23.カノンちゃん親子に遊ばれる
バズさんに昼食をごちそうになった後、アルトさんはバズさんから頼まれた仕事があるため出かけることになった。
「ポーラたちはどうする?」
ついていくものだと思っていたけど、どうやらそうではないらしい。
折角人里にいるのだから、探検して異世界の生活を見て回りたい。
服を酔っ払いに付き返すべく、早めに洗濯をしてしまうのも良い。
どうしたものかと考えあぐね、ちらとポーラちゃんを見た。
「私はお姉ちゃんに任せるよ」
ポーラちゃんはにっこり答えた。
…なんて良い子だ。
ポーラちゃんの可愛さに感動していると、バズさんが鶴の一声を発した。
「お嬢さんたち、良かったら孫娘の遊び相手になってくれないかね?」
バズさんはそういうと、「おおーい、カノーン!」と家の奥に向かって大きな声を上げた。
カノンちゃん…、初めてバズさんの家に来た時に案内してくれた女の子か。
少しすると、階段から女の子が現れた。
「おじいちゃん、どうしたの?」
「うむ。
カノンも覚えているね?
こちらは、アルト殿のお嬢さんであるポーラ殿と、お弟子さんであるカナ殿だ。
アルト殿には仕事をお任せしているので、カノンはこの二人のお相手をするように」
「はい。
わかりました」
バズさんは私たちの返事を聞かずに、勝手に決めてしまった。
…別に良いけど。
「よろしくお願いします。
カノンです。
ポーラ様。カナ様」
カノンちゃんはそう言ってにっこり笑った。
私と同じくらいの年齢に見えるのに、ずいぶん落ち着いて見える。
カノンちゃんの髪は見事な赤毛で、目はポーラちゃんと同じく碧い。
そしてカノンちゃんも、ポーラちゃんに負けず劣らずお人形さんのように可愛らしい女の子であった。
…眼福である。
「では、カノン任せたよ」
バズさんはそういうと、アルトさんを連れて食堂を出て行った。
とっくにお昼時を過ぎていたせいもあってか、食堂は私たち3人だけとなった。
「ポーラ様、カナ様、何かご希望はありますか?」
私は、ポーラちゃんの方を見た。
ポーラちゃんはふるふると首を横に振った。
私に任せてくれるという意思に変わりは無いらしい。
「そうですね。
まずは、様付は必要ないです。
出来れば、カノンちゃんと呼ばせて欲しいな」
「あ、私もポーラ様なんてくすぐったいです」
折角のご縁だ。
カノンちゃんとは是非お友達になりたい。
敬語も止めて欲しいけど、それは追々ということで。
カノンちゃんはちょっと驚いた顔をしたが、了承してくれた。
「はい、もちろんです。
では改めてポーラちゃん、カナちゃん、何かご希望はありますか?」
「んー…と。
折角だからコポの村を見て回りたいな。
後、時間があったらこの服を洗濯したいかな」
「まあ。
汚れているようには見えませんけど?」
「ちょっと事情があって、この服返さないといけなくて。
汗でべとべとしているまま返せないじゃない?」
ミラさんが良いと言って譲ってくれたものだから返す義理は無いと思う。
しかし、こちらも言い出してしまった手前ひっこめるのもなんだか癪だ。
「お姉ちゃん、その服洗っちゃったら着替えはどうするの?」
「あ…」
そうだった。
本日もらえるはずだった着替えが、ミラさん不在のため受け取れていなかったのだ。
そうなると私の着替えはメイドインジャパンのセーラー服しかない。
セーラー服が嫌なわけではないが、この小さな村であまり目立ちたくない。
そういえば、セーラー服はアルトさんに預けたままだったっけ?
…ということは洗濯どころか、この服返せない?
「…カナちゃん、着替えが無いの?」
カノンちゃんが心配そうに言った。
「うん、実は…。
バズさんの家に来る前に着替えを受け取る予定だったんだけど、その人と会えなくて。
一応もう一着あるけど、アルトさんに預けたままなの忘れてたんだ」
自分のうっかりに恥ずかしくなる。
「あの…。
私のでよければ…。
いえ、カナちゃんさえ良ければ私の服を着てみませんか?」
「え?」
「カナちゃんは可愛いのに、男の子の格好でもったいないと思っていたんです!
