11.異世界身だしなみ事情
翌朝目が覚めると、すでにアルトさんの姿は寝室になかった。
用意された部屋は3人で一部屋である。
3つのベッドが横たわっており、ポーラちゃんを挟んで左右に私とアルトさんと言う並びだ。
本当なら一人の部屋が欲しいが、それはさすがにわがままなので我慢する。
そして今、真ん中のベッドには、ポーラちゃんがかわいい寝息をたてて夢の中にいる。
…かわいい。
そのまま大きく伸びをしてベッドから出て、窓を開けた。
外は既に明るいが、空気がまだ冷たい。
時計がないからわからないが、それほど寝坊してないように思われる。
この世界に時計はないのかな。
後でアルトさんに聞いてみよう。
2度寝する気にはなれなかったので、ミラさんから譲ってもらった服に着替えることにした。
私が今着ているのは、村長さんの家で用意してもらった借り物のパジャマ。
下着はミラさんが用意してくれたパンツだ。
因みに、着用していた下着はポーラちゃんの下着と一緒にお風呂で洗濯し、部屋の隅で乾燥させている。
ポーラちゃんのものと一緒とはいえアルトさんに見られるという懸念はあったが、恥じらいはかけ捨てることにした。
洗濯はしないわけにはいかないし、洗濯をするからには乾燥は必須だ。
この点は早々に妥協したのだった。
そうそう、下着と言えば…。
なんと!
ミラさんが用意してくれたパンツは紐パンだった。
ポーラちゃんのパンツも紐パンであったことから、この世界のパンツは紐パンが主流らしい。
そもそもゴムがないのかな?
元の世界では機能性重視のボクサータイプのパンツを愛用していた私。
思わぬ形での紐パンデビューである。
しかし、ミラさんの趣味なのか、レースやフリルという装飾は一切無かった。
色も白。
ポーラちゃんが身に着けていたものよりもシンプルであったので、少しもの足りなく感じたのは内緒だ。
そして、ブラジャーらしきものは着替えの中に無かった。
ポーラちゃんによるとブラ自体はこの世界にも存在するそうだ。
なので、おそらく私の貧相な胸には必要ないだろうと、ミラさんが判断したに違いない。
確かにミラさんはたわわに実るという表現にふさわしい、胸の持ち主であった。
対して私の胸はBだ。
成長の余地はまだあると信じたいが、ミラさんから見ればあるようで無いようなものだろう。
負け惜しみではなく、女とみられなかったことに対しての悔しさは感じなかった。
ミラさんの胸をもってすれば、私の胸などコールド負けのようなものだ。
いっそ清々しい。
手早くパジャマを脱いで畳み、、シャツを羽織ってズボンを穿いた。
どちらも麻のような素材で、通気性がよさそうだ。
シャツはクリーム色で長袖であったが、今日も暑くなりそうだったので捲ってしまった。
えんじ色のズボンはくるぶし丈で、アルトさんが穿いているものより丈が短めだった。
お下がりだし、サイズが合わないのは致し方ない。
私はシャツをズボンの中に入れ、最後にズボンと同色のベストを着た。
ベストは腰で調整でき、少し大きかったので体に合わせて少し絞った。
続いて髪である。
私の髪は背中まで伸びたロングストレート。
元の世界ではそれほど感じなかったが、森の中では邪魔でしかなかった。
昨日までは敢えて触れなかったが、森の中では枝に絡まること数度あった。
それだけでは飽き足らず、野営の時など地面に横たわると草が沢山付いた。
頭の後ろは私から見にくく取ることが出来ない。
その度、ポーラちゃんに手伝って貰って取るのだった。
更に、ブラッドベリーを摘んだり水を汲むときなど下を向くと、柳のように垂れた。
その姿はまるで、ホラー映画のヒロインだ。
そして何より、川から煽られた風で私の髪はいつもボンバーであった。
手櫛で直すにも限界がある。
何より、常時髪をいじっているのが嫌だ。
そんな女の子らしい仕草は私には似合わな過ぎて、自分に虫唾が走る。
「さて、どうしようかな…」
髪をまとめるにしても、手持ちの道具が少なすぎた。
今私の手元にあるのは、
セーラー服のスカーフ
ポーラちゃんから借りたブラシ
以上である。
せめてゴムやピンがあればと思うが、無いものは致し方ない。
いつもなら数本ゴムを手首に巻きつけているのだが、今回に限っては身に着けていなかった。
…非常に残念である。
「定番のポニーテールにするか、それともお団子か…。
まだ、時間があるしこれにしようか…」
私は鏡台の前でうんうん唸り試行錯誤しながら髪を弄り、最終的に1本の緩めの編みこみに落ち着いた。
髪のは端はブラシで少し気だたせて解けにくくし、細くこよったスカーフでまとめる。
頭を左右に振ってみても乱れない。
髪を編み込むなど滅多にしないのだが、今回はうまくいったようだ。
よし、今日はこの髪型で試してみよう。
「お姉ちゃん、その髪型かわいいね」
いつの間にかポーラちゃんが目を覚まし、ベッドから起き上がっていた。
「ポーラちゃん、おはよう。
昨日まで髪ぐっちゃぐちゃだったからね」
「いいなぁ。
ポーラもお姉ちゃんみたく可愛くなりたい」
私の胸は射抜かれた。
可愛いのはポーラちゃん、君だよ!
すっかりポーラちゃんの可愛さにやられてしまった私は、ポーラちゃんの髪を整えてあげることにした。
ポーラちゃんは編み込みがいたくお気に入りのようだったので、編み込みのお下げにしてあげる。
「わぁ。
お姉ちゃん、可愛くしてくれてありがとう」
ポーラちゃんはご満足いただけたようで、満面の笑みで私に礼を言う。
私も、自ら生み出した作品に大満足だ。
私たちがお互いの髪型を褒めあっていると、アルトさんが戻ってきた。
アルトさんは早朝から起きて昨日の薬草を錠剤にしたり、村長から頼まれた魔法の仕事を終わらせてきたそうだ。
昨日あれだけへべれけだったのに、大した肝臓の持ち主だ。
そしてアルトさんは期待を裏切らず、ポーラちゃんの可愛さに歓喜したのだった。
私たちはその後村長さんの家で朝食をごちそうになると、早々にお暇した。
明るいうちにヒューイの森へ戻るためである。
村長であるバズさんは慌ただしい出立を心から残念がっていた。
そして、2日後にまた泊まって欲しいとアルトさんと約束を交わし、送り出してくれたのだった。
アルトさんは村を出る前に、村に1軒しかないという食料品屋に立ち寄った。
そこで朝焼きあがったばかりのパンを十数個と、保存が効いてすぐ食べられる食品を数点買った。
お支払いは初めて見る通貨である。
ブラッドベリーが残っていたら、やっぱり苺で払ったのだろうか。
買い物を終えると本日の目的地、ヒューイの森へ戻るのみである。