帰還までの期間
「この時間には前の俺はいない…というかマクドに行かなければ特に出会うこともないのじゃないか」
送られてきた先の時間は、改変の一時間前。このポイントからまたしても世界を変えなければならない。
「ミュウの解析である程度紗希の居場所はつかめている。その情報通りだと町にいるはずだ。なにも遠い場所から改変していたわけではない。正す価値はある。時間もある。
「マクド…まだ時間はあるな…」
零がマクドに行くまで残り三十分の余裕がある。しかしマクドに行く用事なんて今更あるのだろうか。
いや、ある。
「スーパーコンピューター…あの存在が謎だ…」
そう思った瞬間には零の体は既に動き出していた。現在地・零自宅裏通り。目的地・マクド。この距離約千メートル。運動部の人がマラソン形式で走って四分弱。ただし零は天才プログラマーである故、運動の体力に関しては皆無だ。ただ、運動神経関連はすべて数式で行動を導き出すので、悪い方ではない。ただ理屈だけで経験が無いのは、それは地図を持って未踏の地へ踏み込むことと同じなのだ。つまり、基礎がなければ発展はない。ただそれだけのこと。したがって体力皆無の零が千メートルを走り切ろうと思ったら恐らく六分といったところだろう。いろいろ誤差を修正して、自由に使える時間は約二十分。いける、大丈夫。
残り五十二分三十四秒(二十二分三十四秒)
「相変わらずメーターは上がりっぱなしか…」
さっきの時間軸でも電気メーターが上がっていた。これは如月彩陽のスーパーコンピューターの出力が多大だということと、生活しているからだということが分かった。
ちなみにメーターは一般飲食店の二倍ぐらいまで跳ね上がっている。
なぜこんな基本となるメーター値を知っているかというと、実は零はアルバイトをしたことがあるからだ。レコーディング施設を建設してもらったとき、ただでは悪いと少しでも働いて返すという約束の元にバイトを始めた。一応現段階では一人分の支払額の三分の二まで返済は出来ている。
「さて、今入るのは特に問題ない…この時の時間軸の俺に鉢合わせすることは無いと断言できる…ただ…」
ただ、如月彩陽の視点からいくと、物事が見事に成り立たないのだ。何故ならここでマクドに入りその姿を確実に彩陽に見られるだろう。もしもマクドに滞在し続けたら後から前の俺がやって来る。そうすると彩陽以外、他の客も混乱に陥ること確定。ザ・バッドエンド。終焉の合図だ。ここでうまく対処しなければならないのが、マクドでの滞在時間。さっきカッコ内で示した通り二十二分…いや、ここでのシンキングタイムを加えると二十分しか残されていない。
じゃあすぐに出ていくのか。しかしながらそれもおかしい。同じ客が十分単位で再度来店するのは一般的にはおかしい。もちろん忘れ物などのことを考えれば可能性としてはあり得るかもしれないが、一時航前の零の行動は、マクドで商品を購入している。
これらの考察から、方法を導き出すと、
――マクドに入って奥の方の席へ座ってしばらくしてから出る。
――マクドの照明を落として暗闇状態にある間に行動する。
さてここで気づくのは、何故マクドに入る用事があるか、だ。それは、彩陽のプライベートルームに存在するスーパーコンピューターの理由。
何故あったのか。またスーパーコンピューターの使用によって場合によっては紗希を抑え込められる可能性があるから。その意味をひっくるめて彩陽の部屋に向かう。
「しかし考え出した方法が適応には無理難題だな…あっ…」
プライベートルームから私服ででてくる人の姿というのは一般常識的に見て少し疑問を抱くのだ。そこに注目すると、あの店長のことだから、
――どこかに地下通路が存在する。
という可能性が導き出されてくる。
すぐさま、零はパソコンを開いて有料版GPS対応探索マップのアプリケーションを起動した。
透度をLEVEL5の内の4にして再度読み込む。プログラム開発で手に入れた金で購入したCPUcoreI7、メモリ32GB搭載の超HiスペックパソコンはGPS探索をものの一秒で終えた。
「あった…予想通りだ…」
マクドからどこかに続く地下通路がはっきりと表示されていた。その先は…、
「隣のビルか…」
地下通路がビルの表示のところで途切れているのだからだビルが連絡口ということは知れている。
隣のビル…十五メートル隣に入り口が見えた。
「会社名は…株式会社・トレインコーポレーション」
見る限り鉄道模型関連を制作する会社と見受けられる。
「普通に入れる感じだな。安心した。これでラブホテルとかだったらどうするか迷ったところだよ…」
