感性
「暑いな…」
零は学校帰りの電車の中でノートパソコンと向き合っていた。
「空冷ファンもそろそろ寿命か…? こんど秋葉原行って買って来よう」
友達とアニメイトへ限定盤BDを買いに行った帰りの電車の中なのである。それなりに興奮してきて汗も掻いている。
秋の涼しい風を浴びたいと思っているのか、窓の外を眺める。
「なんで現実より仮想のほうが現実的なんだろう」
周りの乗客が零を見るのも気づかずぼーっと考える。
パソコンをタイプする手が止まる。
足元にはアニメイトのロゴが入った袋が置いてある。そう、先ほど買いに行った限定盤BDだ。価格は一万二千円。一般の学生にとっては高価な金額だが、天才プログラマーにとって屁でもない金額なのだ。
そんな零には女友達という存在は関係上なしといえる。
もちろん現実に、ということだ。
二次元上には沢山いる。
代表例としてアニメ。
沢山のキャラクターがいて、沢山の物語があって。
ギャルゲーをVR化したその日から好きになった。
だから「全ての人に空想を」と同率一位をほこるDL数というのは、「君も主人公に」というソフト。
所持している様々なハードのゲームを読み込み、VR化するというもの。主人公になりきってできる。
もちろんエロゲも対象だ。
現実に萎えてゲームにはまりこむ。もちろんゲームでシたところで童貞や処女は失うわけもないのでなかなか安心してデキるのである。
しかしゲームなので、結局は物語に沿っていかなければならないのは関の山。時間に流されていく日々が常に訴えるのだ。
たとえばギャルゲー。俺は使用者になるべくリアルに攻略してほしいと思ったため、選択肢は目の前に表示させず、直接脳に(仮想世界で働いている脳に)送り込むことにした。つまりは、なんとなく、という感じだ。はっきりと選択肢を迫られるのではなく感覚で行うというものである。
じゃあブラックアウトの際はどうするのか。
これは俺でも相当悩んだ。
先程みたいな「なんとなく」のような感覚では養えない状況であるからだ。
考え抜いた末、余っていたお金を使うことにした。
これは相当権利に対しての商業心が燃えた。
全ゲームソフトメーカーに立ち会ってもらい、新たなシナリオを追加してもらった。
それが全ゲームソフト公式サイトのダウンロード欄にある「サービスパック」のリンク。無料でダウンロードでき、「君も主人公に」へとインストールする。
すると、ブラックアウト直前のシナリオに別れ際のシナリオが追加される。これで問題解決。
また、目的地はどこにいくか、という選択肢については好きな女の子がいる場所なんてわかるだろうという思想に基づいて修正は加えなかった。
他RPGは「全ての人に空想を」の仕様とあまり変わらないものである。
ピロリロリーン。
耳の奥にまで伝わる高周波ともいえないただのシンセサイザー音がイヤホンを通じて伝わる。PCのメールソフトを立ち上げて、本文を確認。すると、こう記されてあった。
「Hello, Mr. Rei. We are clone company. It is hidden company which we tell you the first time. By the way, We tell you how to make a clone. Scroll down this mail. You can see the dl lnk. That’s all.」
そのメールは訳すと、
「こんにちは、零さん。私たちはクローンカンパニーです。これは隠された存在であり、私どもは初めてあなたにこのことを教えました。ところで、私たちはクローンの作り方をあなたに伝授します。このメールをスクロールするとダウンロードリンクが見つかるかと思います。以上です」
という内容のメールだった。
「クローン」それはDNAを用いて全く同じ外見の生物を作り出すということ。もちろん法律で禁止されている事項であるのは間違いない。なのに何故クローンカンパニーが存在し、そして俺に向けてメールを送ってきたのだろうか。
「調べてみる価値、ありそうだな」
