表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/32

22.コポ村再び

翌朝も快晴だった。

異世界に来てから今日で5日目となるが、一日も欠かさず晴れである。

この世界も私がいた日本と同じく、今の季節は夏。

湿度が少ないのでそれほど不快ではないが、おそらく連日真夏日だろうと思う。

埃っぽいので、もうそろそろ雨が欲しいところである。



私たちは過ごしやすい早朝からコポの村に向けて出発した。

筋肉痛を心配していたが、少しギシギシするけども歩くのに支障は無かった。

このマナの木からコポの村へ向かうのは2回目なので、周囲にも目を向ける余裕がある。

何となくだけれども、薬草などの区別がつくようにもなってきた。

ただし、似たような形状で毒草である場合もあるので、摘む前に必ずアルトさんに聞くようにしている。



そうこうしているうちにお昼頃にはコポの村が見えてきた。

以前立ち寄ったときと同じく目の前にはのどかな光景が広がっていた。





私たちは前回と同じくまずはミラさんに会いに行った。

玄関先には誰もおらず、アルトさんは扉をノックした。

すると間もなく若い男が玄関の扉を開けた。


「…お前だれだ?」


男はかすれた声でアルトさんを誰何した。

愛想も何もない。


「ミラさんに頼みごとをしている者で、アルトというんだ。

ミラさんはいるかい?」

「…かあちゃんは今出てるよ」


男は頭をぼりぼり掻きながら、気怠そうに答えた。

真っ直ぐ立っていられないのか、だらしなく扉の枠に体を預けている。


「いつ頃戻るかわかるかい?」

「…しらねぇ」

「じゃ、明日また来るって伝えておいてもらえるかな?」

「…なんで俺がそんなことしなくちゃならないんだよ」


…ダメだ、こいつ。


私は蔑んだ目で男を見た。

この男、真っ昼間だというのに酒に飲まれている。

そこはかとなくアルコール臭が漂っているし、かすれた声はおそらく酒やけだ。

二十歳の誕生日に酒を飲んではしゃいでいた兄のなれの果てにそっくりであった。

別に昼間から酒を飲むこと自体否定するつもりはない。

しかし、子供ですらできる留守番もまともに出来ないくらい飲まれるのはダメだ。


「アルトさん、出直しましょうよ」


性質の悪い酔っ払いを相手にしても仕方ないと思い、アルトさんに声をかけた。


「ああ?

なんだと?」


なぜか反応したのは酔っ払いの方だった。

酔っ払いは私の方を見て、わずかに目を大きくさせた。

目を大きくさせた顔は、ミラさんに似ていた。

確かに親子のようだ。


「ミラさんがいる時に出直すだけですけど?」

「…おまえ、なんで俺の服を着てるんだ?」


…。

話がかみ合わない。


「先日ミラさんから譲ってもらったんです」

「俺は聞いてない」


だからなんだというんだ?

どうせもう着れない服だろうに。


「ミラさんが言うまでもないと、判断したからではないでしょうか?

それに、あなたにはもう小さく着れそうにもないですよ」

「でも、俺の服だ」


…面倒くせぇ。


「では脱いでお返しした方が良いでしょうか?」

「え?」

「ああ、でも今日は暑くて汗で服がべたべたです。

このままではお返しできないので、洗ってからお返ししますね。

では、また」


私はそういうと、酔っ払いの返事を待たずにミラさんの家を離れた。




「…カナは中々手厳しいね」


ミラさんの家から大分離れた頃、アルトさんはそう言った。


「相手は酔っ払いじゃないですか。

真っ昼間から酒に飲まれている人間を、まともに相手をする必要はないと思います」


私は未成年なのでもちろん酒は飲んだことない。

大人になれば飲まずにはいられないこともあると聞いたことはある。

だから、飲むこと自体を否定するつもりはない。

ただし、酒は飲んでも飲まれるなだ。


「まあ、カナの言うことは正論なんだけどね」


アルトさんは肩をすくませて笑った。

私にはなぜ笑うのか理解できないけれど。


そして、私たちは次の目的地であるガドさんが営む鍛冶屋を目指した。





村の端に工房を構えるガドさんの鍛冶屋からは、今日もカンカンと小気味良い音が響いていた。


「ガドさん、邪魔するよ」


アルトさんは前回と同じようにガドさんに声をかけた。

ガドさんはすぐに手を止め、アルトさんに近づいてきた。


「おお!

アルトじゃないか。

なんだ、もうナイフを取りに来たのか?」

「ん?