残り四十八分三秒(十八分三秒)
入り口正面に係の女性が二人、訪問客に対して丁寧に挨拶や案内をしていた。二人ともてきぱきと仕事をこなしていた。
「エレベーターは…っと」
その右手にエレベーターが三台常備されていた。
丁度下に降りてきたエレベーター一台に乗り込む。降車客は誰一人おらず乗車客一人、零だけがいる。
エレベーターに乗り込むや否や、すぐさまボタンを探した。
しかし地下へ行くボタンなどどう探しても見つからなかった。
「くそ…エレベーターではだめなのか…! 手間をとらせやがって」
隣にあった螺旋階段を駆け下る。二十秒で地下三階付近に到着。一本の通路が見つけられた。
「ここか」
そこを走る。時間の猶予は既に無い。
しばらく走ると一つのドアがあった。
ドアの傍にはテンキーが取り付けてある。このテンキーで暗証番号を入力して先に立ち入るシステムなのだろう。試しに押してみると、
「二十四ケタの暗証番号を入力してください」
という電子音が響く。
「…接続完了」
テンキーの下にあったMiniUSB端子とPCを接続して暗証番号を逆から探索する。俗にいうキージェネレイターという代物。
ほどなくしてディスプレイには二十四ケタの数字が並んでいた。
「ピ、ピ、ピ……暗証番号を確認中です……暗証番号を確認しました。ロックが開きます」
ガチャっと音がしたと同時にドアノブをひねった。
そこはあの部屋の…
「トイレ…?」
そう、実はこのドアはトイレにつながっていた。
「だから見つからなかったのか…」
しかし溜息を付いている時間もない。一刻も早くスパコンの謎を解き明かさねば。
またもや彩陽のパソコンのログインした。
何の変哲もグラデーションも何もない青一面の壁紙。Windows初期画面のままである。しかし、ディスプレイの真ん中に自動整列をされていない、新しく表示されたショートカットアイコンがあった。
名前は“フライ”。何なのかは分からなかった。が、ハッキングの準備が出来たところで紗希の位置情報も一緒に調べる。
暇つぶしに、とさっきのアイコンをクリックした。
瞬間、目の前の空間が歪むような感覚に襲われた。いや正しく言えば本当に空間が歪んでいる。確かに歪んでいる、間違いない。
眩暈よりもひどい感覚になった後、意識は画面の中に飛んでいくよう。激突すると思った瞬間、零は画面の中に飛び込んでいた。
「くっ……!!」
歪んでから目を閉じていた零はここで初めて目を開けて今の自分の状況に気づく。
周りは不自然な青。さっきの部屋の様子とは全く違った景色。
そう、自分が電脳世界に入り込んだ。
「どうして…」
後ろを振り向くとぼんやりと波打ったさっきの部屋の景色。しかし外に出ることは出来ない。どうやらこの電脳世界で行動を起こさなければいけないらしい。しかしそうだといってすることなんて外に出なければもはや皆無。そもそも実体の体はどこにいったのだろうかという疑問が早々に浮かぶ。
残り四十分零秒(十分零秒)
「このショートカット…」
拡張子はhtml。ディスプレイの“フライ”に重なるように置かれてあったアイコン。行ってみる価値はありそうだ。
「掛けるしかないか」
そういってタッチした。
そして、またもやさっきの感覚。いつもこの感覚をAIが受けていると思うと、今自分が享受されて同情する気持ちになってくる。
「こんどはどこに行くんだ…」
そして、視界はブラックアウトした。
どれくらい視界が遮られていただろうか。電脳世界に来たとたん、時間の感覚が分からなくなっていた。
時計を見る。が、現実世界の機械は電脳世界ではノイズが発生して時計がブレて、見えない。他身に着けているPCも手で触れられないようになっている。服は存在しているので無駄な羞恥心は感じずに済んだ。
「この中は…光の反射からして光ファイバーか…」
電話線かインターネット回線を伝っている途中であるということは分かった。ただ移動中かどうかは分からない。
と考えた時間は、一秒もなかった。なにしろ光は一秒間に三十万キロメートル進むのだから。気づいたら見慣れない景色が周りに広がっていた。
一面の花畑。赤の薔薇と黄色の向日葵、その他季節関係なく多種多様の花が散り咲いていた。もちろん全面だけでなく、後面…振り返れば花壇が規則正しく順列している。左右も。結局は、地平線ならぬ花平線と表現するのがよい。ただそれが弧を描いていないということを除いて。
そうやって逃げ道のない空間で路頭に迷っていた途端、いつの間にか実体化していた。正しくは“元に戻って”いた。
