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守護騎士シリーズ

守護騎士は英雄

作者: おふとん

突発的に思い浮かんだ話です。軽い読み物だと思ってお読みください。

 目の前で膝をつき、頭を垂れながら私の手を必死で握る男を呆れきった眼差しで見下ろした。


「それがそなたの運命だ。諦めよ」

「普段とはかけ離れた厳かな口調で、そのように惨いことを言わないでください……!」


 蒼く美しい瞳からさめざめと流れる涙は、まるで水晶の欠片のようだ。本当に何をしても美しい男で、私にもその美しさの五割くらいを寄越して欲しいものだと思う。絹糸のようにサラッサラなら白金の髪を引っ張りたくなった。


「だって、エリオ。私に死ねって言うの?」

「死ぬなぞ……」


 麗しの騎士は閉口した。私は長椅子に横たわって寛いだまま、痺れ始めた腕が辛いなあと目を閉じるのであった。



 しかしまあこれ、ワンルームのおんぼれ貸部屋で繰り広げる光景じゃないよね。






 私、アトル・レタランテは一応子爵令嬢である。こんなオンボロ貸部屋に住んでいるが、実家はもう少し絢爛な屋敷だ。少なくとも王都の王立学院に入学するため家を出るまでは、絢爛な屋敷だった。

 ……たぶん今は見る影もない。屋敷を整えていた男その一は私に引っ付いて来てしまったし、その二も……やっぱり屋敷にはいないだろう。


 いや、それはいい。今は関係ない。


 約一年前、何を思ったのか魔族の王が人間すべてに宣戦布告した。さらに「オレ本気だゼ」と言わんばかりに五つの国それぞれの王妃に石化の呪いをかけ、彫刻に変えてしまった。そして事態を重く見た五人の王はそれぞれ結託し、世界の母たる女神に御伺いを立て、程なくして神託は下った。

 神殿は突貫作業で造り上げた霊廟の中心に、女神から賜ったという剣を突き立てた。


 おふれはその当日に、大々的に世界に向けて発信された。



『この剣を抜き去りしものは女神の加護を受け、悪しき魔の主を屠り、有り余る名誉と栄誉を得るであろう』



 ――的なものであった気がする。


 当然王家の奴隷……間違った、貴族にはそれはそれは厳重に命令が下った。保有する兵力全てに剣が抜けるか火急かつ速やかに試させろ、と。


「だって、エリオ。いってらっしゃい」

「我が主を置いてひとり王都に向かうなぞ出来ません」


 生後間もない私の前に跪き、忠誠を誓ったという逸話を持つエリオ・トワフェストは迷いなく主の命令をバッサリ切り捨てた。


「……そもそも、アトル様。私が戻るまで、お一人で生活できますか?」


 できません、はい。


 おふれの「火急かつ速やかに」の部分を炭で消して、それから三ヶ月後の学院入学に合わせて王都に上り、エリオに剣を試させに行かせた。



 まさか、あっさり引っこ抜くとは思いもせず。



 抜いてしまったら旅に出るしかない。あれよあれよと五国が用意できる最強の精鋭とバックアップを得て、エリオは魔王討伐の旅に出た。

 エリオはそれはそれは嫌がった。やれ「私にそんな大それた役目は無理です」、やれ「私はアトル様の騎士であり、傍を離れるわけには」。それはそれは言葉を重ね、如何に自分が無能なのか、そして私がひとりでは何もできないのかを王たちの前で訴えたらしい。何してくれやがるのだろう、おかげで会ったこともない王たちの私に対する印象は最悪のはずだ。


 しかしこれは人間が治める国、或いは種そのもの存亡の危機である。エリオの言葉は当然ながらはね除けられた。

 そんな危機のなか三ヶ月間、無意味な期間があったことは墓場まで持っていかなくてはならない。死人は出なかったらしいけれど、小規模な天候操作などでそれなりの被害はあったらしい。バレたら私刑かもしれない。


 そんな罪悪感と負い目から、私は死ぬ覚悟でエリオに何度も何度も「旅に出て魔王をなんとかしろ」と命令を下した。庶民にすれば怠惰極まりない、実に貴族らしい生活をしてきたため、騎士でありながら料理人・侍女・庭師・その他使用人をこなしてきたエリオが居なければ料理のひとつもできないが、それでも無理矢理旅に送り出した。


 そしてその四ヶ月後、有り得ない速さでエリオは帰還した。ちょうどひもじさと不衛生さで走馬灯が流れ始めた頃だったからよく覚えている。パン屋のおばさんがそれなりに面倒を見てくれなかったらもっとはやくに干からびていたことだろう。


 エリオは魔王を討伐せず、むしろ額ずかせ、和平の宣誓書というよりは契約書を交わし、王妃たちにかけていた呪いを解かせたのだ。

 女神に選ばれた魔殺しの勇者は英雄として華々しく帰還し、しかし最初にしたことは死にかけた私の看病であった。


「魔王を殺せば魔族側に遺恨が残り、襲撃される可能性もありしたので。早々に帰還し、後の問題を捌くことを念頭にいれた上での結論です。それに契約主は私になっていますし、何かあったときに便利かと思いまして」


