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24.良い素材の味付けは塩で十分


隣の部屋も服が散乱して凄まじかった。

この部屋がおそらくオリビアさんの部屋なのだろう。

アイボリーを基調とした部屋は、カノンちゃんの部屋と比べると落ち着いていた。

私の気持ちは一切落ち着かなかったが。


「…オリビアさん?」


私は初対面であるオリビアさんに恐る恐る声をかけた。

彼女の目は真剣そのもので、数ある洋服をこれでもないあれでもないと吟味していた。

オリビアさんは、燃えるような赤い髪に茶色い目の美人さんである。

病気のためかとても儚げだ。

カノンちゃんも将来オリビアさんのような美人さんになるに違いない。


「んー?

なあに?」


オリビアさんは視線を洋服から逸らさず答えた。


「…これから、何をするんですか?」

「んふふ。

い・い・こ・と!」


オリビアさんは茶目っ気たっぷりに私にウィンクした。

その仕草はお子さんがいるとは思えないほど可憐であったが、なぜか私の背中には悪寒が走った。


「カナちゃんはファーランでは珍しい黒髪だから、何色でも映えそう…。

色は後にして、先に系統を決めるべきかしら?

可愛い系、綺麗系…、うーん、妖艶系はちょっとお胸が足りないかしら…。

でも、小悪魔系なら似合いそうっ」


オリビアさんは私に構わずきゃっきゃと独り言を呟き続けた。

私を気にせず発しているのだが、まる聞こえだ。

しかし、言っている内容は理解したくない。

なんとなく言っていることがわかるのが薄ら恐ろしい。

頭が理解することを拒否したくなる。


「あ、あの…」


なんとか暴走的思考をやめていただけないものだろうか。

私は勇気を振り絞って、もう一度声をかけた。


「んー?

どうしたの?

もしかして、カナちゃんの好みの服でもあった?」

「…!」


好みといいましたか、奥さん!

自慢じゃないが、小池田家では私にとって不名誉かつ暗黙のルールがある。

私に服を選ばせてはいけないというルールだ。

母曰く、服のセンスをお腹の中に置いてきてしまったと言えるくらい壊滅的らしい。

それ故、服は母か世話好きの従姉妹が買ってくれるものを、言われるまま着ている。

私は着れればなんでも良いので、制服以外はジャージでも構わない。

そういうと、「お母さんから楽しみを奪うというのっ!」となぜか母に嘆かれた。


そのような私に、好みを聞きますか。


脳裏に母の顔がチラつく。

私が選んだ服を着て試着室から出たときのあの時の顔が。

残念なものでも見るようなあの顔が。


病気を患っているオリビアさんにそんな顔をさせる訳にはいかない…!



「…。

好みは無いですが、フリルとか派手なのは苦手です…」


私は声を振り絞って、着たくないものを伝えるのが精一杯だった。


「まあ、清楚系が好みなのかしら?

男心をくすぐる鉄板だものねっ」


さすがカナちゃんわかってるわと、オリビアさんはまたしても私にウィンクを寄こした。


…そんなつもりは欠片もないんですけど!

私は、脱力した。





結局オリビアさんが選んだ服は、うす紫のAラインワンピースだった。

スカートの丈は膝下10cm位なのがむずかゆい。

よほど風紀が厳しい学校のスカート丈か。

どうやらこの世界の女性のスカート丈は長め推奨のようであり、私の丈は短い方だ。

オリビアさんのカノンちゃんも、くるぶしすれすれのロングスカートを着ている。

スカートのふくらみからパニエもはいているのではないだろうか。

この暑い中ご苦労なことだ。

私の希望を考慮してかフリルは付いていない。

形もオリビアさんやカノンちゃんが袖を通しているものより地味に思われる。

袖口やらウエストに付いている白いリボンがちょっと恥ずかしいが、山積みにされている他の服に比べれば、大したことがないよう感じる自分が怖い。




「まあ、とっても似合ってるわ!」


オリビアさんは満足げに言った。


「じゃ、次は髪ね。

綺麗な髪だけど、少し痛んでるわね。

毛先を整えても良いかしら?」


そういってオリビアさんは私を鏡台の前に座らせた。


「オリビアさん、髪切れるんですか?

だったら、ばっさり切って欲しいんですけど」


異世界に来てから、髪の手入れは思った以上に大変だった。

髪を洗えば風魔法で乾かせるのは便利だが、髪を縛るゴムも無ければケア用品も持っていない。

特にロングに固執していないので、思いきって切ってしまいたいと思っていたところだ。


「ええっ!

そんなのダメよう。

髪は女の武・器・よ。

長いまましっかりお手入れしないと!」

「はあ…」


私の希望は即却下された。

オリビアさんは背後に立ち、私の髪に念入りにオイルを馴染ませていった。

これだけで私の髪はみるみる艶を戻していった。


「ほら。

すぐに綺麗になったでしょう?

