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男子が苦手な女子vs女子に興味がない男子


 夏の暑い一日だというのに、何で僕はこの女の子だけと一緒に居るのだろう?と言うか、この状況は一体何なのだろうか?これは他の保健体育委員が、何らかの意図でそうしたとしか言い様が無い。どういうつもりだ?あの二人。


 保健室には僕のほかにもう一人、阪本あきらという女の子が居る。休み時間の保健室、僕を見るなり、驚きと恐怖の感情を浮かべて

「あ、頭、い、い痛いです」

と僕に知らせてくれた。普段こういうときだったら、周りに助けてもらいながら対処するのがいいのだが、何しろ今日保体委員で保健室来たの僕だけだから、どうやって対処すればいいのか、しかもよりによってあの阪本だ。

 先生は居ないし、保体委員という事で唯一来れた僕が診てるのだが、阪本は一向に話しかけてこない。何か物を取りに行こうとしても

「私が取る!」

と言い出して聞かない。薬だって、本当は1錠飲むのが適量だって書いてあるのに、慌ててるのか2錠飲んじゃったし。この薬って、眠くなりやすいんだよなぁ。

 ベッドの用意も僕がするのを見て

「私がやるから下がってて!」

と言われた上、何だかえらい剣幕だったから、引き下がってしまった。ベッドで横になるときも無言のプレッシャーをかけて「私は寝るんだけど、何見てるの?」と言いそうな表情で僕を睨んでた。体調が悪いから安静にするべきなのにね。


 まぁ、こんな事になるのも無理はない。阪本は元々大人しい性格の上に「男性恐怖症」だとも言われてる。家族が、特に父親が厳格な性格で、それが原因で男の人は怖いと意識づけられてしまったようだ。正直僕でもどうやって接したらいいかわからない。下手に近づいたら、殴ってきたり、物を投げつけたりするだろうから、一言で言ってしまえば、戦々恐々としてる。

 以前から、阪本狂暴伝説は噂に聞き、この眼で見ている。昨日も、わざと阪本に触った男子生徒が、阪本の叫び声の後、思いっきり顔面パンチをお見舞いされた。なぜか周りで男子が

「さよならー!来世で会おうなー!」

と叫んでるのも聞こえた。

数分後、その男子生徒は意識を取り戻したが、阪本に殴られた記憶が無いと言っていた。相当強いんだろうな、阪本の打撃攻撃は。

 こんな調子で大丈夫だろうか?頼むから、早く休み時間終わって!!そして保健室の赤崎峯子先生早く帰ってきてー!



 何で保体委員男子なのよ!私体調崩してると言うのに、男子苦手なの他のクラスだって分かってるでしょ!女子につきっきりで診てもらいたかったのに!赤崎先生もどうしていないのよ!いや、赤崎先生のせいにしても仕方ないかぁ。

 風邪で休んでるナナちゃん(相坂菜々)はともかく、かなちゃん(原加奈子)と森嶋さん(森嶋真帆)(3人とも智彦のクラスメイトであり、保体委員)がいないなんて!治ったら文句言わなきゃ!赤崎先生に「かなちゃんと森嶋さんサボってました!」って言おう。


 と言うか、この保体委員知ってる。同じクラスの松本智彦くんだわ。この人、何を話したって車やカーレースの事を話してしまうって、かなちゃんが言ってた。どのみち私は、車になんか興味無いんだけど、と言うより話しかけて欲しくないな。車の話についていけないというより、とにかく男の人に話しかけられること自体が恐怖でしかないのよ!最近は何とか慣れたけど、何かされる、私を襲うんじゃないかと思うと、安心して振り向けないわ。

 何で私、男の人苦手になっちゃったんだろう。一番に考えられるのが、パパの影響かな。どうもほかの家庭のパパと比べても、家のパパは娘に厳しすぎというべきか、パパの理想像から外れるとすぐ怒るんだから。色々考えて、思い起こしてみても、どうも他のパパとはまったく違う気がしてならない。もう、正直に言うけど、異常よ。寛容なパパだったらもっと良かったのになぁ!


 そういえば松本くん、私が男子苦手なのを気にしてないのか、平然と私に話しかけてくるわね。優しい人なんだろうけど、松本くんだって男の子なのよ。何をされるかわからないから、水を取ろうとしても「私が取る!」って言っちゃうのよね。

「安静にしてないと、放課後になっても頭痛続いちゃうよ!」

とは言われたけど、確かにそうなんだろうけど、余計なお世話よね。そこまで言われなくたって、寝たら治るんだから、それでいいのに。


 松本くんはよく「絶世の美女よりも、絶景のモンテカルロ、モナコグランプリ!(モナコってどこ?)」と豪語するぐらい、女の子よりもレースの事で頭いっぱいなのよね。それでも私には、松本くんのこと信用出来なくて、頭痛いのに、ベッド自分で用意しちゃったし。もちろん松本くんがベッドの用意をしようとしたところ制して、全部私がしたんだけどね。そんな私を見て、松本くんはからかい半分か、心配してか

「本当に頭痛いの?」

とか言うし。確かに自分でベッド用意できるのに寝ちゃうだなんで、仮病使ってズル休みしてるようにしか見えないわよね。

 あー、眠くなってきた。さっき松本くんが

「その薬、12歳未満は1錠だけだよー!」

と言ってたのが、今になって私が焦った事で後悔するとは。冷静に松本君の忠告を聞くべきだったわ。あー意識が遠のいていく…



 何もかも自分でやらないと気が済まない性格なのか、僕の保体委員の仕事を随分と省いてくれた。


 そして今は、ベッドの上で熟睡してる。あれだけ

「私がやるから!」

とか喚いてたのに、よく頭痛だと言い切れるね。その騒ぎが嘘の様に今は静か。

頭痛い時って、意外とよく寝れるんだよなぁ。カーテンで囲いを作っておこう。どんな寝顔してるんだろう?阪本は。


 あれっ!?阪本ってこんなに可愛かったっけ?何で僕、阪本を見てちょっとときめいてるんだろう?こんな美少女、うちのクラスにいたんだなぁ。

 僕が知ってる阪本と言えば、大人しい性格の為、あまり表情を表に出さず、いつ見ても無愛想にしてる印象を受ける。しかし、今の彼女の寝顔は、何だか幸せそうな、微笑ましい顔で寝てる。もう夢見始めたのかな?今の今迄、厄介なのが来たな、なんて思ってたのに。