 私に粥を食べさせながら、はにかむような笑みを浮かべた騎士。本当に問題なんて起こるのかと疑問を抱かせるほど一物抱えた笑みだった。


 しかし問題は起こった。



 たぶん、エリオの想定外のところで。






 おかえりなさい時間軸。


 軽く眠りかけていた私は、エリオに握られている手が痛みを発し始めたことで目が覚めた。


「アトル様……!」

「……なんてゆーか、うん」


 実家にはこの男と、そしてその父しか使用人がいない。のほほんと生きている父が人間嫌いなのも理由に上げられるけれど、主にエリオが原因だったりするのだ。


「あんたが女を狂わせるって、完全に忘れてた」


 そう、この男は女を狂わせる。


 女たちはエリオを一目見ただけで彼を熱烈に、猛烈に愛し、渇望して、欲情するのだ。

 本人はこれを長年呪いだと思っていたけれど、神殿の神官曰く「呪いでも祝福でもなく、……その、体質の一種かと」と宣告されたらしい。つまり何をしても解くことができないという悪夢。実際エリオはこの世の終わりのような表情で帰ってきた。


 そしてその体質は、当然ながら旅の仲間にも適応したらしい。


 パーティーメンバーはエリオを含めて総勢八名。

 その中に王族は五名。内三名は王の子供、つまりは王女と王子だった。これは王たちの覚悟のあらわれなどと言われている。そして王族の中で女はひとり、この国の王女だけだった。

 王族以外の三人の中にも、残念ながら女がいた。神官長である。

 そして最終打撃。エリオに屈した魔王には、娘がいた。


 彼女たちは勿論、エリオの虜となってしまったのである、まる。


 そしてここまできてようやく、冒頭からエリオが泣き続けている理由を説明できる。


 私の騎士は、なんとこの乙女たちを私に何とかして欲しいと宣りやがったのだ。


「エリオ、馬鹿?王家に神殿、さらには魔族まで私に、この私に相手取れっていってるの?怠惰極まりなく、なるようになるサ精神で人生舐めきって生きてきた私に?」

「しかしアトル様、私にはもう打つ手が……」


 五ヶ月間自力で頑張ったらしいエリオは顔を歪めた。

  せめて魔王討伐の旅が年で数えるほどの道のりだったら、こんな厄介なことにはならなかったろう。

 エリオのこれは呪いでも祝福でもなく、体質なのだ。いずれ慣れるものだ。私は生後数ヵ月からこの男と付き合っているからなんともないし、エリオの母だってエリオのことをきちんと息子として慈愛を注いでいる。慣れなのだ、慣れ。

 けれどエリオは家事能力ゼロの私の孤独死を予想し、さっさと旅を終わらせてしまった。――だからこんなことになさっている。



 ……ああ、これ私が悪いのだろうか?



「……誰と結婚しても、薔薇色の人生。観念したら?」

「それでは私がお側に侍れなくなります。断固拒否する所存です」


 キッパリ拒否されてしまった。

 確かに三人が三人とも、身分ある女性だ。私より上の上だ。誰と婚姻しても、私の騎士のままでいられるはずがない。

 つまり私も死ぬ。新しい騎士を雇っても、エリオほどオールマイティにできる人間は中々いないだろうし。


 濡れた瞳が私を見上げる。本当に美しい騎士だ。英雄になったこの男は、今までと変わらずに私に跪ずく。名前だけの貴族の私に、本物の救世の英雄が。


 ……この美貌の騎士が、エリオ・トワフェストという男がどうしてここまで私に拘るのか。一応理由はあるけれど、まあそこは割愛して。


 ほんの少しの優越感が胸を広がる。


「……まあ、やれるだけ、やってみるけど」

「アトル様……!」


 握られていた手の甲に恭しく唇を落とすエリオを見て、ほんの少し頬が緩む。エリオは本当に昔と変わらない。


 ――そして私は、エリオの意思をなんとか守ってやろうと心に決めたのだった。




 翌日、王立学院に王女が現れるまでは。





■アトル・レタランテ

子爵令嬢。17歳。黒髪黒目のいつも眠たげな少女。エリオの主人。血族の呪い持ち。

「感情の揺れ幅が小さくなる」という効果で呪いが発動しているため、大きく心を動かすこともなく、表情もあまり動かない。餓死寸前までいっても料理を覚えなかったのは、呪いの副産物として生存欲求を制限されていたから。

貴族の令嬢らしく甘やかされて、というよりは何でもエリオがやったので、料理も裁縫も掃除もできない。人付き合いも苦手なため引きこもり、餓死寸前の状況を作り上げた。


■エリオ・トワフェスト

アトルの守護騎士。27歳。白金の髪に青い瞳を持つ美青年。女を狂わす体質持ち。

10歳のときに父にアトルに引き合わされ、その場で跪き自分の名を捧げたため、『エリオ』は本名ではない。アトルに尽くすことだけが自分の存在意義であると思っており、アトルには度々「重い」と言われている。

本来は一貴族の令嬢の守護程度で燻っている人材ではなく、旅が終わったあとは実力を知った各方面から引く手あまたとなっている。

女を狂わす体質。呪いや加護の類いではないため、解呪という手段がとれず、怪しげな薬などを沢山服用してなんとかこれを抑えようと必死。



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― 新着の感想 ―
[一言] 逆に考えるんだ。呪われていないならむしろ呪いをかけてもらえばいいと(笑)
[一言] 侍女??男なのに・・?
[良い点] 体質ぇ [一言] 面白いですね(*´◇`*) 続き、私も読みたいです♪
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