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時を嗤う少女  作者: 多草川 航
11/11

11.東京


 アルバート公園の丘の上での一件以来、ヒカルは警察の事情聴取はもちろんのこと、あらゆるマスコミに追い掛けまわされた。それは彼女がレイナの乗り物の中で遥か下界を見ながら、これからの自分の身を案じた、そのとおりになって行ったのだった。



 人々の関心がレイナだけに向けられるようになるまでは、七十五日とまでは言わないまでも、一カ月はゆうに掛ったのである。

 ヒカルは疲れ果てたが、勤務先に長期休暇を貰うには大して手間は要らなかった。ボスもケリー・ウィルソンも同情を寄せてくれたからだ。



 そんなことから、ヒカルが日本に一時帰国することに決めたのは自然な流れだった。急に母親に会いたくなった。



 東京国際空港の到着ロビーで、目の前にフィル・シェルがまた現れたときは、もう別段奇異に映らなくなっていた。



 ヒカルはフィルとテレビの前に座った。母・天谷和子あまやかずこが切符を手にして戻って来た。和子には、フィルのことは昔からの知り合いで、ボーイフレンドみたいな者だと紹介した。



 和子は科学雑誌の編集に携わっている。ヒカルが幼い頃に夫と死別し、再婚することもなく、留学した娘を陰で支えてきた。その為なのか、見かけと違って男っぽいところが見え隠れする。



 見ていたニュースについて、和子も関心があるものと思い、ヒカルは言った。


「例の未来から来た女に関する最新ニュースを見ていたの」


「誰のこと?」と和子。


「レイナ・ランスロットよ。彼女、日本へ来るんですって」


「誰なの、それ……?」


「こっちじゃ、その話はそれほど有名じゃないんだろ」

 と、フィルが口を挟んだ。



 だが、職業柄なのか個人的になのか、和子の好奇心が頭をもたげたようだ。


「いったい何の話?」


「その女はマヤの迷信を煽り、ひと儲けをたくらむ輩かも知れないですよ」



 フィルのその言葉を聞いて、ヒカルは目を丸くした。どうやら彼は、この件を肯定的に話すつもりがないことが分かった。



 フィルは言った。


「彼女が自称するところによると、八〇〇年後からやって来た観光客らしいですね。最初はニュージーランドの教会前に素っ裸で出現して、彼女に服を着せかけようとした教会の人を指一本で気絶させたと言われています。


警官から楽々と拳銃を奪ったとき、一斉射撃を受けても平然としていたとか。それ以来、彼女はありとあらゆる種類の混乱をまき起こしていますよ」



 ヒカルによって最初紹介されたときから、フィルの流暢な日本語に驚きを隠さなかった和子は、エスカレーターで下りる間も、話しつづける彼の説明を聞いていた。



「くだらん悪ふざけですよ。いや、あくまでも私見ですけどね」


 とフィルがつづけた。「世界が十二月のある日で終わるという迷信に退屈した何処かの低能が、八〇〇年未来から来た訪問者を演じようと思い付いたに決まっています。


しかも、一部の人々はそれを真に受け始めている。いつの時代も、終末論的な話はマスコミ受けするし、また話を大きくして儲けようと考える奴等もいる」



 レイナの乗り物の記憶があるヒカルが、

「でも、本当に彼女がタイムトラベラーだとしたら?」と、話を向けた。



「もしそうなら、ぜひ会ってみたいものね」

 と、和子が口を挟んだ。「時間旅行に関する質問に、解答を与えてくれるかも知れないわ」



 そう言って、和子はくっくっと笑った。そして、突然真顔になった。なにが滑稽なものか、という顔付きになり、和子は言った。



「あなたの言うとおりよ、フィルさん。その女はただの詐欺師よ。なぜ、そんな女の噂で世の中が時間を浪費しなければならないの?」



「なぜって、彼女が本物だという可能性があるからよ」


 と、エスカレーターを先におりたヒカルは、立ち止まると髪を揺すって言った。「その後のインタビューを見ても、只者ただものではないわ。未来のことを、まるで実際にそこにいたことがあるように話すのよ」



「その女は、いつ現われたの?」


「一カ月ほど前」


「なぜ、わたしには何も教えてくれなかったの?」



 ヒカルは肩をすくめた。


「この話題には関心がないのかなと思ったのよ。この一カ月、日本でも少しはニュースになった筈だわ。でも、母さんはメールでも電話でも、何にも聞いてこなかった」



「というか、最近はテレビの傍にも寄りついたことがなくてね」


「じゃあ、母さんも、そろそろ世間の話題についていかないとね」



 隣で話を聞いていたフィルは、少し不機嫌に見えた。和子が時間旅行者に会いたいと言ったとき、彼の顔が苦り切った表情になった。何故だろう、とヒカルは思った。



 2012年の十二月二十二日頃になれば世界が終わると、人類滅亡説に少なからず関心を寄せて話したフィルが、なぜ同じ不合理の代表みたいな最新情報を打ち消しにかかるのだろう。



 だが、未来から来た少女に対する和子自身の気持ちは中立的なものだった。もちろん、時間旅行者というふれ込みは、和子にとっては噴飯ものだろう。



 時間を逆行するという、その実現の不可能性を説いたアインシュタインの説にも反する。アインシュタインがすべて正しいと決め付けるのも問題かもしれないが、少なくても今の時代では、光よりも速いといわれる粒子タキオンも確認されておらず、ワームホールの存在も確認されていない今、そこから飛躍した説を唱えても賛同を得るのは難しいことだろう。



 だが、ヒカルは以前レイナと話していたときに考えたことを思い出していた。

『鎌倉幕府の頃の人が、2012年に思いを馳せるのと一緒……』

 どんな世の中になっているかは、想像もつかないだろう。



 それでも、タイムトラベルに成功したという少女の主張を、朗らかに受け入れられるわけはない。

 フィルがヒカルの母親に対して、その話を否定的に話したのも、ただ単にそういった理由からかも知れない。



 しかし、和子はすでにその“ペテン少女”のことをもっと知りたい気分になっていた。その少女はニュージーランドの警官隊の一斉射撃から、何らかの方法を用いてヒカルを守ったらしい。

 ヒカルが惹きつけられるほどの少女なら、なんによらず母親にも興味があるものだ。





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