 そういえば阪本って、クラスの女子の間でも人気があるんだっけな。彼女達の話によると、黒のロングヘアーはいつもサラサラして、小顔で赤いふちの眼鏡をかけてる。目もパチッとした感じの大きさが印象的。つぶらな瞳がきれいとも言う女の子もいた。かつて阪本の唇にタッチしたことがある女子は

「女の子だと分かってもキスしたくなっちゃう」

ぐらいやわらかいと話していた。ふーん。あきらちゃん、皆に愛されてるのかもね。


 顔のパーツだけでも女子が憧れるところ満載なのに、身体つきもよいときた。小5にしてはかなりのメリハリボディだと聞いた事がある。あまりはっきり見てないけど、水泳の授業で阪本の水着姿を見た事がある。他の女子と比べても、やけに大人びた体格をしてるなぁという印象が僕にも残ってる。たまに

「阪本さん!」

と言って胸をつつく子もいる。そのときの阪本、決して嫌な顔はしてないんだよなぁ。

 性格難や男性恐怖症が無ければ、売れっ子の子役になってたかもしれないねぇ。そのまま女優になってるかどうかはともかくだけど。


 そう思いながらも、時計を見るとそろそろ5時間目、算数の授業が始まる時間になった。授業に遅れるといけないので、このあと帰ってくるであろう保健室の先生に

「5-2 #12 阪本あきらさん 頭痛により①のベッドで寝てます。起こさないようにお願いします。」

とメモ書きし、先生のデスクの上に置いて保健室を後にした。



 私は夢を見ていた。


 夢の中、私は体育の時間で50m走をしていた。順調なスタートダッシュを決め、私と一緒に走った他の女子よりも早く、このまま行けば自己ベスト更新すると思った。ところがゴールまであと10mのところで、ど派手に転倒。あまりの痛さに泣きそうになったが堪えて、足を引きずりながらゴールした。


 ゴール後に膝の傷口を見ると、酷い擦り傷になっていて血も流れていた。慌てて保体委員を呼んだ。歩くとかなりの激痛が走るので、かなちゃんと森嶋さんに私の両肩を担いでもらいながら、保健室に向かった。

 別に意識はしてなかったけど、松本くんがいないのが気になった。と思ったら、目の前にいた。私をじーっと見てる!やめて!そんなに見ないで!こういうの確か「しかん」と言うんだっけ?

「えーっと、左膝に擦り傷、相当なダメージ。流血してる。両肘にも擦り傷あり。右に流血あり。かなちゃん、森嶋さん、僕先に保健室行って先生に報告してくる!」


 あれっ?私とした事が「松本くんに体もてあそばれる!」と思ったんだけど、予想に反して私を助けてくれるように動いていた。私達が保健室に着くと、保険室の先生が応急処置を施してくれた。傷口を消毒をした後、ガーゼをテープでとめた。手慣れた感がある様子だった。今の動作を5分ぐらいで終わらせたので、すぐに授業に復帰できるかと思った。しかし、さっきの転倒で膝を激しく打ちつけちゃったために、まだ痛みが走った。前に転びそうになった。


 また倒れる!と思ったら、誰かに抱きかかえられた。やさしいなぁ、こんな事してくれるなんて。と思ったら

「大丈夫?」

と声をかけられたのでそっちの方向に向いてみた。そこには松本くんの顔があった。しかも、私を抱きかかえてる!ぜ、絶叫しそう!だけど、私の意に反して言ったのは

「ありが…と…う……」

ぎこちない感じのカタコトな言葉になっちゃった。


 後は何も覚えてなくて、気がついたら夢から覚めてた。何と言う夢みてたんだろう。変な興奮と、男の人に抱きかかえられた事が、(夢の中の出来事なのに)信じられなくて、頭が混乱しそうだった。時計を見たら、もう6時間目が終わってた。



 帰りの号令がかかったあと、僕とかなちゃんと森嶋さんの3人で保健室に向かった。本当はもう一人、ナナちゃんが保体委員にいるんだが、珍しく風邪を引いて休んでいた。阪本のランドセルなどの私物は彼女らに持たせ、僕はその二人のランドセルを持っている。森嶋さん曰く

「あなたのためだから…」

との事。多分僕にトレーニングとして持たせたかったのだろう。


 保健室に入ると、既に阪本が待ち構えていた。もう元気になったのか?ベッドを自分で片付けたみたいだ。かなちゃんと森嶋さんに声をかけたのはまだ良かったが、僕を呼びかける時

「ま、ま、ま、ま、つ、も、も、と、と、く、く、ん…」

何だかぎこちない感じで僕の事を呼んでいた。何でだ?阪本が寝てる間に見たであろう夢の中で、僕は何をしたんだ?取り敢えず阪本が話しやすいように僕は保健室の外に出た。


 数分後にかなちゃんと森嶋さんが僕のところに来た。森嶋さんはいつも通りの暗い声で事情を説明した。

「阪本さん、夢の中で松本くんが出てた話を、顔を真っ赤にして話してた…」

森嶋さんはいつも無口だから、話す時もよく耳をすませないと聞き取りにくい。

「夢の中で松本くん、阪本さんのこと「しかん」してたみたい…」「

「しかん」というのは、相手をいやらしい目で見つめる「視姦」のこと?」

「そう…」

「ふーん。松本くん、やっぱり阪本さんをそんな目で見てたんだ。」

かなちゃんが茶々を入れる。

「夢の中の僕だから何も言い返せねぇ。」

まあ、いつもの調子でかなちゃんなりにからかってるだけだ。日常茶飯事だし、特に気にすることは無い。


 また森嶋さんが話を続ける。

「それから松本くん、阪本さんを抱いてた。」

「えっ、僕が!?」

「えー!!あの阪本さんが松本くんによって大人の女になったのねー!!

