12.家族のこと
私たちは村を出て、来た時と同じように森の際の木陰を辿りながら川の上流を目指した。
途中お昼休憩を挟む以外は、たわいのない話をしつつ歩を進めた。
話の内容は主に、私からアルトさんへの異世界の理について質問攻めだったりする。
以前より気になっていた時計について質問してみた。
残念ながら、異世界には無いとの事だった。
ただし、時間に対する概念はあるので、大きな街だと鐘で定時を知らせるのだとか。
鐘は夜明けから日没まで12回打つ。
折り返しである6回目が中天であり、それを目安に昼食を食べるのだそうだ。
鐘の無い村などでは、太陽の位置でおおよその時間を把握するらしい。
因みにひと月は30日で、12か月で1年。
1年は360日だ。
地球とほぼ一緒で少し安心した。
アルトさんたち家族の話も聞かせてもらった。
アルトさんたちは普段王都に住んでいるそうだ。
この世界の習わしで魔力がある子供が8歳になると、1年間人里離れたところで魔法の修練を行うという。
ポーラちゃんは先月8歳になったばかりで、アルトさん達はヒューイの森に来たばかりだという。
「じゃあ、王都に家族を置いてきたのですか?」
「うん。
奥さんは身重だし長男は学校があるから、今回は連れて来なかったんだよ」
「!」
「お兄ちゃんは、12歳なんだよー」
「!!」
…今の短い会話の中、爆弾が投下されていたことにお気付きだろうか。
まず、アルトさんに奥さんがいたこと。
アルトさんはイケメンだ。
異世界での美意識はわからないが、人当りも良いし魔法というステータスもある。
恐らくモテるだろう。
しかし、忘れてはいけない。
あの苺狩り事件を。
狼除けを切らしているのに、可愛い娘を狼の縄張りに連れて行くという暴挙。
いくら私の『加護持ち』効果を確信していたとしても、娘を命の危険にさらすかもしれないとは何事か。
1%でも危険への憂慮があるなら、事前にポーラちゃんに教えてあげれば良かったのに。
あの事件の後のポーラちゃんの顔色は、本当に気の毒だった。
対するアルトさんのドヤ顔を見て、私は確信したのだった。
…アルトさんはよく言えば、研究第一。
率直に言えば、残念な研究バカなのだと。
なので、私のアルトさんへの評価は、イケメンであることを鑑みてもマイナスなのである。
それなのに、奥さんがいてしかも妊娠されているとは。
しかし、1年間の修練か…。
アルトさん達が王都に戻った時には、生まれているじゃないか。
そんなに放っておかれて、アルトさんは捨てられても文句を言えないんじゃないんだろうか。
続いて、12歳の息子さんがいたこと。
自己紹介の時、アルトさんは御年26歳といっていた。
ポーラちゃんが8歳だから、今の私と同じ18歳の時のお子さんだ。
それだけでも十分驚きなのに、ポーラちゃんよりさらに年長の子供がいたなんて。
今12歳ということは…、じゅ、14歳の時のお子さんですかっ…!!
…。
……。
………。
思うところは沢山あるが、何も言うまい。
その後、私は心に受けた衝撃を顔に出さないよう、アルトさん達の会話に耳を傾ける。
アルトさんとポーラちゃんが引き続き、家族の話をしている。
ポーラちゃんは、産まれてくる赤ちゃんをすごく楽しみにしていること。
アルトさんは、最近長男君が反抗期で寂しいのだとか。
…ポーラちゃんは可愛いが、アルトさんの悩みはどうでもいい。
今の私は、アルトさんへ優しい気持ちを向ける気になれなくなっていた。
「お姉ちゃんの家族はどんな人たちなの?」
ポーラちゃんは無邪気に尋ねてきた。
私について踏み込んで質問されるのは初めてだ。
ポーラちゃんは詳しい経緯は知らない。
異世界から来たこととか、
帰る方法が今のところわからないとか、
軽めのことは知っている。
死んでいたかもしれない交通事故に巻き込まれて、意図せず異世界に来たとか、
この世界で独り立ちするまでアルトさんに研究されることになっていて、元の世界に帰るのは二の次になっているとか、
踏み込んだことは知らない。
前者についてはアルトさんにもまだ話していない。
いずれ話すつもりでいたが、今のところ上手く説明できる自信がない。
ポーラちゃんへは折を見てアルトさんから話してもらうよう軽く考えていて、敢えて話題にもしていなかった。
ナイーブに構えないようにしているが、私にとって自分の世界の話は決して話しやすいことではない。
…今のところは。
なるべく受け入れようと考えているが、時間が足りないのが正直なところだ。
アルトさんにちらっと視線を向けると、ポーラちゃんの死角で済まなそうに私を見ている。
アルトさんはその辺のところを理解してくれているようだ。
さて、どのように話そうかな?
「おねえちゃん、どうしたの?」
私が少し考え込んでいるのを、不思議に思ったポーラちゃんが話しかけてきた。
「ああ、ごめんね。
何から話していいのか迷っちゃって」
「そうなの?」
「うん」
そうだ、話辛いならポーラちゃんに何を聞きたいか聞いてみよう。
「ポーラちゃんは私の家族のどんなことが知りたいの?」
極力優しく尋ねた。
「うーん。
そうだなぁ。
お姉ちゃんは何人家族なの?」
「一緒に住んでいるのは、3人だよ。
お父さんとお母さんと私。
後、おじいちゃんとおばあちゃんたちもいるけど、別々に住んでいるよ。
兄ちゃんもいるけど、あいつも別に住んでいるね」
「え、お姉ちゃんにもお兄ちゃんいるの?」
「そうだよー」
「お姉ちゃんのお兄ちゃんてどんな人?」
…そこに食いついてきたか。
「うちの兄ちゃんは私の2コ上の20歳だよ。
年が近いからね、よく一緒に遊んだよ」
「……いじわるされたりしなかった?」
おや?
「いじわるねえ…。
させなかったよ?」
私はにっこり笑って答えた。
「ポーラちゃんのお兄ちゃんは、いじわるなの?」
「…いつもじゃないよ?」
ポーラちゃんはアルトさんに遠慮してなのか、小さな声で言った。
アルトさんにはばっちり聞こえてるみたいだけど。
「いじわるって、口で?
それとも力で?」
「口もあるけど、嫌なのは力かなぁ」
「わかるよ、ポーラちゃん。
兄という生き物はたった数年早く生まれたからっていばるものだし、男で力があるものだから身近な妹で発散しようとするんだよね」
ポーラちゃんはうんうんと頷く。
「ポーラちゃんさえ良かったら、お兄ちゃんにたまーに仕返しできる力技おしえてあげようか?
アルトさん位の体格までなら締めれるよ。
どうする?」
「是非教えてください!」
「…ちょっと!
ポーラに変なこと教えないでっ」
気構えてしまったけど、兄談義で盛り上がりそれ以上のことを聞かれることはなかった。
ポーラちゃんには対兄用に覚えたプロレス技を、村長さんの家に泊まらせてもらうときにでも伝授しようと思っている。
願わくは、その技でアルトさんの暴走を収めれるようにもなれるように。