16.精霊契約~小池田カナの場合~
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします!
~前回のおさらい~
マナの木の根元で迎える、異世界3日目の夜。
寝ようとしていたところ、マナの実に鳩尾直撃されました。
不思議なことに痛みはありませんでした…。
おさらい終わり。
…。
……。
………間違ってないよね?
そもそも、痛みどころか感触すら感じなかった。
きちんと落下地点に入っていたし、視覚ではきちんとキャッチできていた…はず。
あの程度の球速、グローブ無しであってもエラーする方が難しい。
それなのにマナの実は私の手をすり抜け、お腹に落ちた。
視覚的には。
しかし、手と同様お腹にも一切衝撃が伝わらず、マナの実は吸い込まれるように私の体に消えていった…ようだ。
…体をすり抜けたのか?
怖っ!!
背筋に悪寒が走り、身震いした。
異世界に来てから3日しか経っていないけど、不思議なことが沢山あった。
狼がいて襲われたり、
魔法が使える人がいたり、
愛用バットが精霊に加護されたり、
苺がお金の代わりになったり…。
しかし、直接自分の体に不思議なことが作用したのは、今回が初めてだ。
…体、大丈夫かな?
私はおっかなびっくり服の上から、お腹を撫ぜた。
…違和感はない。
背中も同様に確かめたが、いつもと変わりなかった。
毛布をめくり、地面も確認してみる。
地面は周りと同じ色をしていて、凹みなども見当たらない。
表面上異常は見当たらなかった。
…。
見た目、異常が無い方が怖いと感じるのは気のせいだろうか。
思えば、私はスプラッタ系は平気なのにホラーや超常現象系の映画は昔から苦手だった。
あれは小学生の時、やせ我慢で参加してしまった町内会の肝試し。
本気で怖がる私は、調子に乗ったお化け役の兄に後ろから足を掴まれ、無我夢中で腕ひしぎ十字固めで奴を堕としてしまった。
小学生とは思えない見事な技の決まりっぷりだった。
あと少し兄が意識を取り戻すのが遅ければ、救急車が呼ばれていたかもしれない。
…今思い出しても笑えない昔話だ。
18歳になった今も尚、目に見えないものや得体のしれない現象というものにてんで弱い。
そういう意味では、この異世界は私にとって生きづらい場所かもしれない。
現時点で精霊のオーラを感じることが出来ない私にとって、精霊も魔法も得体のしれないもの。
ホラーや超常現象と変わらないのだから。
私は、今更ながら自ら置かれている状況に身震いをした。
「…カナ?」
私が一人畏怖していると、遠慮がちにアルトさんが声をかけてきた。
「…」
私は言葉に詰まった。
自分の身に降りかかった得体のしれないことを表現する言葉が見つからない。
情けない顔をしていたと思う。
私はアルトさんに視線で説明を求めた。
「とりあえず、おめでとう?」
「!?」
…祝われてしまった。
「俺もよくわからないけど、精霊と契約出来たみたいだよ?」
「…どういうことでしょうか」
わけがわからん。
「精霊の契約は、満月の夜だって言ったじゃないですか」
アルトさんにキレるのはお角違いと理解しつつ、睨み付けるのを止めることが出来なかった。
「俺も、こんなこと初めてだよ。
満月以外の夜に契約が成り立つなんて、聞いたことない」
アルトさんは私の視線を気にも留めず、おどけた仕草をした。
「本当になぜこんなことになったのかわからないんだ。
だけど、これだけは言える。
さっき受け止めたマナの実は、カナを選んだ。
おめでとう、カナ。
これで修練を積めば魔法が使える」
アルトさんはにっこり笑った。
私は相変わらず訳が分からない。
「…私、まだ魔力や精霊のオーラとやらが全くわからないんですけど?」
アルトさんは言っていた。
魔法とは精霊に魔力を与え、精霊から魔法という力を借りるものだと。
百歩譲って、契約が成り立っているとしよう。
しかし、魔法を使うためには私から精霊へ魔力を与えなければならない。
アルトさんやポーラちゃんには私の魔力とやらがわかるらしいが、私には知覚できない。
精霊のオーラにしてもそうだ。
私は知覚できない精霊に対して、同じく知覚できない魔力を与え、得体のしれない魔法を使えるようになったということになる。
…うん。
これはファンタジーだ。
ファンタジーすぎる。
私は、今まで使うまいと心に決めていた言葉を解禁することにした。
わからないものがありすぎて、何がわかるのかがもうわからない。
一つずつ何がわからないのか虱つぶすよりも、わからないままマルッと受け入れた方が良い気がした。
心底納得したわけではないが、ここは私が18年間培った理が通じる世界ではない。
私は自分の物差しでこの世界を計っていたのだろう。
ファンタジーはファンタジーだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
私は心の奥底で燻る何かを抑えながら、出来るだけ前向きになるよう気持ちを立て直そうとするのだった。
「そう、カナの言う通りなんだよね…」
アルトさんが困り顔で言った。
「俺たちの世界で精霊とは身近な存在だ。
魔力を持っている者で8年も精霊を意識すれば、誰でも見えるようになる。
だから、カナのように見える前に契約を行った者はいない」
「じゃあ、どうすりゃ良いんですか」
「…どうしたもんかねぇ」
アルトさんは腕を組んで考え込んだ。
「カナを不安にさせるようで悪いんだけど、俺もどうしたら良いか戸惑っている。
カナの身に起こっていることは、いずれもこの世界の理から外れている。
大筋は間違っていないんだけどね」
「…。」
アルトさんが言うことも分かる。
「だから、いっそのこと通常の修練方法で魔法を身に着けてもらおうと思うんだ」
「…といいますと?」
「まず知覚できるよう、精霊を意識することを優先的に行ってもらう。
それと並行して、魔法の修練をポーラと一緒に行ってみよう。
ポーラに教える方法で、カナが魔法を使えるようになれるかはわからない。
だけど、カナはマナの木が光って見えたりするだろう?
俺らと認識方法がそもそも違うかもしれないんだ。
この世界の一般的な方法を、カナなりに解釈して学んで欲しいと思っているんだ」
ふむ。
規格外である私の方法がわからないのなら、この世界のアルトさんの方法で学べということか。
せっかく精霊と契約できたのに、彼らが知覚できるまで魔法の修練を待つのはもったいない。
「アルトさん、私はアルトさん以上によくわからないのでお任せします」
モル契だ。
この世界の理含め、アルトさんにお任せすると決めている。
質問攻めに辟易することもあるが、こういう時は考えずに済むので気持ちが楽になる。
「じゃあ、手探りなことも多いと思うけど、明日からよろしくね」
そうして、異世界3日の夜がようやく終わるのだった。