「何でそうなるんだ!」かなちゃん想像力良すぎだ!



 もぉ!かなちゃんったら、保健室にも声響いてるよ!きっと森嶋さんが私の夢の話のどこかを省いて伝えてるのだろうけど。


 でもあの時は、妙にドキドキしたなぁ。私って、男の子とは会話出来ないし、ましてやボディタッチをされたら、なにふりかまわずその人をボコボコにしちゃうし。なのにあの時、夢の中の私は松本くんに抱きしめられても、何も抵抗しなかった。私って、男の人に好かれたい願望があるのかなぁ。


 って、何考えてるのよ!私ったら!そんなわけないでしょ!だって私、男の人怖いもん。担当の先生すら怖気づいた話し方になっちゃうもん。まぁ、担任の先生は私が男性恐怖症なのを知って、どんなミスしても怒ったり叱ったりしないから、そこはちょっと助かってるんだけど。

 松本くんだって男の子だもの。きっと私の寝顔を見て、可愛いなぁ、なんて思ってたり、絶対に口に出して言えない辱めとかしたいでしょうに。

「きゃあーー!!」


「どうしたの?阪本さん?」かなちゃんが先に入って来た。松本くんは?いた。森嶋さんの後ろに隠れてたのがチラッと見えた。

「いや、何でもない///。何でもないの///。」

「とか言って、阪本さん顔が赤いぞ~。」

「赤くなんか…あれっ?なってる。」

保健室にある鏡で自分の顔を見た。恥ずかしい時って、人間ここ迄顔が赤くなるんだ。


「やっぱり松本くんのこと考えてたんでしょ?」

「うっ…そ、そうだよ。きっと私のこと見て可愛いなんて思ったりするかなぁと思ったのよ!」

ああ、言っちゃった。ずっと黙っとこうと思ったのに。


「僕は、女の子を見て可愛いなと思ったことはあまりないよ。と言うよりも、人に言われないと可愛さに気づかないんだ。けど、昼休み終わる前に、阪本の寝顔をチラッと見ちゃったんだ。」

「で、どうだったの?私の寝顔。」

「今まで気づかなかったけど、阪本って可愛かったんだなぁって思ったよ」



 僕は何も嘘ついてない。多分、生まれて初めて女の子を見て可愛いな、と思えた。けど一目惚れとは多分違う感覚だと思う。


 自分で言う事じゃないけど、僕は嘘をつくのが苦手で、嘘をつくとよく

「顔に出てるよ!」

と言われてばれてしまう。だからポーカーフェースもよく負けるし、言う事何でも正直にしなきゃならない。


「ほぉ~、阪本さんの事、もしかして好きなの?」

さぁ、かなちゃんの冷やかしが始まるぞ。

「うーん、好きとは違うね。」

「はっきり言うね。表情変えずに言うあたり本当だね。じゃあ、そろそろ松本くんの本音を探ってみますか!これから私の言う事に「はい」で答えてね。」

「はい」

かなちゃん、何の探りを入れる気だ?

「正直、私にこうして弄られてるのが好きだ。」

「はイ」

あっ、僕の顔引きつった。今の質問は僕にマゾっ気があるかの質問だろうな。

「あっ、やっぱり。何か心苦しいけど、続けるね。」

かなちゃんの表情が曇ってる。もう弄って欲しくないと察したのだろう。しかし質問は続いた。


「今度は阪本さんに関する質問よ。」

しかしすぐ表情が切り替わった。目が笑ってる。正直恐ろしい。

「はい」

ちらっと阪本に目をやると、表情を察して欲しくないのか、うつむいていた。たぶん、自分のことが質問に上がって照れてるのかもしれない。

「正直、阪本さんのほっぺにキスしたくてたまらない。」

「ちょ、ちょっと!」

阪本が慌ててるが僕は構わずに答えた。

「はぁい。」

あっ、もうこの声だけでばれただろう。

「えっ?したくないの?」

「はい。」

今度はまともな声だ。

「だって、阪本さん。よかったね。」

「別に残念じゃないよぉ!私が男の子苦手なの分かってそう答えたんでしょ?」

「それもあるよ。ほっぺでも無理やりキスしたらセクハラになるからね。」

阪本からの質問だ。「はい」で答えなくてもよい。僕なりに阪本の気持ちを察しての返答だったと思う。

「ほぉ、まともな意見ね。じゃっ、私からの質問は以上!」

終わったか。よしっ!


「待って、僕から質問していい?」

「えっ?いいけど。」

よくも僕を弄んでくれたな!その返り討ちをしてやるぞ!

