね?」
「…?」
ポーラちゃんは可愛く小首を傾げた。
すると、ポーラちゃんではなくオリビアさんが答えてくれた。
「エミーリオは誠実で真面目な青年よ。
コンラッド伯爵家の次男だったかしら?
確か王国騎士団に所属していたわよね」
「はい。
そうです」
ポーラちゃんは婚約者の評価を聞いて嬉しそうに頷いた。
ただ、私の顔は浮かない。
誠実で真面目、さらに王国騎士団。
王国騎士団って、ようは公務員ってことでしょう?
総じて真面目、ということでしょう?
犯罪が明るみになったとき、加害者を知る人たちが発する言葉「真面目そうな人だったのに…」
仮にランキングを作ったならば、間違いなくこの言葉は上位に食い込むことが予想される。
真面目な人ほどレールから外れたとき、何をしでかすかわからないのだ。
いくらオリビアさんの評価が高くても、8歳児の婚約者に納まっている時点で盛大に脱線しているというのが私の現時点での評価だ。
そもそも、ポーラちゃんが大人になるまで結婚を待つと言うのなら、婚約もそれまで待てと思う。
結婚するまでに、ポーラちゃんにエミーリオ以外の好きな人が出来たらどうするのか。
仮に好きな人が出来ても、婚約者がいれば恋愛の枷となるだろう。
ポーラちゃんのまだ見ぬ未来の可能性を潰すのは、年上のエゴではないのか。
いや、素直なポーラちゃんのことだからちょっといい人だなと思っても、婚約者が過って恋にすらならないかもしれない。
エミーリオしかいないという刷り込みは、マインドコントロールにならないだろうか。
…ああ、まだ会ったこともないのに、エミーリオに対する猜疑心は止まるところを知らない。
しかし、今の私にエミーリオという人物を知る術がないのだから、これ以上の詮索は危険だ。
アルトさんのように警戒されては、ポーラちゃんは私に心を開いてエミーリオとやらの話をしてくれないだろう。
ポーラちゃんと過ごす時間はまだまだある。
マインドコントロールにかかっていたとしても、解くカギが見つかるかもしれない。
そして、ゆくゆくは王都まで連れて行ってもらおう。
ポーラちゃんに、おせっかいおばさんと言われても構わない。
私自らエミーリオを査定してやる。
私にとってポーラちゃんの幸せが第一だ。
オリビアさんの評価通りの人だったら、諸手をあげて祝福…するよう努力しよう。
もし万が一、万が一があれば最悪このバットに頼ろうと思う。
このバットは熊さえ必殺なのだから。
王国騎士がどれほどか知らないが、仕留めそこなうことは無いだろう。
「お、お姉ちゃん?」
気づけばポーラちゃんが心配そうに私を見ていた。
食堂を見渡せば、皆私に注目していた。
アルトさんの涙も止まっているようだった。
いつのまに。
「カナちゃん、随分悪い顔していたわよ?」
オリビアさんは私の心の中を見透かしたかのように笑った。
「もともと、こんな顔ですよ」
私は何でもないようにオリビアさんの問いに返す。
するとオリビアさんは私に近づいて来て、他の人に聞こえない様耳元で囁いた。
「ポーラちゃんが心配なのはわかるけど、やりすぎ小姑は嫌われちゃうわよ」
…。
ほんとに見透かされていた。
なんなんだ、この人は。
冴えない貴族のしがないお嫁さんと言ってたけど、きっとウソだ。
オリビアさんはたぶん敵にまわしちゃいけない人だ。
何となくそう思った。
「…肝に銘じておきますね」
「うふふ」
オリビアさんは笑って自分の席に着いた。
その日は昨日仕留めた熊によるフルコースだった。
きっと美味しかったのだろうけど、味はよくわからなかった。
こじゅうとがあらわれた!
こじゅうとはきんぞくばっとをかまえた!!
…ロリコン(暫定)の攻撃ターンは果たして来るのか?