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天才と二次元の比較級  作者: KaminomiWorld
第三章~パズル~
6/10

日付

 久しぶりに戻ってきた東京。

 風に吹かれ浮いていた古新聞を手に取る。

 日付は二千二十年十月十四日二十時四十分、零の母が死んだ直後の時間。

 ここは病院外、恐らくこれから屋上にこの時代(根本となる時間軸)の零が上がるところだろう。それにつられて紗希も付いて行くはずだ。

「さて今夜はどうしようか…確か俺がこの時代の俺が家に帰るのが十時三分で残り二十分ってとこか…」

 ここから家まで約五分。

 家に行ったらやることは一つ。

 接触を避けるため、ハッキングの瞬間を狙って零もそれに対抗するようにハッキングする。そのためのシステムコンソールが必要だ。

 そう決めた瞬間、零は走り出した。あまり無い体力で、全力で走る。またもや風が体にあたる。

 しばらく走っていると前方に零の家が見えてきた。

「よし、あと少し…時間も十分ある」

 そう思って走り続ける。

 そしてドアの前。いつもの合言葉を言う。

「猫玉キーアンロック」

と。すると鍵はガチャリとなり扉が開く状態へもちこんだ。

「おかえりなさい、ご主人様」

「ご主人様…ねぇ…」

 さすが外見は全く一緒なので未来の人間なのか現在の人間なのかなんて分かるはずもない。

「お風呂にする? ご飯にする? それとも…私…?」

「そういうネタはやめておこうね」

 そう言って玄関前のホログラム装置に映し出された猫玉の脇を通り過ぎた。

「まぁご飯にするけどな」

 リビングへ向かった。

「そうか…母さんいないんだ」

 いつもなら机の上に置いてあるはずの夕飯が無い。ということはこれから買い物に行かないといけないということだ。

 しかし今まで母に甘えていた自分があったため、料理に関する知識は皆無に等しい。

「これから料理、覚えないとな…」

 その言葉は自分にもパラレルワールドの自分にも言い聞かせるものである。

「とりあえずコンビニ行くか…」



 家から徒歩十分のところにコンビニはある。零の家が住宅街なのでコンビニまでは少し距離があるのだ。

「十時過ぎに弁当なんて売ってる訳ないよな…」

 そう思ったのでその日はカップラーメンで夕飯を済ませることにした。

 レジに向かい、会計を済ませる。

 液晶に移った時間を見る。そこには十時と表示されていた。

「…この時代の俺が返ってくる…!」

 焦ってもお釣りだけは受け取り、即行する。

 歩いて十分の距離は走って六分ぐらい。間に合わない。

 一生懸命走ったが結局十時二分には間に合わなかった。なので柱の陰から部屋の様子を確認する。

 いざというときのために、家のネットワークに侵入するプロダクトキーが保存されているパソコンを手にした。さっそく侵入行為を始めた。猫玉が感づくかどうかでこの作戦は成功するか失敗するかの二択である。

 インターネットに接続したうえで、家のルーターにアクセス。そこからキーを使って入る。

「RUNっと…さてどうかな」

 アクセス出来たかと待っているとしばらくして完了の合図「DONE」が出た。

 時間が経っても猫玉からのサイバー攻撃は無いようだ。多分この時代の零と話してて気づいていないのだろう。

 家のスーパーコンピューターにアクセス。

 階層を潜り抜けて、シークレットフォルダーの表示に勤しむ。一定の手順を踏んだ後にパスワード入力をすると出てくる。それをまたコピーする権限を得るためにまた同じようなことをする。