「僕の質問に「はい」で答えてね。」

「はーい」

随分とノリがいいな。

「ズバリ、井藤剛史くん(今保健室にいる4人全員のクラスメイトにして、原加奈子の幼馴染)のことが好きだ。」

「わぁぁぁぁぁ!!何言ってるのよ!!」

かなちゃんを除いて、みんなで笑った。森嶋さんかハイタッチのポーズをとったので、僕も乗った。森嶋さんは普段無表情だが、珍しく笑みを浮かべてる。多分「ナイスリベンジ」と心の中で思ってるのだろう。



 かなちゃんの反応は面白かった!かなちゃんに弄られた男子が反撃する時に、必ず剛史くんの名前を出すんだけど、かなちゃんはいつも顔真っ赤にして恥ずかしがるんだから。そんなに否定するくらいなら、何でそこまで恥ずかしがるの?と言いたくなるわ。だから思わず、私もかなちゃん弄りに加わってこう言った。


「かなちゃん、顔真っ赤よ!」

 さっきかなちゃんが私に言った言葉を言い返した。

「なってなんかないわよ!」

「そこまで言うなら、鏡の前に立って見なさいよ。」

「あっ、赤い。でっ、でも違うの!恥ずかしさからくるようなものじゃないし、井藤くんの事なんでこれっぽっちも思ってないんだから!」

「じゃあどうして顔が赤いの?」

「こっ、これは、私だって知らないわよ!なぜか無表情の時だって赤くなるんだもの!」

 きっと嘘でしょうね。かなちゃんが顔真っ赤になる時って、井藤くんの話が出た時になるもの。何だか、こうして人を弄るのって楽しいな。今まで私はこんなに人のこと弄る事なかったのに。


 あれっ?さっきから視線を感じる。誰に見られてるんだろう?笑いながら保体委員3人の様子を伺う。かなちゃんは、もう視線を感じる前から見てる。森嶋さんはかなちゃんを見てるし。なーんだ、私の単なる思い違いか。

んっ?もう一人いるよね?保体委員。確か松本くんは…


チラっ(松本が笑いながら阪本に視線を送っていた)


 あっ!

「松本くん、何で私を見てるのよ!」

今度は私が松本くんを弄る番よ!

「今度は決定的瞬間ね!」

かなちゃんも便乗した。ところが、松本くんの返しは意外なものだった。

「あぁ、阪本も心の底から笑う時もあるんだなって感心しちゃった。」

思いもしない返しだった。

「そ、そりゃ私だって笑うよ!それに、感心したなんて違うでしょ?本当は私を本気でしかんしてたんでしょ?」

松本くん、本音を言うならこれがラストチャンスよ!嘘つくようなことがあったらもう許さないんだから!

「いや、僕が知ってる阪本って、愛想が無いと言うか、女子の中にあってもあまり表情変えないから、あまりいい人には見えないんだ。だけど、阪本を改めて見たら、この子って女子の中でも可愛いんじゃないかなって思えてきたんだ。視姦してたのは否定するよ。いやらしい目で見られたら僕だって嫌だもん。」

 言ってることがめちゃめちゃよ!!誰が松本くんをしかんするのよ!!可笑しくなった。こうなると私もあの質問に乗っかりたくなった。

「じゃあ松本くん!私の質問に「はい」で答えて!」

「えーまたやるのー?」

「返事は?」

「はい。」

おっほっほぉー、懲りてきてるな。


 明日は水泳の授業。そういえばとある男子が

「女子の水着姿見れるから、年がら年中水泳の授業やって欲しいんだけどなぁ」

と言ってたのを思い出した。そこで私が考えたのが…

「質問よ!明日の水泳の授業、私の水着姿が見れると思うとワクワクしてる!」

あー、恥ずかしい!!私って、もう自分で何言ってるのか分からなくなっちゃった!



 余計に面倒臭いことになっちゃったなぁ。ちょこっとだけ阪本に感心示して見ただけなのに、視姦したと間違われるだなんて。怖いなぁ、女子って。


 それで、またかなちゃんがやった質問を阪本がしてくるし。もういいでしょ。だけど今日はスイミングスクールの日じゃないんだよなぁ。

 女の子の会話に加わったら、夏季の下校時間にあたる5時半まで続いちゃいそうだ。何も対処する手立てが無いので、今はこの場をやり過ごすことに専念しよう。

 僕は阪本を視姦してるなんて否定したつもりで言ったけど、何だか口がうまく回らなかったせいで、余計に怪しまれてしまった。とにかく僕の本音を全部言おう。嘘ついたら顔に出るし、普通に話せら大丈夫でしょ。さぁ阪本、どんな質問してくる?


「質問よ!明日の水泳の授業、私の水着姿が見れると思うとワクワクしてる!」

へっ?何だその質問か。

「はい」

あらっ?顔引きつらなかったし、声色も変わってない。本当は全然期待してないのに!

「あっしてる!松本くんも期待してるんだ!!顔に出てないよ、嘘ついた時の表情出てなかったもん!」

 かなちゃんにはそう見えたのだろう。正直、何で嘘ついたのに僕のどこも変わらなかったのか、理解出来ない。

 スクール水着はスイミングスクールでも女子が着てるのをよく見るから見慣れてるし、特に興奮を覚える要素があるとは僕には思えない。先週も阪本の水着姿は見たけど、特に何も感じなかった。


「とうとう松本くんの本性が露わになったわね!今まで女の子に興味が無いフリしてた松本くんが、本当は女の子が好きで堪らなかったと!そしてその標的に、男子が苦手な阪本さん!肉食系にも程があるでしょうが!!」

かなちゃんに変なツッコミされた。


 肉食系?確かナンパばかりしてる兄を持つ女子の会話によると、男性の中に恋に奥手な人を「草食系男子」と呼び、逆に積極的な人を「肉食系男子」と言うらしい。しかもその女子の兄は、ナンパで8人ぐらい彼女をゲットしたとか。しかもこの間はそのうちの5人で家に上がり込んできたとのこと。それを聞いて他の女子が「あなたのお兄ちゃん、超肉食系だね。」と言われる始末。大人って分からないな。



