15.閑話 精霊契約~とある冒険者の場合~
遅くなりましたm(_ _)m
ひと月に一度だけ訪れる満月の夜。
…人里離れた聖なる土にのみ根を張るマナの木に、奇跡が起こる。
【とある冒険者の場合】
…やっと見つけた!
人が寄り付かない森の中、どれだけ歩いたことだろう。
わずかな精霊の気配を頼りに歩き続け、すでに足は棒のようだ。
しかし目の前には、疲れが消し飛んでしまう位神々しい光景が広がっている。
聖なる精霊の実を宿す、マナの木が目の前にそびえ立っているのだ。
自分は今、精霊と魔法の力を借りる契約を結ぶためこの地を訪れている。
精霊のオーラを感じ得るようになり幾数年。
精霊と契約するまでの道のりは非常に長かった。
一言断っておきたいが、自分が特別苦労したわけではない。
精霊と契約を結ぶこと自体が、特別で奇跡であるだけなのだ。
自分の魔力が平均より多いことは、幼い頃からわかっていた。
親の期待も大きく、修練もおのずと力が入った。
それほど、この世界の魔法に対する期待度は高い。
魔法がある程度使えれば、優秀な冒険者になれる可能性が高い。
世の中には様々な仕事に溢れているが、魔法を必要とする依頼ほど割が良い仕事は無いからだ。
仮に冒険者になるほどの魔法が使えなくとも、安定の代名詞である王国役人に登用されやすいと言われている。
魔法というステータスがあるだけで、この世界は格段に生きやすくなるのだ。
自分は8歳になるとすぐ、両親に連れられてある場所に向かった。
マナの木である。
マナの木は神聖な土地にのみ息吹く神木だ。
マナの木は人里離れた土にしか根を張らない。
自分たちは慣れない野宿を繰り返しその地を目指した。
初めて見たマナの木を今も覚えている。
行けども行けども鬱蒼とした森の風景が続く中、突然眼前が切り開かれてマナの木が現れるのである。
目の前に現れた神木は決して背丈は高くなかった。
せいぜい周りの樹木と同じ高さだ。
しかし、その存在感は他を圧倒する。
根幹は太くどっしりとしていて、そこから無数に伸びる枝からは青の実が鈴のように連なっていた。
精霊の命を宿すマナの実だ。
今晩この実から自分と契約を結ぶ精霊が生まれる。
そう思うと胸が高鳴り、夜になるのが待ち遠しくて堪らなかった。
ようやく夜の帳が下りる頃、マナの木が発光しはじめる。
最初はじんわりと淡い光だが、時間が経つにつれどんどん光が強くなる。
この美しい木から、今日こそ自分のための精霊が生まれるのだ。
今か今かと気分が高まり、眠気を一切寄せ付けなかった。
最初の数時間は期待感で胸を高鳴らせていたが、夜明けが近くなると緊張で胸がざわついてきた。
マナの実が一つも孵らないのである。
確かに、契約をいくら望んでも必ず成功するとは限らないと聞いている。
ある時は、一晩待ち続けても生まれることが無かったり、
またある時は、興味を示してくれず、空高く飛び立ってしまうこともあるそうだ。
しかし、まさか自分が失敗するなんて。
魔力も沢山ある。
修練だって辛かったけど、あんなに頑張ったのに。
挫折を知らない幼い自分は、失敗する自分を想像することが出来なかった。
精霊は生涯に一人の人間としか契約を結ぶことが出来ない。
まるで運命の恋人のようだと誰かが言っていた。
今になればそれがいかに大変なことであるか、身を以て理解できる。
当時の自分には受け入れがたい事実だったけれど。
結局その夜、精霊が生まれることは無かった。
必ず自分のための精霊が生まれると信じて疑わなかった8歳の自分は、父の胸で泣きじゃくった。
母が優しく背中を撫でてくれたが、気持ちは一向に晴れなかった。
「おまえの精霊はここにいなかっただけだ」
「初めてで成功する子は滅多にいないわ」
そう言って両親が自分を慰めるが、気分は一向に晴れない。
満月の夜は明けてしまった。
この場に長く居続ける理由はもう無い。
しかし、なかなか現実を受け入れられず涙を止めることは無かった。
自分はこの日泣き疲れて眠ってしまい、不覚にも父に背負われてマナの木を去ったのだった。
それから数か月に一度の頻度で様々なマナの木を訪ねるも、自分のための精霊と出会えなかった。
数か月に一度の頻度なのは、親の仕事の都合だ。
親が子に魔法を伝えるのは暗黙の義務となっているが、毎月仕事を空けるわけにはいかないからだ。
また、周囲の同年代でも自分と同様、精霊と出会えないものが多かった。
自分だけではない。
最初はあんなに絶望したのに、慣れとは怖いもので失敗が当たり前と感じるようになる。
4年後、さすがに焦り始める。
数か月に一度の頻度でマナの木を巡礼しているが、今もなお精霊と出会えていなかった。
周りでも徐々に運命の精霊と出会い、契約を結ぶ者が増えた。
