後日談
吉田祐介容疑者は現行犯逮捕された時点で失明していた。宮野透を殺す為に映写窓を割ろうとした時、透が映写機から放った、キセノンランプの高輝度の光をまともに見てしまった為である。
彼には治療の後、刑事裁判が待っている。無罪を主張し続けているが、防犯カメラには彼がシャッターを閉めるところや女性の被害者をトイレに引きずり込むところが映っており、有罪は逃れられないだろう。
一方、吉田容疑者を失明に至らしめた透は不起訴処分となった。正当防衛と認められたのだ。
人びとに夢を与えるべき映写機で一生の怪我を負わせるだなんて映写技師として失格だ、と言い、周りが引き留めるのに見向きもせず、透は映画館を去った。今は知り合いの会社でサラリーマンをしている。
彩乃もまた、バイトを辞めた。劇場に入ると、あの日の恐怖が甦るからだ。
「そういえば何で、犯人が吉田さんだって分かったの?」
映画館に勤めていた時は中々休みの取れなかった土曜の夕方、彩乃は透の家にいた。身を寄せあって、録り溜めしたドラマを見ていた最中、彩乃が思い出したように口を開いた。
今まで彩乃の恐怖心を甦らせぬよう、透は事件の話に触れないようにしていた。それが当の彩乃から話題を振られ少し驚いたものの、すぐに優しく微笑み彩乃の問いに答える。
「実は佳菜子さんから、吉田がホラー映画を観た時言ってた感想が気になった……ってのを聞いていたんだ」
「感想?」
彩乃は首を傾げる。こんな些細な動作も可愛いな、と透は思う。
「そう……死と隣り合わせの状況になった時、ヒロインは身近な存在を頼り、それが恋に発展する――そんな展開が羨ましいって。だから、佳菜子さんと俺は、そういう状況を吉田が作り出そうとしてると踏んだ。どうも奴は彩乃のこと好きだってのも分かってたし」
「え、そうなの? 私全然そんなこと思いもしなかったのに……」
彩乃が目を丸くすると、透は笑った。
「俺はいつも彩乃に近付こうとする危険人物がいないか厳しく見張ってるからね。それに、佳菜子さんも俺に、間違いないから気を付けろって言ってたし」
「佳菜子さんも?」
「ああ。大人のオンナの恋愛絡みの勘は侮れないからなぁ。そもそも彩乃は鈍いし……俺だって色々アピールしてたのに、直球投げるまで気付かなかったろ?」
「……それは私がまだ子供って言いたいの?」
「いや――守り甲斐があるってこと」
透は抱き締めている彩乃の髪に唇を寄せた。なんだかうまく丸め込まれたようで少し納得いかない気分ではあったが、彩乃を守ってくれたのは事実だ。彩乃は素直に感謝した。
「ありがと」
彩乃はそう言い、透の頬にキスを返す。
「……そういえば」
透は突然身体を離した。
「彩乃、あいつに耳を舐められてた……消毒しなきゃいけないな」
「え? …ひゃっ!」
透は彩乃の耳に口付けを落とした。そして初々しい彩乃の反応に笑顔を浮かべ、赤い顔で俯く彼女に甘く囁いた。
「一生かけて、俺が守ってあげるよ――俺の可愛い彩乃」