 やっぱり松本くんも男の子なんだなぁ。表情一つ変えず、私の水着姿を楽しみにしてる、なんて意思を示したし。怖い。男の子って怖い。考えてる事が不純なのよっ!はぁーっ。どうやったって男の人に抵抗持っちゃうなぁ。松本くんだっていくら女子に興味が無いとはいえ…(松本に視線を送る)


 あれっ?今の松本くんの眼差し。しかんしてると言うより、私の事優しく見つめてたような目をしてた。今まで私を見る男の人の視線って、どうもいやらしい事考えてるような目をしてたなぁ。やっぱり、胸が大きいからかな?それとも、私は自覚してないけど、可愛すぎるのかな?女子から言われると嬉しいのに、男子に言われると、どこかひわいな感情があるような気がして喜べない。

 ちょっと待って、私!松本くんも男子なのよ!分かってるの!だけど、他の男子と違って、こう、いつくしみを持ってるような、今の目は絶対に私でいやらしい事考えてない目をしてた。もしかして私って、今まで男の人に偏見を持ってたのかな?何だか、松本くんの事、好きになっちゃいそう。


「さぁ!2問目はどうする?阪本さん。」

「かなちゃん、ちょっと待って。」

 男の人にはまだ怖さはあるけど、私の意思で松本くんのところに歩み寄った。こんな事、物心がついてから一回もやった事無い。男の人が怖くて近づけなかった。そんな私が、勇気を出して男の人に近づいてる。

 どうしよう。松本くんに近づくたびに、ドキドキしてきた。憧れの人に近づいてると言うより、この後何をされるか分からない、そんな恐怖心がそうさせてるのかも。怖いなぁ。でも引き返したくないなぁ。そうして、私は松本くんの目の前に立った。あれっ?他の男子と違って、何だか親しみやすさを感じる。なんでだろ?

「ねぇ、次の質問はないの?」

「うん。私の水着姿を楽しみにしてるのは本当かなんて、もう私にはいいの。」

「いやー。でも、あの時は…」

「いいの。もう気にしなくても。と言うか忘れて。」

「う、うん。」

「それから、私のお願いも聞いてもらいたいんだけど…」

「いいよ。なんでも言って。」

「…その…てを…」

「てを?」

「まつ…もと…くんの…」

 緊張のあまり言いたい事が定まらなかった。でも、言わなきゃ伝わらない。私は腹を決めて言った。

「松本くんの手、握ってもいいですか?」

勢いよく言えた。私が今までしゃべった中でも、きっと一番緊張してたかもしれないけど、なんとか噛まずに話せた。でも反応が怖い。なんて言われるんだろう。

「い、いいよ。僕の手で事足りるのなら…」

松本くんは、すっと右手を差し出した。今の私には、松本くんの一つ一つの動作が、何と言うかカッコ良く見える。


松本くんが差し出してくれた右手を、私は両手で握りしめた。初めて男の子の手に触った。



「松本くんの手、握ってもいいですか?」

質問の代わりに阪本はこう言った。つまり、握手してって事だよな。僕の手はそれぐらいの価値があるのかなぁ?


 ギャラクシースターズ(松本が小学生の頃に流行ってた男性アイドルユニット)の握手会なら、朝から晩まで行列が絶えず続いて、ファンの中には嬉しさのあまり号泣する人もいる。何だかんだで、アイドルは大変だなぁとつくづく思う。


 けれども僕はアイドルでもなければ、学校一のイケメンでもない。ちょっと気になる事と言ったら、5年2組が休み時間の保健室を担当してる時、明らかに女子の入りが多いんだよなぁ。下級生から絶大な支持があるとの噂は聞いた。僕って、女子にモテる要素はあるのかなぁ?


 僕は右手を差し出した。

「やっぱり松本くんなら乗っかると思った!私の冗談に(笑)!」

なんて言われるだろうと思った。まぁ、それはそれで面白いからいいんだが。

 ところが、阪本は両手で僕の右手を握り締めてくれた。あっ、女の子の手って、やわらかくてすべすべしてるんだ。僕の手とは違って。手のひら同士合わせたら、間違いなく僕の方が大きな手をしてる。そんな阪本の小さい手が、僕の親指、人差し指、各々の指を優しく握ってる。

 今迄阪本の指しか見てなかったけど、ちょっと視線を上げると、阪本がうっとりした表情になってるのが見えた。こんなに幸せそうな顔されたら、声かけるのが勿体無くなるなぁ。嬉しいのやら、恥ずかしいのやら、僕はよく分からない感情になったけど、阪本が幸せなら、素直に喜んでもいいのかも。


 阪本の手が止まった。何をするんだろうか?と思った次の瞬間。僕の手が阪本の頬にあった。それでそのまま頬ずりを始めた。わぁ、阪本のほっぺって、ツルツルしてるんだな。使われてる側の僕なのに、気持ち良く感じてしまう。

 時々、阪本の唇が親指の付け根に当たったりする。女子からも「阪本さんの体の好きな部位トップ3」に入ると人気の唇。一回だけ唇の半分が僕の手に当たったりした。あぁ、この唇か。一瞬だったけど、本当にやわらかかったな。僕はそういう気にならなかったけど、女子がキスしたくなる理由か何となくわかった。

阪本はそれでもお構いなしだった。僕は思わず吐息が出た。その時阪本が小声で

「優しい手。いつか、この手に抱かれたいなぁ。松本くん、お願いね。」

と言ってきた。いきなりのお願いに戸惑ったなぁ。

「いいよ。」

としか答えられず、もう頭が真っ白になりそうだった。


 その時ふと、阪本の後ろに目をやったら、赤面しながら見つめる森嶋さんと、ニヤリと笑ってるかなちゃんと、指をくわえながら見つめる1年生の女の子がいた。びっくりした!いつの間に入ったんだ?

