10.コポ村にて
お昼休憩は長めにとった。
ポーラちゃんの心の傷を癒すためと、コポの村に着く前に私についての口裏を合わせるためだ。
まず、異世界で私は実年齢より幼く見えるので、相応に年をごまかすことになった。
まさか、年齢詐称をすることになるとは…。
アルトさんとポーラちゃんは12歳が良いと、なぜか強く言い張った。
アルトさん達は知らないが、元の世界で12歳といえば小学6年生だ。
ランドセルが許される年齢か否かは私の中では重要事項なので、12歳は断固拒否した。
結果、13歳になった。
1歳しか違わないのにとアルトさんがぼやいていたが、この1歳が大きいのだ。
続いて、私の立場だ。
異世界から来たということは、あえて隠さないことにした。
本来は隠した方が安全だが、細かく設定を作り破綻した時のリスクが大きい。
そもそも私が、細かい設定を覚えきれる自信がない。
こちらから広めることはしないが、ばれたらばれたでしょうがないということにした。
その代わりと言っては何だが、アルトさんの弟子という立場を与えられた。
アルトさんとポーラちゃんは親子であるけれど、今は魔法の修練中であるため師弟でもある。
幸いアルトさん達の髪色は茶、私は黒。
顔立ちは随分違うけど、髪の色が近いため血の繋がりがあるということにする。
私はアルトさんの遠い親戚ということ、ポーラちゃんの弟弟子ということにしてごまかせる人にはごまかす。
最後に、『加護持ち』ということは隠す。
特に、魔法を使えるようになるまでは、極力人前で金属バットを出さないようにする。
私のいた世界でも、金属バットを人前で出す人はいない。
いたとしても、相当危ない人だ。
元いた世界の常識を持つ私なら、必ず守れるお約束だろう。
以上3点がこれからの私たちが気を付けることだ。
昼休憩が終わり2時間ほど歩くと、人里が見えてきた。
家は道沿いに20軒ほど立ち並び、その周囲にも点々と存在している。
どうやらここがコポの村のようだ。
アルトさんは道沿いの1軒にまっすぐ進み、玄関先で料理の下準備をしている40代位の女性に声をかけた。
「ミラさん、こんにちは」
「あら、アルトさんじゃないか。
ずいぶん久しぶりだね」
ミラさんと呼ばれた女性は、仕事の手を止めてにこにことアルトさんに歩み寄った。
「ミラさん、いきなりで悪いが頼みを聞いてくれないか」
「アルトさんの頼みは断れないからねぇ。
で、なんだい?」
「お宅のお子さんの古着を譲ってくれないか?」
「古着ぃ?
そんなの、何に使うっていうの?」
ミラさんは目を大きく見開いて、アルトさんを見た。
「この子の着替えにしたいんだ」
アルトさんはそう言うと、私に視線を寄こした。
「新しく取った、遠縁にあたる弟子でね。
修練に使う服をダメにしてしまって、仕立ての良いこの服しかないんだ。
この服だと修練に向かないから、これで譲ってほしいんだけど…」
アルトさんはそういうと、空間魔法でブラッドベリーの籠を1つミラさんの前に出した。
「こりゃ、ブラッドベリーじゃないか。
よくこんなに見つけたね!」
「…これで、どうか譲ってくれないかな?」
アルトさんは上目遣い気味でミラさんを見た。
「…こんなに貰っていいのかい?
それは助かるけど、これだけのブラッドベリーと古着じゃあ割に合わないよ。
今家に布があるから、2、3日時間をくれれば1着縫ってあげるけど?」
「それは有難い。
でも、すぐに使える着替えも欲しいから古着も譲ってくれないかな?」
「ああ、構わないよ」
…苺が、服になった。
疑っていたわけではないが、ほんとに苺がお金の代わりになった。
「では、3日後また村に寄るから、それまでに仕上げてもらえるかい?」
「ああ、わかったよ。
今、古着を用意するよ。
ちょっと待ってておくれ」
ミラさんはそういうと家の中に入っていった。
「ここが終わったら、鍛冶屋に行くからね」
「鍛冶屋?」
「カナ用のナイフが必要だからね」
どうやら、この世界でナイフが必需品らしい。
まだ見たことないけど、ポーラちゃんもマイナイフを持っているそうだ。
ナイフもやっぱり苺と交換してもらうのだろうか。
そうこうしているうちに、ミラさんが戻ってきた。
「おまたせ。
下着も無いと困るだろう?
私のだけど、よかったら使って。
もちろん未使用だから、安心してね」
「ありがとうございますっ」
やった!
直接肌に触れるものだから、気になっていたんだよね。
着替えより嬉しいかもしれない。
ミラさんに深く礼をして、私たちは鍛冶屋に向かった。
鍛冶屋は道沿いに構えておらず、村の端にひっそり佇んでいた。
小屋の扉は開きっぱなしになっていて、そこからカンカンと鉄を打つ音が聞こえる。
「ガドさん、邪魔するよ」
アルトさんが鉄を打つ年配の男性に声をかけた。
ガドさんはがっちりとした体形の、いかにも親方風な男性だ。
「なんだぁ?
