20.第一回異世界バッティング大会
なんとか間に合いました。
「私の金属バットは、武器ではない…よね?」
今の私にはそう呟くのが精いっぱいだった。
もちろん、この言葉に説得力がないことも理解している。
私の足元には脳天が血塗られ、絶命している狼が一匹。
傍らには狼の血がべったり付着した丸い石が転がっている。
アルトさんもポーラちゃんも、あの石が有り得ない軌道を描き森の中に消えていったのを見ている。
誰の仕業かは明白であった。
…私が気持ちよく打ち抜いたあの石。
犯人は私、凶器はこの金属バットだ。
折角正しいバットの使い方を教えたかったのに。
これでは、軌道修正機能付き目標必殺の武器であることを証明したようなものではないか。
「…お姉ちゃん?」
落ち込む私を心配してか、ポーラちゃんが声をかけてくれる。
「ポーラは『スポーツ』とか『野球』とか難しくてよくわからなかったけど…。
持ち主であるお姉ちゃんが言うなら、武器じゃないと思うよ?」
そう言ってにっこり笑った。
…!
なんて、良い子なのっ!
私はポーラちゃんを抱きしめる衝動をグッと堪えた。
異世界に来てから、ポーラちゃんに何度癒されたことだろう。
8歳児ながら私の欲しい言葉を、必要な時にくれるポーラちゃん。
この子がいなかったら、私の我慢の限界はとっくに超えていただろう。
今はポーラちゃんをハグしたい欲求が、いつ限界突破するかが不安だ。
「ありがとう、ポーラちゃん。
私もそうであって欲しいよ」
私もポーラちゃんに笑顔で返した。
「カナ、ちょっと良いかな?」
私とポーラちゃんの心温まるやり取りを全てスルーし、一心不乱にメモを取り続けていたアルトさんが手を止めて言った。
「はい。
不幸な事故がありましたが、バットは武器ではありませんよ?」
「うん?
別に武器とか武器じゃないとかはどうだっていいんだけど」
…おい。
今、聞き捨てならないこと言いやがりませんでしたか?
「そのバット、俺にも試させてくれないかな?」
アルトさんは目をキラキラさせて私におねだりをしたのである。
私たちは再び川辺に移動した。
ポーラちゃんも打ってみたいとのことなので、戻ってきたのだ。
因みに先ほどの狼は十分毛皮は使えるということで、アルトさんがその場で皮を剥いでしまっている。
私は二人にバットのスイング方法をざっくり教えた。
まずはお子様から。
ポーラちゃんがバッターボックス(仮)に立つ。
「じゃ、行きますよー」
ピッチャー役の私は、大きく弧を描かせて石を投げた。
ポーラちゃんは石を当てることに集中しすぎてしまい、スイングが乱れてしまった。
バットには辛うじて当たったが石は飛ばず、カンと前に落ちるだけだった。
「お姉ちゃんみたく、遠くに飛ばしたかったなあ」
ポーラちゃんは残念そうに言って、バットをアルトさんに渡した。
「次は、俺だねっ。
俺はカナに負けず飛ばすぞー」
アルトさんはなぜかテンションが高くなっていた。
気合も十分なようで、予告ホームランのポーズを取った。
もちろん、そんなポーズは教えていない。
「では、投げまーす」
ポーラちゃんの時と同様、大きく弧を描かせ投げた。
「よし!」
アルトさんはきれいなスイングでバットを振り抜いた。
カーーーン!
芯を捉え損ねた音。
石は高く飛ばず、私の足元を掠めた。
「危なっ!」
「あははははは。
ごめんごめん」
「笑い事じゃ、無いですよ!」
ヒヤッとした。
硬球でも当たると打撲かという位の衝撃を受ける。
石だと打ち所が悪ければ死ねる。
あの狼のように。
「意外と難しいんだねぇ。
もう一回…おおっと!?」
再びバットを構えようとして、アルトさんは変な声を発した。
「どうしましたかー?」
「ごめん、カナ。
バットに傷がついてしまったよ…」
さっきの勢いが嘘のように、アルトさんはシュンとしてしまっている。
私はアルトさんに近づき、アルトさんの手にあるバットを見た。
直筆の『一打入魂』に爪で引っ掻いたように一筋傷が走っている。
傷というよりも、マジックで書いた文字が消えただけみたいだ。
石を打ったことよる傷は無いようだ。
割れてしまってもおかしくないのに。
…ん?
傷が無い?
あれ、ほんとに?