「どうしたの、松本くん?急にびっくりして。」

「ねぇ。お楽しみのところ悪いんだけど、後ろでかなちゃんと森嶋さん、あと1年生の女の子が見てるよ。」

 名残惜しそうに手を離すと、かなちゃん達の方を向いた。次の瞬間、阪本の肩がビクってなった。どうやら1年生女子の姿を認めたようだ。



 きゃあー!私とした事が、松本くんの手を握るのに夢中になりすぎて、後ろに1年生がいるの気がつかなかったなんて!!そうだ、ここは保健室だもの!松本くん、かなちゃん、森嶋さんの他にもいろんな人がここに来るんだ。その事すっかり忘れてたー!何とかこの場をごまかさないと、そこの小さい子に悪影響になっちゃうわ!


「ど、ど、ど、どうしたの?」

「あのね、ひかるゆびけがしちゃったの。」

 あらー、確かに左の人差し指から血が出てる。切り傷かな?でもあまり人の血液は触れたくないなぁ。あっ、そうだ!

「松本くん、この子診てあげて!」

困った時の松本くん!みたいな感じで彼に助け船を出した。「最後まで面倒見てやれよぉ。」と言いたげな松本くんの顔が一瞬見えたが、ここは保体委員の仕事なので、松本くんに1年生女子の手当てを施してあげた。


「いたーい!!いたいよ!!お兄ちゃん!!」

「大丈夫だよ。我慢してね。」

 黄色の消毒液を浸した綿を使い、丁寧に傷口の消毒をする。

 スケールは小さくとも、さっき私が見た夢に出てきた保健室の先生みたいに手際がいい。なんだか、いつもやり慣れてる感がある。


 あとは絆創膏を貼って、ひとまず手当ては終わった。この子って、消毒されてる間、叫びはしたけど泣かなかったわね。えらいなぁ。

「はい、絆創膏貼ったからね。」

「わぁ、ありがとう!ともひこお兄ちゃん!ところで、ひかるさっき見ちゃったんだけど、そこのおねえさんとさっきなにやってたの?」

 あっ!やっぱり見てたんだ!!どうしよー。本当の事言っちゃったらこの子が妬いちゃうかも…


 こういう時って、松本くんは正直に話しちゃうから、私が何とかしてごまかさないと。

「えーっとね、おねえさんはさっき…マッサージしてたの!」

焦って出た答えがこれだった。握るというより、確かにさっきのはハンドマッサージに近かったから、なんとかつじつまの合う嘘だと思う。

「何で?ともひこお兄ちゃん手が痛かったの?」

 今度は松本くんに聞いた。嘘だろうとなんだろうと「はい」で答えるのよ!松本くん!

「そうだね。握ったり、とじ、開いたりする動作をする時、手の甲のココ(小指の付け根から2~3cm離れたところ)と手のひらの同じようなところが痛かったから…あの…さか…そう、あきらおねえちゃんに手をマッサージしてもらったの!」

このセリフ、私らと同じ学年の子が聞いたら、確実に嘘ついてると思われるわね。それにしても「あきらおねえちゃん」だなんて。今まで私を呼び捨てしてたのに、いきなりそう呼ばれると照れるわね。

「ふぅん。そうなんだ。あきらおねえちゃんっていうんだ。」

どうやら今日の嘘は通用したみたい。

「あきらおねえちゃん、ともひこお兄ちゃんの手を治してくれてありがとう。」

 お礼言われちゃったよ。微妙にだけど罪悪感を覚えてしまった。ひかるちゃんって律儀な子だなぁ。



 なんとか、ひかるちゃんにはごまかす事ができたみたいだな。僕の嘘でも通用する相手もいたんだ。と言うより、うまい嘘がつけた阪本を褒めてあげた方がいいかも。僕だったらこんな嘘つけないもんなぁ。ひかるちゃんが保健室を去ってから大体1分ぐらいして…

「阪本、ありがとな。いいフォローだったよ。」

「ど…とういたしまして…。」

 何だか嬉しかったのか、自然と阪本の顔が赤くなっていた。


「ハンドマッサージですかぁ。そうだったんだぁ、あの時阪本さんは、松本くんの手をマッサージしてたんだぁ。」

「その割には、阪本さんの後ろ姿が嬉しそうに見えた…。」

 一難去ってまた一難と言うところか、かなちゃんと森嶋さんが阪本を冷やかしてきた。

「阪本、正直に言ってもいいんだよ。」

 よくないタイミングで思わず僕はそう言ってしまった。阪本からしたら便乗したように聞こえただろう。さて、阪本は次に何を言い出すんだろう?

「うっ…ん…。そっ、そうよ。嬉しかったわよ、松本くんの手を握れて。」

「それでどうだったの?」

「…よかった。」

 このガールズトーク、僕は加わっても良いのか迷った。阪本の顔、恥じらい方が妙にセクシーな印象を受けた。小学生とはとても思えなかった。更に阪本は続けた。

「今迄、松本くんもいわゆる男の子だから、きっと私を見て、変な興奮をしてたんじゃないかなって思ったのよ。でも、松本くんを弄ってる途中、急に松本くんが優しい人に見えてきたの。まだその時も男の人って怖いな、って思ったけど、勇気出して松本くんに近づいたの。手を握って欲しかったのは、私はもう松本くんに対して恐怖心は無いかを確かめたいのと、あと…憧れの感情が出たから。」

 えっ?僕に憧れるようになった?男子ならともかく、女子にそう言われるとは思わなかった。でも、どんなところに憧れたのか、僕には分からない。そんな要素なんて持ってるはずがないのに。