嬢ちゃんのナイフでも欠けちまったのか?」
ガドさんは顔も上げず、鉄を打ち続けた。
「今日はポーラのじゃないんだ。
この子の分が欲しいんだ」
「あぁ?」
そこでガドさんが私の方に顔を向けた。
なんだか難しい顔をしている。
頑固おやじという感じだ。
「王都から連れてきた、遠縁の弟子なんだ。
ナイフを持つのが初めての子でさ。
せっかく初めての持つんだから、ガドさんが作ったナイフにしようと思ってね。
礼はこれでどうだろうか」
アルトさんはそう言うと、ブラッドベリーの籠を2つ取り出してガドさんの前に置いた。
「おお!
こりゃ珍しい。
ブラッドベリーじゃないかっ」
ガドさんの目が輝いた。
「こんなに貰っちまったら、出来合いのものなんか渡せねぇよ。
どうせ暫くヒューイの森辺りにいるんだろ?
一週間位時間貰えりゃ、新しいナイフを打ってやるよ」
ガドさんはホクホク顔でそう言った。
…ミラさんと言いガドさんと言い、この村の人のブラッドベリーの食いつきはすごいな。
「そうしてもらえるとこっちも嬉しいよ。
では、一週間後に取りに来るよ」
「ああ。
こっちこそ、久々のブラッドベリーだ。
楽しませてもらうぜ」
ガドさんはニカッと歯を見せて笑った。
このおっさんは苺で何を楽しむのだろうかと不思議に思いながら私は深く礼をし、私たちは鍛冶屋を後にした。
「じゃあ、最後に村長の家に行こうか。
これから森に戻るのは危険だから、今日は村長の家に泊めてもらう」
歩きながらアルトさんはそう言った。
「泊めてもらう約束をしてたんですか?」
「いや、してないよ?」
……。
アポなしで人の家に泊めさせてもらうってこと?
それって、失礼に当たらないのだろうか。
「逆に、コポ村に来て村長の家に泊まらない方が失礼に当たるよ。
コポのような辺境の村では、情報の伝達が遅い。
それに、生活に関する簡単な魔法を使える人は多いけど、高度な魔法を使える人が少ない。
その土地の権力者は、俺のような人間をもてなしてでも情報や魔法の力が欲しいものなんだよ」
「そうなんですね…」
「あ、見えてきた。
あれが、村長の家だよ」
そう言ってアルトさんが示したのは、丘の上に立つ村で一番大きな家だった。
「こんにちはー。
どなたかいませんかー?」
広い玄関先には誰もおらず、アルトさんは大きめな声を張り上げた。
「はーい」
家の中から女性の声とぱたぱたと走る音が聞こえ、ガチャッと扉が開いた。
そこから顔を出したのは、私と同じくらいの女の子だった。
「あ!
アルトさん、お久しぶりです!」
「カノンちゃん、お久しぶり。
大きくなったね。
おじいちゃんはいるかい?」
「はい。
今呼んできますから、こちらでお待ちください」
そう言って、カノンちゃんと呼ばれた女の子は私たちを家の中に入れ、入ってすぐの部屋に通した。
どうやらそこが応接間であるらしい。
応接間の中には長方形の大きなテーブルの長い方の辺に、椅子が3脚ずつ並んでいた。
私たちはアルトさんを挟んで3人並びで座り、村長さんが来るのを待った。
村長さんは5分ほどでやってきた。
やたら元気そうな年配の男性だ。
「やあ、アルト殿。
暫くぶりだね。
今日は泊まっていってくれるんだろう?」
村長さんは大きな声でガハハと笑ってそう言った。
「ええ。
バズさんの好意に甘えに来ました」
「ガハハ。
そう言ってもらえると嬉しいよ」
村長もといバズさんは心底嬉しそうに見えた。
「バズさん、連れを紹介してもよいでしょうか。
この子が娘のポーラで、こちらが遠縁にあたるカナです。
二人に魔法の修練を施すべく、コポの村へ立ち寄らせていただいてます。
これはお土産です」
そう言ってブラッドベリーの籠を2つ取り出した。
「ああ、お嬢さんたちもゆっくりして行ってくれたまえ。
それにしても、凄いお土産を用意してくれたものだね。
この時期にこれだけの量のブラッドベリーなんて、なかなか無いぞ」
ガドさん同様、バズさんの目も輝いた。
「後、これも…。
煎じて飲めば、お嬢さんの症状も和らぐでしょう」
アルトさんはそう言って、肺病に効くと言っていた薬草を一束取り出した。
「助かるよ…。
頂いた上にお願いして申し訳ないが、凝縮して錠剤にしてもらえないかな?
こないだ作ってくれた錠剤が体に合うみたいなんだ」
「もちろん、よろこんで」
アルトさんは笑顔で応えた。
…バズさんの娘さんは肺を患っているのか。
ちょうどよく薬草が摘めてよかったな。
さっきの女の子のお母さんなのかな?
「さあ、皆夕ご飯はまだなんだろう?
大したものはないが、すぐに用意するから遠慮なく食べてくれ。
アルト殿、今日はいけるんだろう?」
バズさんは盃をくいっと空けるしぐさをしながら、アルトさんに声をかけた。
「…ご相伴に預からせていただきますが、手加減してくださいね」
それからバズさんの家で美味しいご飯を食べさせてもらった後、私とポーラちゃんはお風呂まで頂いた。
アルトさんはというと、私たちが寝支度を終わらせた頃へべれけになって戻ってきた。
そうして私の異世界生活2日目はコポ村にて終わりを迎えるのだった。
今日で10話でした。
年内は一日一話を目指して頑張ります。