もう出来ているのかい?」

「勘弁してくれよ。

約束の期日よりずいぶん前じゃないか」


たしかガドさんとの約束は1週間だ。

異世界生活2日目にガドさんにナイフをお願いして、今日は異世界生活5日目。

まだ約束の日まで3日ある。


「ふふ。

別に取り立てに来たわけじゃないよ。

ちょっと、お土産が出来たから渡しに来ただけなんだ」


アルトさんはそういうと魔法で熊の肉ともう一つ何かを取り出した。


「お!

こりゃあ(ゆう)(たん)じゃあないか!」


ガドさんは熊胆と呼ばれたものを珍しげに手を取った。


「そう。

珍しく熊が獲れてね。

ガドさんのことだから、すぐにブラッドベリーは仕込んでしまったんだろう?

そうなると、こいつが必要になると思ってね」

「ガハハハハ。

さすが、アルト。

よくわかっているじゃないか」


ガドさんはそういうとアルトさんの背中をバンバンと叩いた。


熊胆もよくわからないが、ブラッドベリーを仕込むってなんだ?

あの苺は生食やジャム以外に用途があるということなのか。


「しかし、こんな物までもらってしまったら超特急で仕上げるしかないな。

といっても明日は無理だが、明後日の朝一に渡せるようにしよう。

どうだ?」


ガドさんはニヤリと笑っていった。


「別に下心があって来たわけではないけど、そう言ってもらえると助かる。

弟子たちに解体を早く教えたいし」

「「え!?」」


私とポーラちゃんは揃って声をあげた。


「さすがに熊を捌けとは言わないけど、狼の皮剥ぎ位やってもらうつもりだよ。

冒険者の嗜みみたいなものだから、諦めるんだね」


私とポーラちゃんはお互いの顔を見合わせるしかなかった。





ガドさんに無事お土産を渡せたので、私たちは村長さんの家に向かった。

村を見渡せる丘の上に立つ大きな家だ。

家に近づくと村長であるバズさんが庭先で草を毟っていた。

村長自ら草毟りをするとは。

…コポとは随分平和な村のようである。


「おーい。

バズさん、約束通りまた来ましたよ」


アルトさんは大きく手を振りながら、バズさんに声をかけた。


「おお!

アルト殿、待ちわびていたよ」


バズさんは立ち上がり、腰をトントンしてから伸びあがった。


「今回はどのくらい滞在できるんだね?」

「実はガドさんにナイフをお願いしてまして。

明後日出来上がるので、今日と明日泊めてもらえないでしょうか?」

「もちろん、構わんよ。

もっともっと泊まってくれても構わないからな」


バズさんはそういうとガハハと笑い、ガドさんがしていたようにアルトさんの背をバンバンと叩いた。

バズさんはそのまま私たちを家の中に招き入れてくれた。

そして昼食がまだであることを聞いて、そのまま食堂に案内し一緒に食事をした。



「…そういえば、お嬢さんのお加減はあれからいかがですか?」


昼食を食べ終えた頃、アルトさんはガドさんにそう話しかけた。


「オリビアか?

ああ、アルト殿の薬が効いて最近は随分体が楽になったようだよ」

「それは何よりです。

冬を迎える前に完治すれば良いのですが」

「うむ。

この病は冬にぶり返してしまうからな。

夏のうちに体力をつけてもらいたいところなんだが、なんせこの暑さだろう?」


バズさんはそう言って肩をすくませた。

日本生まれの私には快適だけど、病気を患っているオリビアさんには厳しいのだろうか。


「オリビアさん、食欲はあるんでしょうか?」

「食欲?

ああ、少し細くなっているかな」

「少しでも食べれるなら、こちらを召し上がってはいかがでしょう」


アルトさんはそういうと、熊肉を取り出した。


「昨日仕留めたばかりの熊です。

これから熟成が進めば、より味が良くなるでしょう。

熊は滋養強壮に良いので、是非お嬢さんに召し上がってもらって下さい。

沢山ありますから、是非俺たちもご相伴預かれれば嬉しいです」

「おお!

もちろんだよ!

…それにしても、この時期に熊なんてよく獲れたな。

アルト殿、助かるよ。

貴殿は冒険者としても狩人としても優秀なんだな」

「いやあ、俺なんてとても…」


アルトさんはそういうと、私にちらっと視線を向けた。

…嫌な目をしている。


私は無言でアルトさんに笑顔を返した。








熊胆:熊の胆嚢。消化器系全般の薬として用いられる(ウィキペディアより抜粋)

消化器系に効くなら、オリビアさんにあげれば…。

いやだって、ガドさんの方がお似合いですし…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