「松本くんに憧れたんだぁ。」

 僕が言う前にかなちゃんに先を取られた。

「それで、どんなところが?」

 僕も気になる。

「あっ、あの…松本くんは…」

 僕を見ながら話してる。ヤバい、こっちまで緊張してきた。

「やっぱり、優しいところ。行動に移すのはもちろん、雰囲気まで優しい人に見えるの。」

「なるほど、言われてみれば…」

女子3人僕を見てきた。僕に優しい人に見える雰囲気があるかな?もしあるのだとしたら、フェロモンみたいに本人には分からないものかも。

「松本くんはやさしいなぁ…」森嶋さんがボソッと言った。けど、ちょっとだけいい笑顔だった。

「松本くんはやさしいなぁ…」またウットリした表情で、阪本はそう言った。

「松本くんはやらしいなぁ…」

「えっ!?」3人揃ってかなちゃんを向いた。

「あっ、ごめんごめん!やさしいだった。私ったら、肝心なところで噛んじゃうなぁ。」

 「優しい」と「(い)やらしい」はえらく意味が違うぞ、かなちゃん。まぁ、ともかく、女子3人から「優しい人」のお墨付きを貰えたのは誇りに思える事だ。きっと他の男子にも自慢してもいいのかもしれない。まぁ、言わないでおくけど。


「みんなお疲れ様。今日は帰ってもいいわよ。」保健室の先生が帰ってきた。このタイミングで僕達の保体委員の一日の仕事は終わりだ。

「あら、阪本さん、頭痛は治りましたか?」

「はい、治りました。その分の授業休んだ埋め合わせをしなければならないですけど。」

「まぁ、確かにね。んっ?阪本さん?阪本さんだよね?」

「はい?」

「あなた、この間と比べて随分と人が変わりましたね。何かあったのですか?」

「あ…いや…」言えないだろうな。今迄男子苦手だった阪本が「初めて男の子に触りました!」なんて。さかも…と…


(松本と阪本の視線が合った。)


「んっ?松本くん。阪本さんに何かしたんじゃないでしょうね?」

「い、いや、僕は何も…」

「嘘おっしゃい。あなたの嘘は見え見えなのよ。仕草といい、口調といい」だよな。自覚してるし言い返す言葉もない。

「えっと、じゃあ、本当の事言った方がいいですか?」

「そりゃそうよ。いいでしょ?私も知りたいんだもの。」

うわぁ~、阪本、いいのか?あのエピソード言っても。阪本は何だか照れてて物言えそうにないし。じゃあ僕が言おう。

「えっとですね。阪本さんは…」

「私、松本くんの手を握りました!」



「私、松本くんの手を握りました!」

あぁ、また言っちゃった。秘密にしておきたかったのに。

「まぁ!凄い進歩じゃないですか。阪本さんは数年前、男の子に手をタッチされた時、身体中が痒くなって、保健室まで駆け込んで来たのですから。」

「あの男子は何だか苦手で、それ以降、男子に触ったらじんましんが出ちゃうと信じてたんです。」

「そんな阪本さんが、松本くんに、きっと特別な手当をしてくれたのでしょうね。男性恐怖症を克服できたのだもの。」

「多分松本くんだけは克服できたと思うんです。他の男子はまだちょっと…」

 松本くんの言うとおり、私は正直に、保健室での出来事を話した。松本くんのおかげで、言いたい事を言い出せないでいた自分は、もう消えていた。

「でも先生、この事は内密にお願いします。もしかするとクラスの男子が松本くんに嫉妬しちゃいそうなので…」

「分かりました。いいですよ。」

 先生は笑顔でそう言うと、私達を校門まで見送ってくれた。

「「「「先生、さよなら、また明日~!」」」」


 帰り道。初めて気付いたんだけど、私とかなちゃん、森嶋さん、それに松本くんは皆同じルートをたどって行くのね。それにしても、こんなところをクラスの、または同学年の子に見られたら、何て誤解されるんだろう。多分「松本くん、帰り道で女の子達と嬉しそうに帰ってた。松本くんは本当は女子大好きなんだな。」

とか、そう言われるのかな?

「ねえ、阪本…さん。」

あっ、私への呼び捨てやめたんだ。でも私は、あだ名で呼んで欲しいんだけどなぁ。

「今までさ、阪本さんの事「阪本」って呼んでたけど、何かそれって失礼な気がしてきたんだ。これから、阪本さんって呼んでいい?」

「私は気にしてないけど、できればあだ名で呼んで欲しいな。「阪本さん」じゃなくて。」

「そっか。普段どう呼ばれてるの?」

「えーとね、一番多いのは「あきらちゃん」かな?」

「私も呼んでるよ!あきらちゃん!」

「あきらちゃん…」

 うそぉー。かなちゃんも森嶋さんも、さっきまで「阪本さん」って呼んでたじゃない。咄嗟すぎるよー。でも、こう呼んでもらえると、私は心の距離が縮まったように感じるから、嬉しいなぁ。ところで、松本くんはどうするんだろう?やっぱり「阪本さん」に変わりはないのかな?

「あ…あ…あきらちゃん!」

あっ、あだ名で呼んでくれた!

「なぁに?」

「いや、呼んだだけ。」

 自然と私達は笑いあった。ただ呼ばれただけなのに、嬉しいなぁ。

「松本くん!用も無いのに呼んじゃダメでしょ!」

「いいのよ、かなちゃん。こういう普通の事だけど楽しいなって思えてきたから、それでいいの。」

 いつも帰りは一人で帰るから、何となく心細かった。やっぱりグループで帰るのって、楽しいな。松本くんもいるし。

って、あれっ?さっき松本くん、私の事を「あきらちゃん」って呼んでたよね?私も松本くんをあだ名で呼ぼうかな?


「ねぇ、松本くんって普段何て呼ばれてるの?」

「何だっけなぁ。あだ名と言えるのが無いんだよなぁ。」

えっ!?本当?としたら私、何て呼んだらいいんだろう?