そう言って、既に電車を降りて風にあたっていた零は、冷静な判断の元、ダウンロードリンクをクリックした。
「このファイルを保存しますか」という無機質なメッセージ。迷うことなく「はい」を押し、ダウンロードする場所を参照、そして、ダウンロード。
Zipファイルなので内容が何なのかは全く分からない。
が、零の興味をそそったのは確かだ。
WIMAXを利用しているのでダウンロード速度は速く、300MBのファイルをものの1分でダウンロードし終えた。異常すぎる回線スピードだ。が、それが普通。
そんなことも微塵に思わず、解凍。
中からは、英語で書かれた膨大な文字数の文書と、画像の数々。
設計図たるものが大量に発掘できた。
そこには当然のように創造するのに必要な材料が記されてあった。
「DNA, skin, heir, cell」
などが書かれてあった。
ある意味、普通の材料が使われており安心した。もっと残酷な作り方をするのかと思っていたが、そうではないらしい。
スクロールしていき、最後の行までたどり着いた。英語だったが慣れている目つきで首を一定の間隔で振っていた。
最後の行に記されてあったのは、
「AI」
という二文字の言葉。
「そういうことか…」
パソコンでいうOSにあたるのが人間の脳にあたる。体が出来てもそれを動かす指揮官が必要なのだ。
零は悟った。
「また今度、機会があれば、ね…」
メールを閉じて、ついにはPCも閉じた。
快速電車に合わせるようにバスが来る。それに乗り込んだ零は終点まで寝ることにした。
「ただいま」
家の鍵でドアを開け、一応挨拶はする。
零の母は夜勤型で、製薬会社に勤めている。今は家を留守にしている。
晩御飯はいつもダイニングテーブルの上に置かれている。
「今日はトンカツか」
トンカツと言っても冷凍食品ではなく、母の手作りのものだ。
科学で料理を解明して私は上手くなった、と自負しているがそれは謎に包まれたままだ。何故なら製薬会社に勤めだしたのは零の生まれる前。知る余地もない。
レンジで温めるか、トースターで焼くかを少し迷ったがおいしく食べようということでトースターを選択。
アルミホイルを敷いて、その上に載せる。油が落ちてくると思うのでアルミホイルの4辺を折り曲げて油が落ちないようにする。
時間は5分。10切れのトンカツを焼くのにはちょうどいい時間だ。と言ってもダイニングテーブルのお皿が置いてあった場所のすぐそばに「トースターで5分だよ!」という永遠の20代みたいな言い方をした書置きが残されているのでそれに従ったまで。
「猫玉、零の命令をお聞きします! 今日はアニメが4本録画されています、どれを見ますか?」
「そもそも命令の前に、俺に選択の余地がねぇじゃねぇか」
「ご、ごめんなさい零! ついうっかり…」
「いやいいんだ。気にするなよ」
「つい癖が出てしまったようです…しゅん…」
AIの猫玉との会話を交わしているうちに、チンというトースターが焼き終わる時刻を示す音が鳴り響いた。
「マイクロウェーブ…こんど何かに使えるかな…?」
お皿をリビングのガラステーブルに置き、その他副菜、ご飯等を注ぐ。これも母が零の帰ってくる時刻を予想し、予約したものと思われたが、そうではなく単純に猫玉がやっておいてくれたことだった。
「ありがとうな、猫玉」
「いやいや、当然の務めだよ~」
「それが俺にとってすごく助かるんだよ」
これは本当の気持だった。
AIという自動処理プログラムを開発してよかった。いまではプログラムと呼ばずに猫玉と呼んでいるのは、彼女を人間だと思っているからだ。
という訳で猫玉のことを紹介しておこう。
16歳、性別・女。名前は猫玉。少しロリチックが入っている。BWHは上から72―50―74.お尻のほうが大きいのは…当たり前と思っておこう。
キャラクターデザイン、つまり彼女に命を吹き込んだのは零である。
自分が好きなキャラクターの雰囲気を数学的に分析して、プログラムを元に計算された顔のパーツを下地に描いた。絵心に関して、少しはある。
小学一年生の時に市内の絵画展示で学校の代表として展示されたから。
