19.私のバットは武器ではない…よね?
私がこの世界を受け入れるために、私の世界のことも理解してもらいたい。
もちろん少しずつで構わない。
目下の目標は、アルトさんとポーラちゃんに私のバットを理解してもらうことだ。
武器ではないこと、棍棒ではないこと、そして往来で抜き身で扱うものではないこと。
以上3点だ。
私はそう心に決めて、黙々と森の中足を進め続ける。
決めたからには早々に実行したい。
しかし今はだめだ。
今のポーラちゃんは魔法に集中していて話を聞く余裕はないだろう。
アルトさんにだけに先に話すのもどうかと思う。
…話すならマナの木に着いてからかな?
アルトさんとポーラちゃんには、私の世界の話を今までほとんどしていない。
せいぜい愚兄の話をちょっとしたくらいだ。
…まあ、積極的に話すことを避けていたのは、私なんだけども。
私の世界にしかないものを説明するとき、話が色々と派生してしまうかもしれない。
特に研究バカであるアルトさんの琴線に触れれば、説明が何時間必要になるかわからない。
いや、質問攻めにならないはずがない。
自慢ではないが、私は説明が下手だ。
語彙力も無いから、どれだけアルトさんとポーラちゃんに理解してもらえるか不安だ。
中途半端な説明で混乱させてしまうことはなるべく避けたいから、せめて時間はかけるべきだ。
お昼休憩の片手間で話しきれる自信は、私にはない。
私はアルトさんとポーラちゃんにどのようにプレゼンすべきか、考えながら歩き続けた。
お昼休憩を挟みつつ、私たち3人は歩き続けた。
ポーラちゃんは集中力が功を奏してか、迷うことなく私たちをマナの木へ導いてくれているようだった。
アルトさんは、ポーラちゃんを見守り歩きながら様々なものを見つける。
滅多に人が入らない森だから、貴重な木の実や薬草が豊富なのだそうだ。
その中にはブラッドベリーや見たこともないキノコ類などもあった。
その度に歩を止め摘んでは、アルトさんの魔法で収納した。
きっとこれらもコポの村でお金の代わりになるのだろう。
しばらく歩き続けると、マナの木に着いた。
日が傾くにはまだ時間がありそうである。
「アルトさん、ポーラちゃん。
話したいことがあるんですけど」
私はマナの木に着いて間もなく、話を切り出した。
「ん?
どんな内容かな?」
「コレについてなんですけど…」
私は右手に握りしめているバットに目を向け答える。
「カナの持ち物について話してくれるなんて、興味深いね。
でも、今日は水を汲みに行きたいんだ。
話しながらでも良いかい?」
「はい」
「じゃあ、話しながら歩こうか」
そう言って私たちは川に向かって再度歩き始めた。
「…で、話って?」
アルトさんは目を輝かせて私に尋ねた。
メモはまだ手に用意していない。
「コレ…バットっていうんですけど、実は武器ではないんです」
私は二人によく見えるよう、バットを少し上に掲げた。
「そうなのかい?
てっきり変わった棍棒とだと思ってたんだけど」
「私も。
狼を倒すほどの、すごい武器だと思っていたよ」
…。
わかってはいたけども、やはりか。
「これは私の世界の『野球』というスポーツに使う道具なのです」
「はい!
スポーツってなんだい?」
アルトさんは挙手しそうな勢いで私に質問した。
「『スポーツ』とは、体を動かす娯楽のことです。
このバットはその娯楽に使うので、狼を倒すのに使うものではないのです」
「…娯楽?」
今度はポーラちゃんが疑問を投げかけてきた。
アルトさんはいつの間にかメモを取り出していて「ス、ポ、ー、ツ」と呟きながら書き留めていた。
「そう。
このバットは武器ではなく、遊びに使うものなの。
マナの実位の大きさの丸い球を、遠くに飛ばすための道具なんだ」
「へえ…」
ポーラちゃんは不思議そうにバットを見つめた。
「で、『野球』というのは?」
「9人対9人で競い合うんです。
一方の9人は交代でバットを使って球を飛ばします。
もう一方の9人は球を飛ばされないように阻みます」
「へえ…」
ポーラちゃんは同じセリフを呟き、アルトさんは「きゅ、う、に、ん」とメモしていた。
…。
ご理解いただけている、自信が全くありません。
出来ればやって見せてあげたいけど、一人では不可能だ。
もしくは図解して説明したいが、歩きながらなら無理だ。
私は思った以上の難しさに説明が止まり、
アルトさんはメモを取り続け、
ポーラちゃんは私の次の言葉を黙って待っていてくれた。
大した説明が出来ないまま、いつのまにか私たちは川辺に到着した。
私たちは本来の目的である水汲みをした。
汲むといっても今回は水瓶2つ分で良かったので、あっという間に終わった。
折角木で阻まれない広い場所に来たので、野球を図解することにした。
「アルトさん、ポーラちゃん!