「男子だと「智彦」、女子だと「松本くん」と呼ばれるんだけどね。だから、あきらちゃんが呼びたいあだ名でいいよ。」

「何でもいいの?」

「そうだね~、でも「まっちゃん」はよしてね。」

「なんで?」

「松井さんや松田さん(2人共クラスメイト、女子)も同じようにそう呼ばれるから。下の名前からだったらいいよ。」

 なるほど、下の名前ね。確か「智彦くん」だっけ?そうだよね。としたら、何てつけようかな?うーん。「ひこちゃん?」何かちゃん付するのって違和感あるな、男の子相手に。「ともひー?」語呂が良くない上に、誰の事なんだか分からなくなる。

 さて、どうした事か。なかなかいいあだ名が思いつかない。そうしてる間に…


「あっ、あきらちゃん、そろそろ家に着くよ。」

「えっ!?まだあだ名決まってない!」

どうしよう。変なあだ名つけたら松本くんが迷惑しちゃうよ~。何か言わないと。

「あー、そうすぐにじゃなくてもいいよ。まだ時間もあるんだし」

そうは言ってもね松本くん、私家に帰ったらだいたい次の日の登校まで外出ないのよ。だから今すぐに決めないと。あー私の家だー!もうここでおさらばしないと。なんて言おうかな?松本くんのあだ名。

「それじゃ、またねー。あきらちゃん。」

「また明日。あきらちゃん…。」

「また学校で会おうな。あきらちゃん。」

「じゃあね!かなちゃん、森嶋さん、まt…えーっと、トモくん!また学校で会おうね!」

 トモくんか。ユニークさに欠けるけど、親しみやすそうでいい名前かも。明日学校であったら、あのあだ名で良かったか、トモくんに聞いてみよう。



 「トモくん」か。なるほど、いいあだ名だなぁ。シンプルだけど親しみやすく、あだ名だけで僕だと分かる。あきらちゃん、咄嗟にそう呼んだのだろうけど、いいあだ名だよ。ありがとな。


「トモくん!」

「トモくん…」

かなちゃんと森嶋さんが揃って僕を呼んだ。できたての新しいあだ名で。

「このあだ名、気に入ってる?」

「そうだね、今迄あだ名らしい名前で呼んでもらったことないから、かなり新鮮だね。」

「よかった。あきらちゃん。きっと、あの子の中で葛藤してたんじゃないかな?「松本くんのあだ名何にしよう~」みたいな感じで。」

「そうだね。多分あのあだ名は急いで作ったものだと思うけど、よかったよ。咄嗟にできた物が、よく考えて作った物よりもよかったりするからね。明日会ったら話しておくよ。」そんな感じで、僕のあだ名トークは続いた。今度はかなちゃんが、あの話をしてきた。


「んで、トモくんはどうだったの?あきらちゃんに手を握られた時は。」

「…っ!?あっ、あの時?」

 どう言ったらいいんだろう?「気持ちよかった」と言ったら、卑猥な感じになるだろうし、「女の子らしい肌だった」と言っても人それぞれだし、いい言葉が思いつかない。誤解されてもいいので、僕なりの感想を述べる事にした。

「あの時か。気持ちよかったと言うと変に聞こえるかもだけど、こんなにも女の子の手って柔らかくてスベスベしてるんだって、思ったよ。あと、僕の五本指を握ってきた時は…何と言うか、癒されたと言うか「左手にもやって欲しいな」と思ったよ」

「それだけ?ほっぺたにも触ったでしょ?」

「確かに。言い方良くないけど、女の子の肌を堪能したと言うか、触り心地が、多分今まで触ってきた物の中でも最高だったかな?多分そうだと思う。」

 本当恥ずかしい。気持ちよさのあまり思考が止まっちゃって、あの時の様子をうまく形容する言葉が見つからない。きっと今の僕の顔を見たら、「りんごみたいに真っ赤」と言うより、「今にも噴火しそうなぐらい真っ赤」と言った方がいいかもしれない。落ちつこう。思い切り深呼吸しないと。


「何興奮してるのよ。」

「そりゃ興奮するよぉ。恥ずかしいから。かなちゃんもたk…ギャラクシースターズの誰かに握手された時を思い浮かべてみてよ。」

「なるほど、確かにファンの人に「前田君(前田アツシ、ギャラクシースターズのリーダー)の手はどうでしたか?」なんて言っても反応に困っちゃうわね。それは納得だわ。」

「でしょ?」

 何とかかなちゃんにも理解してもらったし、ある程度は僕がどれだけ恥ずかしかったのか共有できたんじゃないかな?

「それにしても、トモくんさっき剛史って言う途中でやめたでしょ。」

「うん。彼の番じゃないなと思ったから変えたんだ。多分、いつも触ってるだろうから、そんなドキドキしないだろうと思って。」

「まっ、まあね!私と剛史の間柄だし、意識するまでもないわよ。実際、剛史の手はよく触ってるから、なっ、なんとも思ってないわよ!」

 そう言ってる割にやけに顔が赤い。心の中で「嘘つけー!」なんてつっこんだのは、勿論内緒だ。


 そろそろ僕の家に着く。募る話はあるが、ここで彼女らとおさらばしなければならない。

「いやー、今日は何だかんだあって楽しかったよ。あきらちゃんもあんなに人が変わるなんて思わなかった。」

「そうよねー。びっくりしちゃった。明日あきらちゃんに会うのが楽しみだね!」

「そうだな。きっとクラスの誰もが驚くだろうな。あっ、そろそろ僕ん家だ。それじゃ、この辺で。またね、かなちゃん、森嶋さん。」

「またねー、トモくん!」

「ばいばい、トモくん…」

 多分明日以降、僕は「トモくん」と呼ばれるようになるんだろうな。楽しみだけど、ちょっぴり恥ずかしいな。そう思いながら、家のドアを開けた。

「ただいまー」


Vol.1 End

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