衝撃
走っている途中で電力メーターを見つけた。こういったものは零は大好きな部類に入りついつい見入ってしまう。ちなみにメーターは相当量の電力を使用している。これがマクドナルドの電源だというのは分かるのだが…とりあえず少し改造をさせてもらって上限量を増やした。ショートのラインを下げた、ということになるだろう。
「いらっしゃいませー」
マクドナルドの電源がとれる静かな場所でPCを広げてコマンドプロンプトを起動する。
しばらくして、入力を促すキーが表示される。
「>run secret file”system console”」
そう入力した。
するとファイルが開いた。ずっしりとC言語で入力されたプログラムファイルとバイナリエディタが開かれた。同時にインターネットにも開いて、仮想世界の「全ての人に空想を」のログイン画面へとアクセスした。
管理者権限のアクセスキーを入力して傍観IDへ入る。画面上に各地方の映像と危険者の追跡画面が大量に開いている。
そんなものは無視してシステム変更画面へとアクセス、青少年プログラムの五十二行目へ移動し、プログラムを強固に組みなおす。
「ここだけJava言語を組み込んで自動で変更するAIを導入して防御率をあげるか…」
零の手が止まる。
「だが、最悪動かなくなる危険性があるな…どうしろというんだ…ならばもうAIで防ぐしかないか…」
メモ帳を起動し新規作成、AIの源をコピーしてきてDF用のAIシステムへと作り変えていく。
三人分入力し終わるまで約二時間、脅威の速さでできあがりアプリケーションへと走らせる。そしてAI起動。ハイスペックパソコンでなければ防御型対敵ウイルス並作為AIの一体も動かせないだろう。
「おはようございます、零さま。私の名前はなんでしょう」
その声が三人同時に聞こえてきた。
「ルミエルとマリアとユカ、君達にはVRMMORPGの防御を行ってもらう。できるか?」
「はい、ご主人様」
零は通常AIに入れるはずの感情プログラムを組み込んでいない。なぜなら私情に流されてプログラム攻撃が緩くなってしまう可能性があるかも知れないからだ。
「いい返事だ。早速組み込むぞ。スタート」
そのクリックと同時に管理者画面の防御率が前の七十%から九十九%へと上昇した。これでペンタゴン技術を持ったプログラマー以上の者でなければ侵入することは出来ないはずだ。
「よし、完了。あとは観覧状態を常時備えておくのが必要だな。それもAIに見張らせておくか」
さらに監視用のAIを作る。この子の名前はミルネ。
「了解しました! 監視しておくねっ」
このAIには感情を入れておいた。
これで全ての対策をし終えた。
「とりあえず終わりか…」
マクドナルドの壁にもたれて深いため息をつく。
「どうして俺はここにいるんだろう…」
そう、どうしてこうなっているのか。元々は母が死んだことの悲しみからクローンを作る目的でスカイツリーへとやって来た。そして未来へと連れて行かれ、残酷な情景を見た。そしてクローンの存在を確かに見た。この世界を救うべく過去へと舞い戻ってきた。
未来を変えるのがこんなにも大変だとは思ってもみなかった。
しかしここで変えなければあの未来へと行き着くわけで。零にとってもこの世界の崩壊は免れたい。天才プログラマーとして生きていく道を得たのにそれを捨てるなんてあり得ない。だから信じられないがこうして過去へと戻ってきている。世界の分岐点へと。
「ひととおり変えたから、もうすることは監視のみになったな…どうしようか」
することが、無い。プログラム開発も今休止状態に入っている上、仕事も入っていない。プログラマーとはそういう仕事なのだ。
「折角ファストフードに来ているんだ、何か注文せずにはいられないだろ」
義務的な意味で思った。欲望とかそういうものから来る気持ではないということ。
この時間混雑しているので少し長い列の最後尾へと並ぶ。隣に貼ってあったメニューをみて品物を決める。財布には千円札が六枚ほど。どうせ昼食時なんだからと、セットのメニューの方を向く。
列が解消されてきた。後ろには数人の客。こういう店はスピードが命なので客を待たせてはいけない。なので零も並んだのに二分ほど要しただけであった。