今や同年代で出会っていないのは、魔力持ち5人当たり1人位にまで減っていた。
気持ちは焦るばかりで、自分は荒れた。
どうにもできない気持ちを、両親にぶつけてしまったりもした。
今思えば反抗期だったかもしれない。
家を無断で空けることも珍しくなくなった自分は、一人でマナの木を探すようになった。
幸い修練の一環として剣を扱えるようになっていたから、野生の獣位なら一人でいなすことが出来たからだった。
一人は気楽だった。
回を重ねるたびに落胆を隠せない両親に苛立ちをぶつけずに済むし、一人旅は新鮮で刺激が多く落ち込む暇がなかった。
そのうち旅費は獣を狩ったりして自ら賄うようになり、マナの木からマナの木へ旅することとなる。
旅を始めて1年。
自分は13歳になった。
相変わらずマナの木からマナの木へ旅をして、家には帰っていなかった。
親が恋しい年齢ではないが、区切りとして次のマナの木がダメだったら、一度家に帰ろうかと思っていたころだったと思う。
言葉にしづらいが、そのマナの木を目の前にして何かがいつもと違うと感じた。
相変わらずマナの木は神々しく、夜になれば淡く光り輝くことだろう。
自分は恒例となった言葉でマナの木に祈った。
今回こそ、運命の精霊と出会えるように。
精霊と契約が結べますようにと。
「?」
周りに人はいないのに、声が聞こえた気がした。
見渡すももちろん誰もいない。
一人が長いから人が恋しくなって幻聴が聞こえたのかもしれない。
夜になりもう何度も見ているのに、自分は時間が経つのを忘れてマナの木を見つめ続けた。
何度見ても美しいが、今回のマナの木は格別美しい気がする。
魅入っている自分に気づきハッとする。
期待してはダメだ。
失敗した時の落胆を忘れたのか。
8歳の時から今に至る5年間の経験から、結果をみるよりも諦める心構えが先になるようになった。
何度も心が折れそうになったが、自分は精霊と契約できるまで一生マナの木を訪れ続けるだろう。
これからの長い人生で、後何回マナの木を前にして落胆しなければならないのか。
そう思うと、期待する心の裏側で心の準備を怠るわけにはいかなかった。
そんなときだった。
「!」
頭上に実っているマナの実の一つが、その身を揺らしたのである。
こんなことは初めてだった。
風が吹いているわけではない。
風自体感じないし、何より揺れているのはその実ただ一つだけだったのだから。
もしかして…?
期待してはダメだと自分に言い聞かせたばかりだというのに、胸の高まりが止まらない。
もう自分は、そのマナの実から目が離せなくなってしまった。
じっと見つめていると、視線を感じ取ったかのように実が枝から離れた。
「!!」
落ちてしまう!
自分はあわててマナの実の落下地点に両手をかざした。
しかし、マナの実はすぐ手元に落ちてこなかった。
まるで見えない羽が生えているかのように、ふわふわと両手に降りてきたのだ。
マナの実は確かに自分の両手に納まっているのに、重さや触感は一切感じなかった。
「…」
時間にしてどのくらいだったろうか。
自分は暫く両手に納まった青い果実を見つめた。
精霊が生まれる気配がない。
契約に至らなくても、精霊がマナの実から生まれる姿は何度も見た。
精霊たちは、枝から実が離れると形を変え天高く飛び立っていった。
しかし、自分の手にあるマナの実は果実の形のまま変化しようとしない。
両親は精霊と契約するとき、どのような変化があると言っていただろうか。
この手の話を両親と話してから時が経ちすぎて、残念ながら覚えていない。
やはり、今回も拒絶されてしまうのだろうか。
胸がずきんと痛む。
痛むと同時に、なんだか温かいものも込み上げてきた。
自分の手に降りてくれた。
今まで、こんなこと一度もなかったじゃないか。
契約に至らなくても、大きな進歩だ。
8歳の時と違い、すんなり事態を受け入れる自分がいた。
そう思っていると、マナの実を包んだ両手を自然と胸に押し当てていた。
「!」
それは一瞬だった。
マナの実は形が曖昧になり、自分の胸に溶け込んだのである。
自分とマナの実が一体となり、体が教えてくれる。
自分は精霊と魔法の力を借りる契約を結ぶことが出来たのだと。
「こんな感じで精霊と契約を結ぶ人がほとんどなんだけど。
カナはこの話を聞いてどう思う?」
アルトさんは私の言うことを聞き逃さない様、メモを準備して食いついている。
「そうですねぇ」
私は考える。
「アルトさんって、反抗期が12歳だったんですね」
「…!!
聞きたいことはそういうことじゃないから!
というか、俺の話じゃないんだからねっ」
アルトさんはそう言って否定した。
お読みいただきありがとうございました。
次回は元旦1時頃予約投稿予定です。
皆様、良いお年を♪