「…ちょっと、見せてもらってもよいですか?」
私はもう一度じっくり見るため、アルトさんの手からバットを返してもらう。
見たところ大きな傷は無い。
念のため、触って確かめてみる。
…やはり、傷は無いようだ。
マジックで書いた『一打入魂』の一部が、傷のように一筋消えているだけだ。
その一筋を指で触ってみる。
「あ!
精霊のオーラが…」
ポーラちゃんが声を上げた。
私は声を上げることが出来なかった。
辿った先から、消えていたはずの『一打入魂』がみるみる元に戻っていったのである。
「いやあ、カナの世界の『野球』という『スポーツ』は、魔法のような娯楽なんだね」
アルトさんは心底感心しているように言った。
…そんなバカなことあってたまるものか。
「いえ。
私の世界でこんなことはないですよ。
私が打った石の軌跡がおかしかったのも、私のいた世界ではありえません」
「へぇ…。
ということは、これも精霊の『加護』の影響なのかなあ?」
「…。」
はい、来ました。
精霊の『加護』。
ファンタジーの代名詞。
あれだけ石やら狼やらバットに無茶をかけても無傷なのも、
バットで打った石の軌跡がおかしいのも、
この言葉で全て解決する。
私と一緒に異世界に渡ってきたバットは、私の知るバットではなくなってしまったのか…。
そういうことなのか。
私は深くため息をついた。
「ねぇ、カナ。
一つ試してもらいたいことがあるんだけど」
「…なんですか?」
「今度は俺が球を投げるから。
カナ、打ってくれる?」
そう言って、アルトさんはマウンド(仮)に立った。
「?」
私は首をかしげた。
アルトさんは手に石を握っていない。
「投げるよー」
アルトさんはそういうと…振りかぶった。
オーバースローで。
え、そんな本格的な投球フォームどこで覚えたんですか。
しかもアルトさんがいるのはなんちゃってマウンド。
バッターボックスとの距離は通常の距離の半分くらいだ。
…やばい!
私は咄嗟にバントに構える。
そして、何も握っていなかったはずの手に何か光るものが見え、手から放たれた。
…火?
何かよくわからないまま、光るものにバットを当てた。
音はしなかったが、バットから何かが当たった感触が手に伝わってきた。
あ、しまった…。
球威は殺されたが、アルトさんとの距離が近すぎる。
正面に落ちた光るものは、アルトさんへ返って行った。
しかし、光るものはアルトさんに辿りつくことは無かった。
辿りつく前にアルトさんが何かを唱え、光を消したのである。
「バットは、そんな使い方もあるんだね」
アルトさんは私のバント処理に感心した。
…気にするところはそこではないだろう。
「アルトさん、さっきのはなんなのですか。
すっごく、危なそうなの投げましたよね?」
「え、単なる火の玉だよ。
火の玉も打ち返すことが出来るんだね」
「…はい?」
メイドインジャパンの金属バットでそんなことはできません。
あ、ファンタジーの産物になってしまったんだっけ…。
「じゃ、もう一球行くよー」
今度は私が投げたように大きく弧を描いて投げた。
アルトさんが今回投げたのは氷の球だった。
…大きさがバレーボール位のなんですけど?
「…ひいっ!」
大きさにビビってしまったけど、球速が遅いので打ち返せそうだ。
私はバットを振り抜いた。
ガッ!!
石より鈍い音がしたが、氷の球は空高く飛んで行った。
手が少しビリビリする。
大きさの割に衝撃が小さいような気がする。
「おお、飛ばすねぇ」
アルトさんは呑気に氷の球の行方を見守る…が、異変が生じる。
氷の球は有り得ない方向に曲がり、森の中に勢いよく消えていった。
…落下地点から、野太い咆哮が聞こえたのは気のせいであってほしい。
「…今回は、大物みたいだね?」
アルトさんは振り向いてニヤリと笑った。
「さ、見に行こうか」
「…。」
アルトさんはドン引きしているポーラちゃんの手を引き、森へ向かった。
私は無言で彼らに付いていく。
…うん。
何となくわかっていたよ…。
氷の球の落下地点。
氷は溶けてしまったのか、もうない。
しかし、そこには先ほどよりも迫力ある光景が広がっていた。
頭を真っ赤に染め、事切れているクマが横たわっていた。
「…いやあ、クマまで仕留めるとはね。
カナに狩れない動物はこの森にはいないんじゃないかな?」
「…。」
…嬉しくねえ!
書くの楽しかったので、是非第二回も開催したいです。