時計のノイズも取れ、PCもスイッチジャックが正常に稼働していた。
「ここは…」
どこかの研究室を思い浮かばせるパソコンの巨大さとその数。
「スーパーコンピューターが…三台…?」
本来スーパーコンピューターは並列計算を敏速にしたものなのでそのスパコンがさらに並列になったら…。
[あまり変わらなさ祖だな。というかそこまで大量計算sる代物がこの世に存在しているのかどうかが先に気になるな]
そんな縦×横が十メートル×二十メートル程度のパソコンの裏側、零からみて隠れているところに光が見えた。
残り二十四分二十秒
恐る恐るなるべく足音を立てないようにして少し遠回りをして問題の場所へと近づいていく。
しかしその計画も失敗に終わった。
「…!!」
暗くなって上手く見えなくなっていた足元に置いてあったハードディスクケースに足元を掬われる。
ガタっと音がした。
「素直に出てきなさい」
思いもしなかった一言が聞き覚えのある声とともに乗せられて耳に入った。
「ここでごまかしてももう仕方がない」
そう割り切って遠回り計画を断ち切ってなるべく近く目的の場所へ行けるように直感で頭に過ぎる。
「早く来なさい」
せかされるようにして歩いたためあちこちで躓いた。暗闇に目が慣れてきて少し見えるようになってくると、床は機械類で散りばめられていた。
スーパーコンピューターの光とディスプレイの光で照らされ少しはましだ。あと数十秒で声の根源へと舞い行くことが出来るだろう。
そして、到着。
ディスプレイに向かってコマンドプロンプトを起動しネットサーバーに繫げながらプログラムを記述している見覚えのある姿と…、
「お久しぶり」
「…! いつからそこにいた」
「君…零を呼んでからずっと同じ場所にいたわ」
「ちっ……」
後ろの陰に紗希がいた。お互いの存在を確認するとライトが灯った。
「どうしてここが分かったの? 外からは入れないようにしているつもりだったけど」
「そんなの俺よりお前の方がよく分かっているんじゃないのか」
「まぁね」
「あのショートカットを置いた…いや、スーパーコンピューターの設置命令と、ショートカットを置けと命令したのは紗希、お前か」
「ええ、御名答」
「それは…どういう理由からだ」
本当は理由なんてお見通しである。ただ追い詰めるためにあえて聞くことにする。
「私は本筋の時間の零がここに来ることがあらかじめ分かっていたから…だからあの場所にコンピューターを置いたの。もちろんショートカットを二回目の時航の時に置いたのは、零にプログラマーとしてあなたをずたぼろにするため」
“あらかじめ分かっていた”、その言葉が新しく頭の中に考えの結果として入ってくる。
「ショートカットが新しく入れられていることについて考えられることは、確かに紗希が時空間…四次元時空間に関与してることが予測にあがる。ただどういう経路で知ったんだ、俺の行動を」
紗希は微動だにしない様子でその問いに余裕をかまして具体的に回答した。
「あなたの後ろにいる人だよ。零なら分かるでしょ…?」
ここに来たとき、見覚えのある姿だと感じた人。それは、
「もう一人の俺…?」
別の時間軸の零が存在した。しかし話を聞いていると思われるのにも関わらず零はディスプレイを直視したままだ。
「残り十分…零はどうするの」
そう、ここで喋る間に改変予定時刻は残り十分を切っていた。
「改変を止めるまでだ!」
零がもう一人の零に掴みかかろうとした。しかし、
「うぁっ!」
不可視のバリアが貼ってあり直接触れることが出来ない。
「紗希を納得させろってことなのか、新たな挑戦状だな」
「挑戦状か…面白いね」
「人類がかかってるんだ…さっさとこんな不祥事を起こした理由を教えろ」
零はそそくさと催促して紗希が口を開くのを促した。
「私が答えるのは構わないけど、じゃあ零は何のために過去に戻ってきて人類を復活させようと思っているの」
「っ……」
「それはミュウに言われたから…」
「本当にそれが理由なの。ただ頼まれてやっているようにしか見えないんだけど、少なくとも私にはね」
本当の理由。人類の復活。これは未来に来た時にミュウに頼まれて来たこと。そのミュウはどうして零に頼んだのだろうか。恐らくそれは、紗希の手によってVRMMORPGのログイン制限が解かれたせいで起こった人類壊滅、それが嫌だったからだろう。
「本当だ。嘘はついていない」
「他の理由が思いつかないだけじゃないかしら…まあいいわ。次は私ね」
生唾を飲んだ。
「…私と、付き合って」