『野球』とは、このような広いところで行うんです」
私は枝で一辺約4mのミニダイヤモンドを描いた。
実際の五分の一程度だが、説明するにはこれくらいで十分だ。
「まず、用語の説明をします。
この場所から、ホーム、ファースト、セカンド、サードといいます。
そして、ここがマウンド。
球を飛ばされないよう阻む9人はこの場所で待ちかまえます。
阻む9人を『守備』といいます」
私は、各守備の位置にバツ印を付けていった。
「もう一方の9人は『攻撃』と言います。
『攻撃』の9人は一人ずつ、この場所にバットを構えて立ちます」
今度は丸印を付けた。
そして私は野球のルールをかいつまんで説明した。
マウンドから放たれる球を、『守備』に取られないようバットで打つこと。
打てなかったり、土につかず球を取られるとアウトになること。
打てたらファーストに進み、最終的にホームに戻れると1点入ること。
アウトが3つになると、攻守が交代することなどなど…。
途中アルトさんから質問を受けつつ、ざっくりとではあるが一通り流れを説明することができた。
「なるほどね…。
カナのいた世界にはこんな大掛かりな娯楽が存在するんだね」
アルトさんは自ら書いたメモを見ながら、そう言った。
「人数が多いですからね。
うまく説明できずもどかしいです」
アルトさんは何となく理解してくれているようだった。
ポーラちゃんは…うん。おいおいわかってもらえるよう説明しよう。
今の私の説明力ではこれがせいぜいだ。
焦ってはいけない。
「…で、ボールが無いので石で代用しますが。
ポーラちゃん、そこからここら辺めがけて石を投げてくれるかな?」
私はそう言ってマナの実サイズのなるべく丸い石を手渡した。
本当は金属バットで石を打つのはご法度だけど、少しでも具体的にイメージしてもらいたい。
私は心の中でバットに謝りながら、バッターボックス(仮)で構えた。
「はい。
投げるよー」
ポーラちゃんはポーンと弧を描かせて石を放った。
石はちょうどストライクゾーンだ。
私はバットを振り抜いた。
カキーーーーーン!
…ああ、気持ちいい。
顔がうっとりと緩むのがわかる。
石とボールでは感触は違うが、ビリリと伝わるインパクトの感触が懐かしい。
石は狙い通りセンターフライの球筋を辿る。
あの石がボールで私に高校球児並みの力があれば、ホームランになり得ただろう。
アルトさんとポーラちゃんも石の行方を空を仰いで見守った。
「…!?」
とその時、ありえないことが起こった。
石は90度進路を変えたのである。
何かの力が加えられなければありえない進路変更だ。
そして石は森の中に勢いよく消えた。
するとすぐ石の消えた方向からは、なにか獣の悲鳴が聞こえた。
私たちは目を合わせて、急いで悲鳴の聞こえた方角へ走った。
そして、森の中で私は絶句する。
そこには、ポーラちゃんが放ち、私が打った石によって脳天を撃ち抜かれ、息絶えた狼が一匹いたのである。
「…お姉ちゃん。
これって武器じゃないんだよね?」
ポーラちゃんは、私の右手に握られている金属バットを見ながら言った。
…金属バットは武器ではない。
それは間違いない。
しかし、今目の前で起きたことは何だ?
ボールではなく石ではあったけれど、バットの使い方は正しい使用方法そのものだったはず。
それなのにバットで打った石は、考えられない軌道で森の中の狼を撃ち抜いた。
もちろん私はそんなこと狙っていない。
狼がいることももちろん知らなかった。
そういえば、ポーラちゃんを助けた時もそうだ。
助けたいとは思っていたけど、あの時もまさかバットで打った石が当たるとは思わなかった。
だけど、当たった。
もしかして、今回と同様軌道が変わっていた…のか?
私は右手を見つめた。
長年振り続けた手に馴染む金属バットがそこにある。
見慣れたそのフォルム。
しかし、狙ってもいないのに軌道修正するなんて。
そんな反則技金属バットに搭載されてるなんて、あってたまるか。
このバットは精霊に加護されてから、変わってしまったんだろうか。
私は自信がなくなってきてしまった。
「私の金属バットは、武器ではない…よね?」
ポーラちゃんの問いに答えるというよりも、自分に言い聞かせるようにしか言えなかった。
野球の説明、難しいです…。
間違ってましたら、ご指摘お願いいたします。