やがてカウンターの前へ足を進めた。
「いらっしゃいませ、ご注文は何になさいますか…って零…?」
「…もしかして…」
「零じゃん、久しぶり!」
声を掛けてきたのは中学時代の後輩・如月彩陽、サッカー部時代のマネージャーで学校でも文化祭のコスプレコンテストで優勝の実績をもつ女子。
「いいかげん言葉づかい気をつけろよ」
「零だからため口なの、もう慣れたでしょ?」
「まぁ否定はできない」
しぶしぶといった様子で彩陽のノリに付いて行った。
「それで、注文は? どうするの零」
「マスターバーガーのLLセット、ドリンクはコーラ、ポテトは塩なしで。あとで塩ふれよ」
「強情というか頑固というか…負けず嫌いなところは以前から変わらないよね」
「はいはい黙ってろ。それより会計」
「七百三十円のお預かりとなります! …はい、お釣り二十円です、トレーの前でお並びください!」
営業スマイルで応対した。不覚にも一瞬胸がときめいた気がした。多分、多分なんだろう。
一分後、驚くべき速さで注文した品物は手元にやってきた。
「マスターバーガーLLセットのお客様、お待たせしました…ありがとうございました! ごゆっくりどうぞ」
先ほどの席へ戻る。PCが置きっぱなしなのは、ミルネがPC内臓カメラで周りの様子を常に確認して怪しい人がこのPCを盗らないかをどうかをしてくれているからだ。もしそのような事態が近づけば警報が鳴り、警察へと自動通報されるシステムになっている。そのシステムはミルネ自身で作り上げたもの。
「以上は現段階ではございません、安心してくれて大丈夫ですよ」
「ありがとう」
そう言って席にゆっくりついた。
「いまのところのCPU稼働率は六十五%か。まだ大丈夫そうだな…」
AI四つを同時に動かしているため、フル稼働状態に近くなるのは仕方がないこと。これでさらに仮想ドライブなど動かすと炎上する(本当の意味の)。
マスターバーガーの半分を折り返し、ポテトをつまみながら外の国道の交通量を眺めていたところ、異変は起こった。
「零、零! 異変です。ルミエルとマリアとユカの動きが封じられています!」
その言葉に驚いてコーヒーを零しそうになった。そして画面を見る。
「…! AI三人が全て誰かの手によって書き換えられている…?」
全力でタイプしてこちらに動きを戻そうとするが強固なプログラムに書き換えられており、対応困難だった。
「この言語はなんなんだよ…」
かろうじてソースを開くとそこには見たことも無いプログラム言語の羅列。もはやそこには法則性が見いだせない。
「くそ…! こんなものの十分で全てのプログラムの書き換えを行うなんて…そんなの俺の開発した言語変換プログラムしか手は無いぞ…AIみたいな複雑なプログラムに手で打ち込んでいる時間は無い…」
何も出来ないまま、時間だけが刻々と過ぎていく。
やがてAIの主導権を完全に失い、呆然とする他なかった。策は無い。
「このままじゃ…」
ある決心をした零はさっきの店員もとい如月彩陽の元へ駆け足で寄る。不審な目で見られてがそんなものは知らないというそぶりである。
「ありがとうございました…って零!? いま接客中だから困るよ…いくら私が恋しいと言っても…」
「お前の控室の鍵貸せ!」
「いきなりどうしたの」
「いまノートパソコンでもいいからPCが必要なんだ! お願い、貸してくれ」
「でもさっき自分のを持っていたじゃない…」
「必要なんだ…貸してくれ…」
頭を下げて頼み込んだ。さらに周囲の目線は彼らに集まる。次々と喋り声が小さくなっていき、こそこそと喋る噂のような空気になった。
「…分かった、めずらしいねほんと。笑えちゃうよ」
彩陽はポケットから三本鍵が付いているリングを取り出し零に投げた。
「控室はあのトイレの横側に扉があるの。そこから通路になっているから私の個人の控室を探して。他の人に見つからないようにね」
すぐに接待を始めて何もなかったかのように仕事を始めた。零もぼおっと立ってられず、控室のある扉へと駆けだした。
扉を開けると店長らしき人が内側から同時に開けようとしていたらしく、その場に立ち尽くしていた。