ちょうど背丈も私と同じ位だし、きせかえ…いえ、着て欲しい服があるんですっ」
…いったいどうした?
カノンちゃんが目をキラキラさせて、私を見つめている。
後、きせかえって聞こえたのは気のせいか?
「着替えを貸してくれるのは有難いけど…。
本当にいいの?」
「もちろんですわ!
ポーラちゃんもよろしかったら、ご一緒にお着替えしません?
私が昔着ていた服なんだけど、とっても可愛いの。
ポーラちゃんは可愛いから、なんでも着こなせるに違いないわっ。
ね?」
「…え?
あ、はい?」
ポーラちゃんは、カノンちゃんの勢いに飲まれてしまったようだった。
「ああ、嬉しい!
では、早速私の部屋に参りましょう」
カノンちゃんは走りださんばかりの勢いで私たちをまくし立てた。
この勢いはお祖父ちゃん(バズさん)似なのか?
「ちょ、ちょっと、カノンちゃん待って!
さっきも言ったけど、汗でべとべとなの。
このままだと、着替えを借りられないよ」
「あら、私ったら。
久々に楽しすぎて、失礼いたしましたわ。
では、先にお湯の準備をさせますね」
そういうと、カノンちゃんはいそいそと使用人と思われる女性に、お風呂の準備をさせるのだった。
お風呂でさっぱりし、着ていた服も残り湯で洗濯することが出来た。
この天気なら明日には間違いなく乾くことだろう。
その後、私とポーラちゃんはバスローブのようなものを着せられて、カノンちゃんの部屋に通された。
カノンちゃんの部屋はなんというかピンクとリボンとフリルでいっぱいで、ザ・女の子という部屋だった。
…カノンちゃんの趣味なのだろうか。
おそらく普段はきれいにしているのだろうが、今この部屋は雑然としていた。
クローゼットを全部引っ張り出したかのように、服という服がベッドやカウチに山積みになっているのである。
…。
私は思わず息をのんだ。
「ポーラちゃん!
カナちゃん!
ささ、どうぞこちらへっ」
カノンちゃんは部屋の奥で仁王立ちで待ち構えていた。
その手にはブラシと髪を巻くコテのようなものを持って。
私とポーラちゃんは、カノンちゃんの部屋まで連れてきてくれた使用人さんに腕を掴まれ、奥に連れて行かれた。
奥に来て初めて気が付いたが、カノンちゃんの他にもう一人女の人がいた。
「ご紹介いたしますわ。
私の母のオリビアです」
「初めまして。
ポーラの母、オリビアよ」
この人がカノンちゃんのお母さんか。
たしか、肺を患っていると言っていたな。
言われてみれば、顔色があまりよくないように見える。
「初めまして。
アルトさんの弟子のカナです」
「初めまして。
アルトの娘のポーラです」
「まあ、可愛らしいお嬢さんたちね。
カノン、これは腕が鳴るわね」
オリビアさんはカノンちゃんにウィンクした。
顔色の割には元気そうだ。
「でしょう?
お祖父ちゃんにお二人の相手を任せると言われた時、思わずときめいてしまったわ」
カノンちゃんはうっとりとした顔でそう言った。
…あれ、おかしいぞ?
しっかりとして落ち着いたカノンちゃんの印象がどんどん崩れていく…。
「さ、ではポーラちゃんはこちらに!
お母様はカナちゃんを任せたわっ」
…いやいや、任せるってなにを。
私は着替えを借りるだけで十分なんですど。
「わかったわ!
お母様は手加減しなくってよ」
「お母様には負けませんわ!
私がポーラちゃんの魅力を最大限に引き立たせてあげるんだから」
「ほほほ。
お母様にはまだまだ勝てないことを思い知らせてあげるわ」
そう言うとオリビアさんは私の手を引いて、隣の部屋へ連れて行った。
…こうして、私とポーラちゃんはカノンちゃん親子に遊ばれるのであった。