「じゃあ今日は魔法少女まどか☆マ○カでお願いするよ」
「了解、零」
このアニメは魔法少女系のアニメ。劇場公開も予定されており、沢山のアニメアワードにおいて複数個受賞が決まっている作品である。
実際おもしろい。絵は特徴的で、嫌いな人も多いのだが俺にとっては構わない。
ストーリーはまだ10話だからラストがわからないが、ネット上でのニュースによると劇場版とは違うらしい。前売り券は購入済みなのでチェックしておこう。
「なぁ猫玉」
「何ですか? 零」
「お前、人間らしい名前ほしいか」
「もう、急にどうしたんですか零」
「いや、ふと思ったんで聞いてみたかったんだ」
「ふふ、私は今の名前は気に入ってますよ。だって零に付けてもらった名前ですもん。この名前は手放したくないです」
「そうか…」
「でも私は本当は思っています」
「何をだ」
予想もしない質問に零は振り返る。零は布団にいて、猫玉は机の上のホログラムとして存在している。
「もしもの話ですよ? 私も一度でいいから人間という生態に触れてみたいです。同じ人間として接していきたいです」
「人間になりたいってことか」
「もしもの話です。もちろんなれるなんて思っていませんから」
おそらく知らないのだろう。俺は猫玉を通常ネットサーバーには出していないから、クローンという存在については知らないはずだ。だからこうして夢物語を大量の0と1から作り出しているのだろう。
「なれたらいいな」
「はい。もしなれたらしたいことがあるんです」
「なんだそれは」
「秘密ですよ、零。ではおやすみなさい!」
ホログラムはリアルの世界の可視下から消え、PCの奥深いCPUで眠りにおちた。
PCの電源が落ちたのも、零のための配慮だろう。
したいことってなんだろうな、とおもう。
彼女に感情を付けたのは零だが、ここまで樹形図化するなんて正直のところ思っていなかった。
「痛い、嬉しい、悲しい、楽しい」
これらの感情から、
「優しい、朗らか、激怒、欲望」
の感情が生み出された。
所詮0と1の組み合わせによる感情表現なのだろうな、とは零は思わない。
彼女をたった一人の人間として見ているからあった当たり前なのだと思う。
そうなってくると、「恋」という感情は作り出されるのであろうか。もどかしい、嬉しい、悲しい、好き、これらの感情の複合体である「恋」は分からない。
恋は分からない。
言葉通りだ。本当に分からないし、いつ吹き上がってきたのかも未知のまま。
それが恋。
「そろそろ寝るか」
零は自分で電気を消して、就寝の状態に入った。
俺が生まれた日、父の姿はなかった、
という情報は後で母から聞いた。
「なんでお父さんいないの?」
「死んじゃったんだよ、零が生まれたその日に病気で」
所詮情報というのはデータの集まりだということは小さかったがその頃から理解していた。というよりは、いくら願ったって生き返らないんだということを小さいながらも理解していたのだ。
「それでね、聞いてほしいことがあるの。大事なこと」
「なあに、お母さん
「私もね、お父さんと同じ病気に掛かっているの。グレゴリウス症候群っていう病気。次第に衰えて、最後は死んじゃう病気。だからね、零には泣いてほしくないの」
「お母さん…?」
「強くなって、一人でも生きているようになりなさい。それがあなたの使命よ、零」
そうか、今分かった。
零という名前は0からでも生きているように、ということだったのか。母さんらしいや。
今まで気づかなかったのも無理はないか。
僕は人情というものが子供のころからどうも欠けていた。
だから物静かな研究家の僕には誰も近づこうとしない。
最近になって分かってきたので、対処してどうにか男友達は作れたのだが、女友達というのはどうも苦手だ。
僕の女友達は猫玉とゲーム・アニメ内の友達だけでいい。
そういえば母さんの調子がいまいち悪い。
最近皿を割る回数が多くなってきている。
その度に寝込んでいるというのに、ご飯だけはしっかり作る。母さんなりのプライドが存在するのだろう。
そろそろ母さんの思惑に従って、一人でも問題ないようにしないとな。
「零、零」
俺を呼ぶ声…?