「見たことの無い顔だな…」
「すいません、これは一大事なのです、通して! 鍵はこれ」
走りながら鍵を見せびらかすようにしてそのまま逃げて行った。
「おいちょっと待て!」
追いかけてくる店長。
零は運動神経は並みなのですこしずつ距離が縮まっていく。
「何か回避策は無いのかよ…」
「待て…! はぁはぁ」
店長も体力の方はファストフード店のせいで失っているらしく、今度は逆に距離が開いてきた。
「これで大丈夫だな…だが彩陽の部屋はどこだ…」
一本の通路だと思っていたのは間違いで、実は結構曲がり角があったりして入り組んでいる。シフトは何人いるのだろうと考えざるを得ない部屋数。
走ってきた道で一つだけ階段がある場所が目の前に表れた。
「一かばちかだ!」
駆け下る。息が切れているせいで足元がおぼつかない。すぐに踏み外しそうになる。
「如月…」
プレートが掛けられてあったのでこれが彩陽の控室だと察した。
「ガチャ」
鍵を差し込んで回した。ぴったりはまり、少し安心。ここまでにかかった時間、実に二分。壮大な物語を描いているように感じたが地球時間に直すとそうでもない。
「これは…」
なぜか生活感のある部屋。控室にしては異常な雰囲気が漂っていた。
「…だが構ってられる時間は無い」
零はとりあえず片っ端からPCを探した。彩陽の言葉通り取れば目で確認できる場所にあることになる。
机、床、棚…。
どこを探しても無い。
「頼む、あってくれ。世界が…世界が…! くっ」
一人暮らしに最適な部屋にはドアが幾つかあった。
「プライバシーの問題になるが致し方がないことだよな…!」
妙に音がするドアがあった。音源はドアの向こう、つまり部屋だ。もしかしたら何かの繁殖かもしれない。そんな恐怖心がドアノブを握る手の力を弱め、強張らせた。
「ごめん、彩陽。開けるよ」
躊躇しながらあけると、巨大な黒い物体。巨大とは一般視点から見た大きさのイメージで全く問題が無い。
「まさかこれって…スーパーコンピューター?」
そう、目の前にあった黒い巨大物体とはスーパーコンピューターのことだったのだ。何故ここにあるのかが筆頭だがそこは無視して、画面へと向き合う。
ログインの心配があったが、ゲストアカウントが開いていたので開く。
「早くしてくれ…」
焦る零。この時間に仮想世界の書き換えが着々と進められている。誰かの手によって。
アカウント画面が現れた。既に準備していたポケットに入ってあったUSBを挿してすぐに開く。
「AIランチャー…いけっ…!」
「この画面では、AIを作成することが出来ます。用途にそって画面から選んでください…」
「よし…」
作業用AIをクリック、プログラムの構築が始まる。
スーパーコンピューターの力に頼って同時に五人のAIを作成する。
今回はこのプログラムを使って作っているが、いつもは一から入力している。遅れては意味がないからだ。
インターネットにも幸い接続されている。すぐさま管理者用アカウントにログイン、AIを投入した。
「既存のAIは既に破壊済みか…相手はいったい誰なんだ…くそ、これで対抗してくれ…」
仮想世界のプログラム書き換えがされるのを防ぐために投入した。あの三人のAIの姿は消えていた。
「持ちこたえろ!!」
願うだけでなく零自身も必死に食い止めていた。六人分の仕事がサーバーに掛かっている。相手は正体不明。しかし相当の実力、零と互角以上の戦いを繰り広げている。
お互い書き換えと消去の一心不乱。全く、どちらの方に風が吹くかなんて分からない。
そんなとき、ある異変に気付いた。
相手の処理スピードが、さっきよりも一パーセント増えたのだ。それだけでない。一分おきに一パーセント増えていく。明らかに以上だった。
管理者用のログを見る。
そこには、アクセス元が文字化けしていた。普通にはあり得ない状況で、ましてゼロとイチに統一されたこの電脳世界において文字化けなどほとんどあり得ないものなのである。追い打ちをかけるようにに、処理スピードはもう零を超えていた。
すでに勝てない戦況まで持ち越されていた。
「くそ…!! ここで終わるのかよ!!」
感情的、自暴自棄になってしまう。
「…! またか…!」