衝撃の一言に精神が崩れ去りそうな勢いで零の気持ちは横に揺らいだ。
「私と付き合ってくれないと、人類の崩壊は免れないよ」
「いきなり何を言っているんだ…大体俺たちは…」
「血がつながっているんでしょ」
「…!」
この事実は零以外は誰も知らないはずだ。ましてや紗希には教えることを断固してきたはずなのに…論外だ。
「なんで知ってるか聞きたい?」
「ああ、聞きたいさ。論外の事実は理系の人間にとって疑い深いものだからな」
「私、病院になんでいたか分かる?」
まさか、そのまさか。
「高校になってから零の態度が急変したから気になったの。もちろん私は零のことは本当に好きだった。だからなんで変わったのかが分からないと零に告白できない…私の気持ちを素直に伝えることができないの!! 本人に直接聞くなんてもってのほかだから零のお母さんに聞くことにしたの。そして度々電話をしていた。…私が零のことが好きなこと、態度が急変したこと。いろいろ話したわ。でもこれという証拠は何も見つからない。そんなとき…」
「俺の母さんが倒れた」
もっとも話しづらい事項だが真実を聞き出すためには我慢して聞かざるを得ない。零はそのまま紗希の話を聞き続けた。
「そして病院…私は零と鉢合わせしない時間帯を選んで言っていた事実が存在するの。ある日病室に入ると、あの人が母子手帳を握りしめていた。意識は無いはずなんだけどなぜか彼女はそれを握りしめていたの。私はここに何かが記されているんじゃないかと、そう思った」
「覗いたんだな」
「ええ。そして些細なことだけど血液型が全く一緒。そして読み解いていくと、家族構成に正体不明の妹がいた…その出生日は、五月二十一日…私の誕生日と全く一緒だった…」
「それで知っていたのか…」
勝手に母子手帳を見たことよりも、母子手帳に証拠が書いてあると踏み切ったところが驚くポイントだ。
零も母子手帳を見た。それが正体不明の妹で年も誕生日も全く一緒だということも知った。同じ学校に在籍しているんじゃないかと疑った。するとピンポイントに…同じクラスに「郡山紗希」という仲良かった人物と一致した。
「だが断る」
「…付き合ってくれないの…?」
「俺は人類を変えるためにここに来た。帰れば、いい。例え強硬手段を使ってでもだ。しかし恋をするというのは規格外。ましてや血縁関係がある」
「零の気持ちは分かったわ…」
「止めてくれるのか」
零が発した言葉が引き金となって、紗希の目は真っ赤に充血して恐ろしいほどの形相に変化していた。
「その逆よ!! 私がなんでハッキングしたかわかる!?」
「しらねぇよ、俺には関係ない」
「別時間軸の零が私のところに来たからよ! 私の味方として、“世界なんてどうでもいいや”って私のところに言い寄って来たのは零、あなた自身なのよ!!」
「そんなの偽装だろ! そんなことは一度も思っていない!」
「…いや、過去の君はそうなるよ…確実に」
プログラムを組み終わり、あと一回のクリックだけで人類崩壊のパズルが崩れ去る直前まで来ていた未来の零が話に口を挟んできた。
「俺は人類復活に失敗した俺自身だ」
人類を助けるのが失敗に終わる…戯言かと思われつつも、タイムマシンが存在している現実を受け止めている零にとっては信じざるを得ない現実。
「こうなったらとことん人類を壊滅させていこうと思ったのが…未来の君、つまりここにいる俺」
「そんな……あり得ないだろ、俺が失敗するなんて」
「二度あることは三度あるって知らないかしら。それとも三度目の正直とでも言うのかしらね」
「……」
「世界の秩序なんてどうせ終わるんだ。VRMMORPGの存在を認めてしまったときにはすでに遅かった。ならもう兄弟結婚なんて知ったことじゃない。だから別方面から人類を助けることを考えた。それが過去の君…俺と紗希が結婚すること、それ一つしか選択肢はなくなった」
「未来の俺も結局人類が崩壊することに対しては嫌なのかよ」
「多少はあることは認める。だが、“世界の秩序”はもうない、そうしたんだ…だから、お前は紗希と結ばれろ」
「嫌だと言ったら?」
「即この場で君を殺す」
「それは紗希が望むことなのか」
隣で立ち尽くしていた紗希が二人の顔を規則的に追いかけている。
「多分な」
「じゃあ一つ聞く。俺が死んだらお前も死ぬぞ」
当たり前のことを言った。過去の零が死んだら当然未来の零も死ぬことになる。
「…ここに来るためのショートカットの存在がパラレルワールド時空の関係性を全て語っていることを分かっていないのか、過去の俺」
「どういうことだ」