 その解析に二分足らずといったところ。今持っているパソコンにコピーした。

 そして即座に回線を断つ。いつ気づかれるか分からないからだ。

 それらが終わったところでほっと溜息。

「さて本題はここからだ…」

 止まる場所が無い。どうしたことか。

 立ち往生していると頭の中に声が響いてきた。

「零…零!」

「猫…愛想か…?」

「はい、未来から零の頭の中に喋りかけているんです」

「本当に便利になるんだな…」

「いえいえ。それよりよく前の私に気づかれませんでしたね」

「運がよかったのと、お前が鈍くさかっただけだ」

「私に鈍くさいなど似合わない言葉ですねっ!」

「それで泊まる場所なんだが…」

「あの女の子の元へ行ってあげてください、命令です」

 あの女の子、すなわち紗希のことだろう。

「どうしてだ」

「命令と言ったはずですよ? 命令に理由はありません。そうでしょう?」

 やれやれといった顔でその命令に従うことにした。

 紗希の家は中学時代に何度か言ったことがある。ゲームのセリフの録音が主な理由だ。距離はそんなに遠くない。強いて言えば霧がかかっていたら見えない、という近さ。

「さて着いた」

 目と鼻の先、距離にして約三十メートルに紗希の家は位置する。

 ここでパソコン上の会話&チャットツールを使って紗希の所在を確認sる。

 状態は、アカウントオン。それを確認した上でメッセージを送る。

「表にいる」

 文節にすると二個、単語にすると三個。主語と目的語が抜けているが理解可能な文章。

 眺めているうちに返信が来た。

「パジャマ姿だけどいい…?」

 前はこんなこと聞かなかった。中学時代の頃は。

「紗希がどういう格好だろうと俺は別に発情したりしない」

 女子にとっては傷つく言葉だったかもしれないがそんなの構わない。

「零ひどい…私泣いちゃうよ…?」

 すこし顔が引きつった紗希が玄関から出てきた。

「今日は悪かった、一人にして」

「ああいう雰囲気だったし気にしてないよ。それで要件は何?」

「泊めてくれ…」

「…え?」

 紗希が一瞬反応遅れで聞き返してきた。

「な、何かあった…?」

「ちょっとあって、愛想…猫玉にはすでに連絡している」

「まぁ前も止まった経験あるから問題は無いけど…うち親いるよ」

「別に構わない」

「じゃあ上がって」

 零は玄関先から家のドアに続く階段を上り、紗希にドアを開けてもらった。

 懐かしい家。中学時代よく遊びに来ていた。ゲーム制作をするためにハイスペックパソコンを持ち込み、併設のスタジオで録音を行っていた。外から見たとき、いまだにそのスペースは健在だ。

「ごめんなんだけど、寝る場所ここしか無くて…」

 さっき零が見ていた場所そのものだった。

「人の家に上げてもらって文句言うような人ではないぞ」

「まぁそうだよね、昔からそうだったけど」

 既に時計の単短針は十一の数字を回っている。十分に深夜と呼べる時間帯だ。どうやら紗希の両親も就寝状態に入っているようなので当然迂闊に物音など立てられるわけがない。

 紗希はスタジオに布団を持ってきた。

「はい、布団。床に寝てなんて言わないからね、そこだけは安心して」

 安心できるような笑顔を振ってきた。零はその笑顔の裏に何かあるのかどうかを探ってしまう。

「それでね、お願いがあるの」

 紗希が少し俯き加減で言ってきた。

「私の部屋ね、知ってると思うけどリビング通らないといけないの。もちろんリビングに親がいるから、というより寝てるから…だから一緒に寝てくれない…かな?」

「俺の危険性を考慮しないのか」

「零は大丈夫だって分かってる」

 自身に満ち足りている。

「まぁ俺は気にしない。いないと思って寝るからな」

「それでもいいの」

 無言で零は布団の片側を開ける。どうやら布団の取り出しも物音がするとのことでだしてこれなかった。

 寝返った向こうにはマイクやレコーディング機器が悠々と存在する。まだ使えるぞと主張するように。窓ガラス張りの向こうにスタンドなどがある。もちろん零と紗希がいる場所は録音を補助する、マスターボリューム的な存在のいる場所。マイクを壊す心配もない。

 ただ昔の思い出が蘇ってくる。



 あれは東京ゲームアワードに応募するためのレコーディングのことだ。

 零は音だけが入っていないギャルゲーを手に紗希のスタジオに向かった。そのときは既に締切一か月前。予定よりは早く終わったので安心してレコーディング出来た日だった。

 ピンポーン。チャイムを鳴らした。

「いらっしゃい零! スタジオの準備は出来てるよ」

 中学生の紗希がすかさず玄関から飛び出してきた。

「スタジオも少し久しぶりな気がするよ」

 このときの零は笑顔が灯っていた。

「早く入って」

 促されるがままに、家の中へ入った。

 資産家の紗希の家は相当大きい。もちろんこのスタジオの建設も全ての親の金で賄われている。紗希が頼み込んだら、案外あっさりと承諾してくれたらしい。それが本当の事だなんてそのときの零は知る余地もなかった。