ものの一分前に投入したAIが既に破壊、システムコンソールの書き換えが始まっていた。
「嘘だろ…やばい、やばい、やばい……ああああ!!」
叫び声と同時に制御はスーパーコンピューターの手でも負えなくなり、崩壊した。
どんどん書き換えは進む。しかし零の手は正反対に止まったまま。もううごく気配が微塵もない。既に完全停止。
残り三分で百行の書き換えが終了するのは見て分かった。ただその最期の時を待っているだけ。構えも何もしない。
そして――終わった。
全プログラムの書き換えが終わった。
「…どうせ今から変えられるんだろ…?」
システムコンソールログイン画面に戻り、改変しようと書き込もうとした瞬間、再パスコート入力画面に戻された。
「ははは…」
半分イってしまっている状態でスローでキーボードを叩く。
Enter。
「IDとパスコードが一致しません」
無機質なメッセージが表示された。
「IDとパスコードが一致しません…IDとパスコードが…」
幾度もEntetキーを押してもその十六文字のメッセージが情無しに伝えてくるだけ。
「どうしてなんだよ…」
ホーム画面に戻り、一般ログイン画面。
いつもの遊ぶ時のアカウントを選択してログインを試みる。成功。
右手のマウスは画面右上の方へ流れていき、行き着いた先は「Company」の画像リンク。クリックして確認した。
パッと見全く変わらない、ただ名前が順列しているだけの画面。しかし一つだけ変わっているところがあった。
「管理者…郡山紗希…」
名前が泰隆零から郡山紗希に代わっていた。
紗希とは、あの中学、高校と一緒の学校の紗希その本人なのである。彼女がここに名前を公表しているのは謎であった。いったいどのような経路で今に至ったのか。
「くそ…世界を、守れなかった…」
何時間経っただろうか。
起きると零は周りを見渡した。
最後に見たスーパーコンピューターは健在。そして机の上に自分のPCと、マクドのセットが置かれてある。
そしてその傍に書置き手紙。
「零、遅いと思ったからPCを私の部屋に移しておいたよ。あと夜食も。店長が気を利かせてくれたんだ。…て言っても私の分を零にあげただけなんだけどね。ここに戻ってきたときスパコンの前に伏している零を見かけたんだ。大変だったみたいだね…。でも頑張って! 私が言える立場じゃないだろうけど、とにかく頑張れ! 起きたらお腹の足しに… 彩陽より」
このような内容が書かれてあった。
零はやけになってむさぶり食い荒らした。
氷が解けて薄くなって容積だけが増えた炭酸が抜けたコーラ、冷めたポテトとバーガー。それらを一気に食べる。
「くそ…! なんて無力なんだ…! 結局人に助けてもらっているじゃないか…」
涙が零れ落ちた。
「自分が情けないよ…」
食べた後こっそり部屋を出て、店のゴミ箱に捨ててまた戻ってきた。幸い店の者はおらず、また外は暗闇に包まれていた。
ここに彩陽がいることは、何もおかしいことではない。
実は彼女の両親は彼女が中学二年生の時に他界している。泣き喚いて飲食店・マクドナルドの裏路地にいたところを店長に引き留められ事情を話した。
店長は理解者で、彼女の言い分を聞くとすぐに部屋を用意した。「ここで寝なさい。君がちゃんと働ける年になったら、今度は君がお返しする番かもしれないね」と。
そして店長が親代わりになって働かせている。
この控室に行こうとしたとき、店長と会った際に鍵の方を見て睨んだのは、「彩陽」という名が彫られてあったから、と推測した。
「う…ん……零…心配なんだよ…?」
「もしかして起きてるのか!!」
ついつい叫んでしまったが、彼女の寝言だった。
「ふぅ…んん…」
すぐに眠りに着いた。
「ありがとう、彩陽」
「あぁ、良く寝た~ん…?なんだろ…」
「昨日はありがとう、助かったよ。お前がいてくれたおかげでまあ助かったかなって思ってる。でも時間は切羽詰まってて、ゆっくりしてられないんだ。だから俺は新しい世界を求めてまた出るよ。また会う日まで 零」
「そっか、零も行っちゃったか。連絡ぐらい欲しかったな…」
ふっと天井を見上げる。
「零も、頼もしくなったのかな…でも私に助けられている時点でまだまだ子供か…ふふっ…」