「一回目の時航でショートカットはなかった…しかし二回目の時航ではショートカットがあった…これのことだよ」
「いまいちよく分からないのだがもっと具体的に説明してくれないか」
「同じ頭脳でも分からないのか、なんて情けない」
二人の零に語りかけている言葉ということは分かっているのだが、どうも今の零にしか言っているようにしか聞こえないから零は怒り気味だ。
「一回目の時航で遡った時と、二回目の時航で遡ったとき。タイムマシンが存在していないころの論述では同じ時間軸上の出来事と知られてきたようだな。しかしタイムマシンが創造されてからその論文は間違っていることになった。時間軸は、無限に増大するんだよ」
ちょっとした出来事でも何かを変えると未来が変わる。そこから新たな時間軸が発生し時間は並行に進む。
「つまりは、俺が死んでもこの時間軸の俺の存在が消えるだけで、別の時間軸に干渉してしまっている未来のお前は死なないということだな」
「大正解、自分を侮辱するのを早とちりしてしまったようだ。前言撤回」
「零!!!」
突然頭の中に声が聞こえてきた。この声はミュウと愛想のものだろう。未来から直接頭の中に交信が来た。
「真実を知ってしまったようね…過去を変えても自己満足の域で終わってしまうことを…」
「今驚いているところだよ」
「どうした、いきなり。頭でも狂ったか?」
「知ったことか」
客観的にみるといきなり驚嘆して話し出すのはおかしい。それに気を付けていたのだが、このような状況下に置かれたから別のことに気を取られてしまって注意力が散漫になっていた。
「このクリックでパズルが崩壊するよ…?」
追い打ちをかけて言い寄る。
「パズル…いい例えだな……!! そうか……」
「どうした? まさかここで苦肉の策が出たとか言うんじゃないだろうな」
「いや、そのまさかだよ」
「…何?」
「お前、パラレルワールドは無数に作られていくと言ったな。つまりそれは他世界の人間が歴史上の事柄を変えることをしたときに作成され干渉される、そういうことでいいのか」
「ああ、まったくもってその通りだ。ちょっとは勘がもどってきたようだな」
「…つまりすべての世界に共通する法則が成り立つ。一つの因果関係…俺の存在とパラレルワールドだ」
「お前はいったい何が言いたいんだ?」
「同じ脳ならそれぐらい解れよ未来の俺」
先ほどまで侮辱され続けていた恨みをここで返した。
「パズルに例えると分かりやすいな…パズルは複数の形のピースが合わさって一つの絵になる。しかし一つでも欠けたらそれは成り立たない」
「まさか…!」
「そう、そのまさか。そもそも俺自身が世界の中心…いわば神な訳だ」
「くそっ!!」
未来に向かって話しかける。
「愛想…俺は俺自身であり続けなければいけない。それはお前が望むことでもある。しかしこの世界を救うには自分自身を殺さなければならない。わかるか」
「はい…理解しています。しかし零が死んだら私は…私、は…」
「お前はあり続けるんじゃないのか?」
えっ、と音の無い流れ。
「でも私の存在は…」
「愛想としての存在は無くなるかもしれない。でも一番最初の、未来からの干渉が全くない俺の元にお前のデータは存在するはずだ。そうだろ?」
「はい、確かに…」
「なら、許してくれるよな、愛想」
「…零のお望みとあらば、後のことは全てあなた様に任せます。零、あなたにとって…そして人類にとってプラスで終わる、ハッピーエンドで終わらせてくださいね」
次が、全ての集約点で、それを切ればすべてが終わる。人類は救われる。それが今の零の願い。いろんな人たちに出会って変わった想い。
「未来の俺…まずはお前から断ち切らせてもらう!!」
零はズボンの後ろにかけてあったサバイバルナイフを抜いた。その矛先を未来の自分自身に向けている。パソコンの画面の光が反射してより一層恐怖感を盛り上げる。
「それじゃあな、未来の俺」
そういって零は自分自身…できるはずの無かった自分を刺し殺した。
「……よく気づいたな…このことを…やはり俺の頭脳は天才だったようだ…」
その存在は薄くなり、点としてちりばめられ、やがて消滅した。
その先に見えたのは紗希。
彼女は消えない。二個目のパラレルワールドに身を置く存在だから。
「…これからどうするの」
「残りの自分を殺しに行く。そしたら全てが終わる。そう解釈した」
「へぇ。覚悟は決まっているんだ」
「ああ、立つ鳥跡を濁さず、それに限る」
零は愛想の操作によってこの時代の鎖が切れる前にひとつ前の世界へと跳躍した。
「私は…このままでいいや…」