9.先立つものを用立てる
言い回し一部修正しました。
教えていただきありがとうございます(2015/12/30)
ポーラちゃんが目覚めるのを待って、私の異世界生活二日目がスタートした。
モルモット契約(略してモル契)があるので、何をすべきかはアルトさんに一任だ。
丸投げともいう。
「アルトさん、まずはじめに何をするんですか?」
朝食後に淹れてくれたチャイみたいなお茶を啜りながら、質問をした。
因みに朝食は、魔法で出したパンのみで簡単に済ました。
「カナの持ち物はそれだけなんだろう?
色々必要なものがあるから、村に降りて揃えられるだけ揃える。
だから、コポの村に行く」
わあ、村ですか。
確かここから半日位かかるって言っていたような…。
「ただ、その前にやらなければならないことがある。
先立つものを用立てないとね」
「…先立つものって?」
私は今、昨日目覚めた場所を目指して歩いている。
もちろん一人ではない。
アルトさんも、ポーラちゃんも一緒だ。
なぜ目覚めた場所を目指しているかというと、ブラッドベリーを摘むためだ。
ブラッドベリーは栄養価が高く、珍しい苺なのだそうだ。
しかし、生息地が狼の縄張りど真ん中ということで、冒険者でもない限り中々手を出すことが出来ない。
しかも収穫時期があり、それは通常春。
今は日本と同じ夏真っ盛りだそうなので、季節外れのブラッドベリーはコポの村で重宝されるのだそうだ。
コポの村ではあまり通貨が流通していない。
通貨が使えないこともないが、ブラッドベリーのように必要とされるものの方が需要が高いのだそうだ。
「確かこの辺だったと思うんだけどな…」
私はおぼろげながら歩く。
方向が間違っていなければ、体感距離的にはこの辺りだと思うのだが。
「あ!
お姉ちゃんあったよ」
ポーラちゃんが嬉しそうに、背の低い茂みに駆け寄った。
あ、ほんとだ。
そういえば昨日もしゃがみ込んで初めて苺に気が付いたような…。
昨日のことを学習して、足元にもっと気を付ければよかった。
「すごい。
沢山あるね」
ポーラちゃんはアルトさんが空間魔法で出した籠を受け取って、手際よく苺を摘んでいった。
籠は大きい。
直径は愛用バット位ありそうだ。
私も手伝う。
アルトさんはというと、別の茂みを注視していた。
「これはこれは…。
随分珍しい薬草が生えているよ」
アルトさん曰く、煎じて飲むと肺病に効果がある薬草とのことだ。
しかも、香りが良い程効能が高く、ここに生えていたのはかなり高品質なんだとか。
私には単なる雑草にしか見えないけど、お金に困ったときのために覚えておこう。
アルトさんは契約通り、この世界の理を教えてくれる。
もちろん教科書があるわけではない。
私のペースに合わせて、思いついたこと役立ちそうなことをその時に応じて教えてくれる。
こちらから質問すれば、ほとんどのことをノータイムで事細かく答えてくれる。
さすが研究者と言っていただけのことはある。
この世界について無知な私でも、アルトさんの知識量はすごいのだとわかる。
私たちは約1時間ほどで、苺を山盛り5籠分・薬草をアルトさんが両手で抱えられるくらいの束で2束分採取した。
かさばる荷物もアルトさんの魔法にかかれば手荷物にすらならない。
…真っ先に覚えたい魔法だ。
「さて、遅くならないうちにヒューイの森を出ようか」
時計が無いのでわからないが、まだお腹が減っていない。
私の腹時計が、午前中だと言っている。
村まで半日とのことなので、早めに出立するのに越したことがないのだろう。
コポの村は、ヒューイの森を川沿いに下った先にあるという。
異世界でも今は夏真っ盛りなので、日差しがきつい。
日本と違って、湿度が低いのが幸いだ。
それでもじりじり照らされるだけで体力を奪われてしまう。
私たちは川に沿うよう、日陰を求めて森の際を歩いていた。
私は暑さをごまかすように、目についたものや気になったことをあれこれアルトさんに質問した。
ポーラちゃんは、にこにこしながら言葉少なげに私たちを見ていた。
「…お父さん。
狼に全く遭わないね」
ポーラちゃんがそんな言葉を発したのは、お昼休憩中だった。
アルトさんが朝食同じように空間魔法で取り出したパンと、先ほど摘んだ苺でお昼御飯だ。
せっかく川がそばにあるので、苺は冷やして食べた。
やっぱり冷やした方が美味しい。
「やはり、ポーラもそう思うか」
「うん…」
狼に遭遇したのは、ポーラちゃんが襲われていたあの時以来無い。
アルトさんは狼除けが無ければ、頻繁に出会ってしまうと言っていなかったか。
「アルトさんが狼除けをしてるから、遭わないのではないんですか?」
「いや、今日はしてないよ」
「「!」」
なんですと!?
私の横で、ポーラちゃんも同じく驚いていた。
「実は、狼除けは昨日ポーラに使ったのを最後に切らしていてね。
今日は使っていないんだ」
…命にかかわるものを、切らすなよ。
じゃあ、私たちは1時間も狼除けなしで、苺やら薬草を摘んでいたということなのか。
後ろから狼が忍び寄ってきたら、どうするつもりだったのだろう。
本日は金属バットをバットケースにしまっている。
仮に抜身で持っていても、野生の動物に背後から忍び寄られたら気付けるはずがない。
知らず知らずに、狼と狩るか狩られるかの命がけの苺狩りをしていたということなのか。
「ま、遭わないとは思っていたけどね」
アルトさんは、にやりと笑って私の方を見た。
「カナは『加護持ち』だから、狼が近寄って来ないんじゃないかなって。
まさか、一匹も遭わずに済むとはね。
昨日、縄張りのど真ん中であるブラッドベリーの生息地で一匹も遭わなかったんだろう?
それは通常考えられないことなんだ。
いくら狼除けをしていても出遭う数が少なくなるだけ。
狼除けが無ければ、縄張りに入った時点で囲まれてしまってもおかしくない」
言われてみればそうだ。
私は、ブラッドベリーが茂る狼の縄張りで目覚めた。
けれども、ポーラちゃんに出会うまで狼どころか生き物に全く出会わなかった。
狼除けなんて、アルトさんに会って初めて存在を知ったくらいだ。
アルトさんの話と固まっているポーラちゃんの顔を見ると、これは有り得ないことなんだろう。
加護が無ければ、いつ襲われるかわからない環境にいたということだ。
…それにしても、自分の仮説に自信があるとはいえ、可愛い実の娘を狼の縄張りへ連れて行くか?
仮説が間違っていたら、3人まとめて狼の餌になっていたかもしれないのに。
アルトさんは相当な研究バカなようだ。
ポーラちゃんをとても可愛がっている良いお父さんなのに、残念すぎる。
ポーラちゃんの顔を見てみなよ。
狼除けの事も知らなかったのか、可愛いお顔が真っ青だ。
私は可哀そうなものをみるように、アルトさんのドヤ顔を眺めた。
私は心に決める。
暴走するアルトさんを止めるためのプロレス技を、機会をみてポーラちゃんに教えることを。