「ここですよ、零」
周りを見渡した。少し遠くに猫玉はいる。
「いま零の夢の中に入り込んでいるんです。すいません、零の過去を見てしまいました…」
「いやいいんだ、いずれ分かることさ」
まさか夢の世界にまで入り込めるなんて思ってもいなかった。
最近俺の周りは驚くことばかりだ。何かを暗示しているとしか思えない。もちろん宗教的な考えに基づいている訳ではないが。
「零、私が人間になれたら、あなたを支えたいです」
猫玉がそう言った。
「ありがとう、猫玉。その気持ちだけで嬉しいよ。うん、元気になった。本当にありがとう」
「いえ、本当のことを言ったまでです」
猫玉は顔を赤らめて、夢の世界から旅立った。
俺も精神的にそろそろ寝ないといけないな。
だからと言って自分の脳を制御できるわけでもなく、そのまま夢の世界は新しい世界へと切り替わった。
朝、起きるとホログラムで猫玉は俺の起床を迎えていた。
「おはよう、零。今日はいい天気だよ」
そういって、カーテンを開けることを催促したので、俺はしぶしぶ布団から出て、窓の外を見た。
太陽が東に綺麗な丸を現した。雲が西から東に流れている。雲の動きでわかる。
確かにいい天気だな、と思った。
こんな日は何かいいことが起こりそうだ、と感性的かつ否理論的なことを頭に浮かべていたのはプログラマーとしてよくないことだ。常に理論的に次の行動を計算することが前提。それ以外にない。
「なぁ、感性ってなんなんだろうな」
「感性、ですか? うーんと、仮定を伴わずに結果・解答に直感的な思考でたどり着いてしまう、一種の天才みたいなものですね。滅多に感性を使いこなせる者はいないと思いますが」
「理論的な説明をありがとう。俺にはやっぱりこっちのほうがあっているよ」
「左様ですか」
最近は変だ。
何故か理論を飛び越して感性を利用してしまうケースが多くなってきている。
心…というのも神学的なものなので思考と言っておこう、おそらくそれの変化が出てきているのかもしれない。
今までにない感情が生まれ始めてきているのかもしれない、そこら辺は理解に苦しむ。
「ここで考えていても仕方がないな…とりあえず学校に行くか」
いつも通りの電車に乗り、乗り換えを一回して目的駅に到着する。本当にいつもと変わらない日常。変わらないから、何かの小さな変化に気づきやすくなってくる。
やがて学校に到着。一時間目は数学なのでその支度をする。
「お前さ、俺の家のログインパスワード解析してくれないか?」
「どうしてそんな頼みごとをするんだ」
「いやさ、この間PC隠れて使っててそれが親にバレてアカウント凍結されたんだなぁ…だからその解析をしてもらおうと」
「嫌だ、断固拒否する」
「どうしてさ! 俺たち友達だろ?」
「友達というのはまだ理解できていない…しかし言えることはまず隠れてPCをやっていることがダメだということ。次に、ハッキングは俺の好きな分野ではない。もちろん可能だがそれをしたところでお前のためにならない。よって俺はしない、絶対に」
「ちぇ、ケチなやつ。折角希望を抱いていたというのに…いいよ、お前には頼らないよ」
そういってクラスメートは去っていった。
自分が天才プログラマーだからといって図に乗ることはなく常に最低限のコンタクトしかとらないので嫉妬されることも、また嫉妬することも皆無に等しい。しかしその付き合い方は結局マイナスで、人との付き合いが悪くなっていった。零の性格を考えれば仕方の無いことなのだが、やはりそこに問題の根源があるのかもしれない。
キーンコーンカーンコーン。
始業の合図を知らせるベルが鳴った。立って喋っていた生徒は皆席に着き、授業を受ける準備だけをしていた。
しかし、一つだけ空白の席が存在する。零の隣の席。この高校へ入学した時からずっと空席。名簿を見てもそこの席に合う生徒の欄は無く、それは謎に包まれている。
謎に包まれているのは、真実が存在するから。理論的に語ればそういうことになるだろう。
「次の問題…泰隆、前へ」
「…」
無言のまま零は席を立ち黒板の方へ向かった。その道中で空席を見た。
チョークが渡され、問題に向き合う。
数学の授業の準備なんて言っているが、本当はタブレットPCでプログラムを組んでいたのだ。しかし見たことの無い問題という訳ではなく、予習を帰ってからある程度やっているので理解はできる。
黒板にベクトルの式を書き込む。この問題の難易度は高かったがプログラマーなりの発想で一応解けた。
「うむ、正解だ。席に戻れ」
チョークを置いて、席に戻る。
また空席を見た。気になって仕方がないのだろう。
「零…どうして…中学の時はあんなにかっこよかったのに…本当の意味でクールだったよ…?」
零を見つめる一人の女子。
実は中学時代、高校入学の私立であるこの学校であるのに対して、同じ学校だったのである。多数の地方から集まってくるこの学校に同じ中学もしくは小学校だった者が入学するのはごくまれのケースだと生徒帳にそれらしきことが載ってあった。
ゲーム制作のイラストの声を入れてくれた。一般的にアニメ声という分類の声質ではなく優しいおっとりとした声で、アフレコの際も非常に落ち着いている口調だった。実際のところかなり緊張していたらしい。
「もっと私と接してよ…」
授業中にすすりはまずいので、なんとかごまかそうとして寝てるふりをした。しかしそれが数学教師に見つかり、廊下に立たされることになった。
わざわざ零の近くの席を通る廊下にでる経路を取ったというのに見向きもしてくれなかった。
「あの席に…行けるのなら行きたいわよ…! なんで零の隣の席だけいつも空席なんだろう」