 スタジオに入ると、マスターボリュームなどの高額機械が置いてあった。操作盤の前の椅子に座ると正面に見える一面のガラスの向こうにはマイクスタンドが三本設置してある。

「いつみてもすごいよな…紗希の家」

「私の親が快く引き受けてくれたんだもん。出来が悪かったら怒るよ、私」

「それは災難だな」

 はは、とお互いが笑う。

 そんなとき、チャイムがなった。

 スタジオには響いてこないような壁の構造になっているので、何故聞こえてくるのかというとそれは紗希自身がモニターとイヤホンを自ら所持しているからだ。

 イヤホンから漏れる音に零は気づいた。恐らくあいつだろうと思う。

「来たぞ~」

 そう、「あいつ」とはギャルゲの脚本を担当している岸田良助のこと。彼は小説において才能を持っており、逆に言えばそれしか出来ないということになる。ただ本当の才能を持っている人は何かが欠けるなんて当たり前のことだろうと思う。

「おう、良助!」

「リサラっ!!」

「…別にここでアニメのネタなんてしなくていいからね、ね?」

「悪い、つぃ…」

「ふふ、そういう零かぁわいい!」

「そ、そういうこと言うな! 照れちまうだろう…」

 零が照れた。こんな事実は時空の狭間に置いてしまうことになったとは当時の零は予想もしてなかった。思うことすらなかったんだろう、そう感じた。今だから分かること。

「さて、完成したんだっけ、流れは」

「俺の脚本に…」

「石川のBGMと俺のイラスト、そして総仕上げに俺がプログラムで組んだ。そうプレイ時間はフルボイスで五時間くらいだろう」

「あれ、石川君は?」

「まだ来てないみたいだよ」

「折角電子ピアノ用意したのに…」

 部屋の片隅にある電子ピアノ、趣味でピアノをやっているから分かることなのだがあのピアノは電子ピアノで五十万以上するYAMAHAのピアノ。一度ヨドバシカメラで弾いたことがある。弾き逃げ、というやつだろう。「未完成ストライド」を弾いた。音の強弱とタッチの感触がまさにグランドピアノそのものだった。

 もちろん零の家にあるアップライトの方が希少価値が高く、プラスチックで作られているピアノとは違い、全て木製で作られているピアノだから中古でも二百万以上する。

 そう話していると意外なところから話の主題となっていた石川孝義が現れた。

超電磁砲(レールガン)!!」

 中二病を患っている重症患者の石川孝義君が窓からやって来た。もちろんその窓というのは庭の窓であって、高さは子供でも登れる高さのものだ。

「すいません、はしゃぎすぎました」

「罰としてピアノ弾いてね」

「今!?」

「うん。ピアノは用意したし、弾いて。石川君の聞きたいし」

「俺も聞きたい。お前の演奏」

 零と紗希が合わせてコールをする。それに負けたという表情で、

「分かったよ、弾くよ…はぁ、外にいたから手が少しかじかんでいるよ…少しだけ練習時間頂戴」

「いいよ、一分だけね」

「それは無茶じゃないか!? 紗希ちゃん鬼畜だよ、あ、鬼畜ってわかる?」

「私を馬鹿にするともっと減らすよ、というか今から弾かせるよ…?」

「すいません、もう言いません」

「よろしい。でも残り三十秒」

「やっぱ鬼畜だ!」

と。そして、そう言いながらも石川は指馴らしをしている。外の気温が下がっているというのにここまで弾けるというのはやっぱり指の力だろうか。

 練習風景にも見とれていると、石川はこっちを向いた。

「じゃあ行くぞ」

「頑張って~」

「期待してるぞ」

 頬を紅潮させながらピアノに向き直る。すでに真剣な顔にすり替わっていた。

 最初の一小節でこの曲は変ト長調と見抜いた。つまりこれは恋愛などを描く際によく使われる曲調である。

 もちろんファの半音たかいファ♯から始まり、最初の方は上の音で描いていたのが、今度は上下の動きが多くなったと感じた。途中は同じ音の繰り返し。矛盾が起こりうる、恋愛において最大の山場と言える状況が聞き取れる。まるでイメージを映し出すかのような演奏だ。