これあげるから、髪切っちゃいやよ」

「はあ…」


そういってオリビアさんは、オイルの入った小瓶を私の手に握らせた。

儚げな印象に対して、オリビアさんも押しが強いようだ。

これもバズさんの血なのか。


「よし。

髪はこれで良いわね。

お化粧も必要ないわ。

ピチピチだもの」

「はあ…」

「もう!

カナちゃんたらさっきから同じ返事しかしないじゃない。

おしゃれが嫌いなのかしら?」

「嫌いというか…。

今まで、避けていたというか…」


服のセンスが壊滅的だとは言えなかった。


「まあ、可愛いのにもったいない。

そうだ、カナちゃんは王都に来る予定はない?」

「はあ、アルトさんにお任せしているので、今のところ何とも」


私とアルトさんはモル契の間柄だ。

異世界の右も左も上下すらわからない私は、全てをアルトさんに一任している。

丸投げともいうが。

私が行きたいと言ったらアルトさんは連れて行ってくれそうだが、オリビアさん相手に今それを言うのは面倒臭そうなので言わない。


「あら、残念。

もし王都に来ることがあったら、是非うちに遊びに来てね。

私がおしゃれの楽しさを教えてあげるわ。

ねえ、いっそうちの子にならない?」

「いえ、養ってもらう訳には…」


なにこれ、怖いんですけど。

アルトさんとは不本意ながらギブアンドテイクが成り立っているけど、オリビアさんはいったい何なの。


「もお、遠慮深いのね。

カナちゃんが一人や二人増えたくらい、うちは全く構わないのに」

「…オリビアさんって何をされている方なんですか?」

「私?

冴えない貴族のしがないお嫁さんよ」


…。

貴族って確か偉い人だよね?

旦那さんを冴えないと言い切り、自分をしがないと卑下していいんだろうか。


「ま、今はちょっと体の調子が悪くて、実家に帰ってきているんだけどね。

コポに戻ってから半年近く経つから、浮気されちゃってるかも」


オリビアさんはそういうと、てへっと舌を出して笑った。

…笑い事じゃないでしょうよ、奥さん。


「そんなわけで、ここって娯楽が全くないでしょう?

無理がきかないから遠出も出来なくて、退屈していたのよ。

だから、カナちゃんとポーラちゃんが遊んでくれて私もカノンもとっても嬉しいの」


オリビアさんは、私のほっぺにちゅっとキスをした。


「さ、私ばっかり話しているうちに完成してしまったわ。

カノンたちはもう終わったかしら?」


そういうと、私たちはカノンちゃんの部屋に戻っていくことにした。

私はオリビアさんの勢いに疲れ果て、言われるがまま付いていくのだった。





…カノンちゃんの部屋には天使がいた。

普段のふわふわ髪もとっても可愛いけど、今はコテで縦に巻かれ耳裏あたりでツインテールにされていた。

柔らかそうな唇にはグロスなのだろうか、ぷるぷるに艶めいていた。

そして全身を纏うのは、数えきれないピンクのリボンとピンクのフリル・オン・ザ・ピンクのドレス。


「お姉ちゃん…」


天使は碧い目を潤ませて私の方を見た。

そう、ポーラちゃんである。

いささか装飾過多であることは否めないが、天使のように可愛く着飾られたポーラちゃんがそこにいたのだ。


「…可愛い!」


はうっと変な声が漏れそうになったので、私は思わず両手で口元を覆った。


「そうでしょう?

カナちゃんも、とっても可愛いですね!

このワンピースをここまで清楚に着こなせるなんて…。

さすがお母様だわ」


そういうと、カノンちゃんは私の全身を舐めるように見回した。

その絡み付く視線は、私に服を選ぶときの従姉妹たちの視線に似ているような気がする。

…なぜだ。


「ふふ、ありがと」

「お母様、私の完成品(ポーラちゃん)はどうでしょう」

「…」


オリビアさんは目を細めてポーラちゃんをあらゆる角度から見た。

美術品を鑑定する専門の人のようだ。

目に一切の甘さが無い。


「うん、この短時間で綺麗に髪を巻けているわね。

お化粧も口紅ではなくグロスだけにしたのは良いわ。

ピンクも似合ってる…けど」


けど、の言葉にカノンちゃんがピクッと反応した。


「リボンもフリルも多すぎるわ。

…いいこと、カノン?

ポーラちゃんは、リボンやフリルがこんなに必要な女の子かしら?」

「いいえ、違います!」

「そうね。

素材が良い子に沢山の装飾は必要ありません。

お母様はいつも口をすっぱくして言っているわね?」

「はいっ!

良い素材の味付けは塩で十分です!!」



…なんなのこの親子。




決してリボンやフリルを否定しているわけではありません。

むしろ好きです。


味付けは塩かレモンで迷いました。

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