 最後の方は最初と同じようなメロディー。激しい山場を越えて二人は結ばれた。

 これは本当に今作っているゲームの進行、情景とマッチしている。BGMで作品が救われた感じがする。むしろその通りだ。紗希も演奏に見とれていた。

「ど、どうかな…」

「最高だ、作品が盛り上がるよ」

「気持ち入ってきた…」

「このまま録音するか」

 零は紗希をレコーディングプレイスへ導こうと思ったが、紗希は既に向かっていた。気持ちを焦らすのはよくないと判断したので、声を掛けないことにした。

 零と石川は椅子に座り、操作盤の前に座って紗希の演技を見守る。

「LS‐1‐SARI、いきます」

 零はOKの合図を出した。同時に石川はレコーディングスタジオの外側の案内ランプに「録音中」と明かりを点けた。

「ありがとう、返信くれて――別にそんなんじゃないよ! 理由はもう一つあるんだ――それはね――君が、好きってことだよ」

 その眼差しは、ガラスの向こうの零に向けて発した言葉と取ることもできた。確かな視線、零はそれを心で受け取った。

「ありがとう、私の言葉を聞いてくれて――嬉しいな――」

 ここでキャラクタールートは終了し、ED後にアフターストーリーという形で少し描く。

 これでラストシーンは終わり、次はED後のシーンの撮影だ。

 とりあえず休憩を入れるので、紗希に指で合図した。それを受け取り、レコーディングスタジオから出てきて、録音室の方へ来た。

「どうだった、私の迫真の演技」

「よかったよ」

「ばっちし、紗希ちゃん!」

「石川のBGMと俺の脚本がすごくマッチしているの~」

「あの…俺のイラストの力も結構影響していると思うんだけど」

「もちろんそうだとも。ただ比較級にすると俺の方がベッターなのだよ!」

「覚えたての英語で喋らないでくれ…」

 取り合えず紗希の演技はみんなに共感を与えたとして、録音は無事終了。EDに入る前にみんなでおやつにする。

 リビングに向かうと、待ち構えていたかのように紗希の母がリビングでお菓子や飲み物を用意してくれていた。

「おお、ポッキーじゃん。俺好きだわ」

 石川の大好物、ポッキー。十一月十一日まであと少しだ。

「パイの実もあるぞ」

 岸田が毎回学校に持ってくるパイの実。いずれもチョコが入っているので、二人ともチョコレート系のお菓子なら何でも食べる訳だ。

「どうぞ食べてくださいね~」

 優しそうな気品の良い母さんだった。零のお母さんとどこか似ている。何故かはわからないが、親しみを感じた。

「あ、あのスタジオの建設本当にありがたく存じます!」

「そんなに気を張らなくてもいいよ、普通に話してくれれば」

「いえ、初見の人には皆同じ厳粛な態度を取らなければならないというプライドと社会常識が存在します」

「じゃあ聞くけど、中学になって初めて同じクラスになった新入生にいきなり敬語で話しかけるかな?」

「いえ、それは…」

 零が息詰まった。

「私を友達と思ってくれていいよ。なんならお母さんでもいいけどね」

 笑いながら零を見た。

「今までお世話になってきました…もちろんこれからもなる可能性があります。それで僕はお母様のことを何とお呼びすればよろしいでしょうか」

「うんと…ミュウって呼んでくれるかな」

「分かりました、ミュウさん」

「はい、ミュウですっ、てへ」

「結構子供っぽいところあるんですね…」



 思い出の回想に浸っているうちに零は眠りについた。



 朝、零は起きると目の前に紗希の破廉恥な姿があった。

「…!!」

 驚いて飛び起きた。しかしその反動で紗希の目がうっすら開いた。

「…うにゅう…んぁ? 朝れすかあ~」

 紗希は起床と就寝の間のよくわからない寝言を言いながら体を起こしてあたりを見回した。

 なんの変哲もないスタジオにパジャマ姿の零と、衣服が乱れて貞操が今にも崩れそうな姿の紗希。

「れ、零!」

 やっと気づいた。

「ちょっと私に何する気なの!?」

「なにもしないって…だいたい一緒に寝たのは紗希の方だろ」

「それもそうか…ううん、今回は許してあげる」

「被害者は俺の方だけど…」

 と言いたかったがそれを言うとまた面倒くさいことになるので控えておく。

「とりあえず俺はお暇することにするよ」

「え、もう…」

「俺も用事があるのでな」

「そう…なの…」

 しゅんとした紗希の姿は昔となんら変わりの無い態度だった。



「あら、もう帰るの?」

 泊めたことをメールで知ったミュウが寝ぼけ半分で帰り間際の零に問いかけた。

「はい、ありがとうございました。僕は用事があるのでこれで…」

 振り向きざまにしゅんとした姿の紗希がいたがこれ以上この時代の人間と関わると元の時間軸に戻れなくなる危険性があるので声を掛けないことにする。

 家を出てドアを閉めた。

 そのままパラレルワールドを忘れさせるようななんの変哲もない道路を進み、商業街へと向かった。


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