第9章:中ボスとしての魔王、そして「管理者」の露呈
「……これが、世界の『終わり』の景色か」
一斉消去が完了した戦場は、音も色もない、真っ白な虚無の平原に変わっていた。
数万の騎士も、魔物も、叫びも、すべてが「なかったこと」として処理された空間。
その中央で、ただ一人、膝をついている者がいた。
禍々しい漆黒の角、折れた魔剣。人類の宿敵として恐れられていた「魔王」だ。
「……ハァ、ハァ……。なぜだ。なぜ、我が軍勢は消えた。勇者は……レオンはどうした……」
魔王の瞳には、かつての威厳はない。ただの「役割」を奪われ、システムから切り離された端末の哀れさだけが漂っていた。
僕は無造作に彼へ近づき、リサイクルによって生成した「漆黒の収束袋」を広げる。
「お前が魔王か。……いいエネルギーを持ってそうだな。城の燃料にさせてもらう」
「貴様……! 我を誰だと思っている! 世界の秩序を乱す不浄なる――」
「秩序? ああ、そんなものはさっき世界が自分で消したよ」
僕は魔王が何かを叫ぶ前に、錬成した鎖で彼を拘束した。
魔王が必死に放つ暗黒魔法も、今の僕にとっては「少し質のいい廃熱」に過ぎない。
僕は彼を文字通り「ゴミ袋」に詰め込むように、次元の狭間へと放り込んだ。
その瞬間。
バリバリッ!! と、真っ白な空が鏡のように割れた。
――【重大な干渉】個体名:魔王の『回収』を確認。
――【エラー】メインクエストの継続が不可能です。世界の循環システムが停止しました。
「……うるさいな。静かにしろ」
僕は空を睨みつける。だが、次の瞬間、脳内に響いたのはいつものシステム音ではなかった。
それは、感情を排した、だが圧倒的な「圧」を孕んだ中性的な声。
『――個体名:ヴァン。貴様は、自分が何をしているか理解しているのか』
「……俺のことを言っているのか?誰だ」
『私はこの世界の管理者。貴様がリサイクルと称して行っている行為……それは世界の修復ではない。この世界の『寿命』を、強引に前借りして消費しているだけだ』
空の割れ目から、巨大な「瞳」のような光が僕を見下ろしていた。
『魔王とは、世界を活性化させるための生贄。勇者とは、停滞を防ぐための触媒。貴様がその両方を『ゴミ』として処理したことで、この世界のバッテリーは底をついた』
「リソース……? 何のことだ」
『貴様が城を建て、エルゼを動かし、無双を続けるたびに、この世界の明日が数十年ずつ削られている。貴様が作っている「楽園」は、世界全体の死の上に築かれた、寄生虫の巣窟だ』
――【解析】管理者の言葉に嘘はありません。
エルゼが、ノイズの混じった声で補足する。
「マスター。……城の維持エネルギーを逆算しました。……このままでは、あと数日でこの世界は『完全停止』します」
「……ピィ、ピィィ……」
シルが怯えたように僕の足元に丸まる。
僕が守ろうとしてきた日常。
シルがいて、エルゼがいて、白銀の城がある。
そのすべてが、世界そのものを食いつぶす「ガン細胞」だったということか。
『ヴァン。貴様というバグを完全に消去するには、もはや世界を丸ごと破棄するしかない。……理解したか。貴様は救世主でも、復讐者でもない。万物を呑み込む、無の代行者だ』
「……ハ、ハハハ……」
僕は笑った。
記憶を売り、名前を捨て、味覚を失い、それでも手に入れた唯一の居場所。
それが、世界という「ゴミ捨て場」の命を削って作られた、偽物の輝きだったとは。
――【代償確認】管理者の干渉を遮断しますか?
――【代償】あなたの記憶から『故郷の風景』を焼却します。
「……ああ、全部持っていけ。管理者が何だ、世界が何だ」
僕は、空の「瞳」に向かって剣を突きつけた。
「僕は、ゴミ拾いだ。世界が僕をゴミとして捨てたんだ。……なら、世界そのものがゴミになろうが、僕には関係ない」
僕は、魔王を詰め込んだ袋をさらに圧縮し、核融合に似た超高密度のエネルギーへと錬成する。
『----キン』
溜め込まれた力の奔流が臨界点に達した合図とも言える、無機質な音を鳴らす。
瞬間、圧倒的な質量が『ゴミ』へと放たれる。
それはあらゆる事象を呑み込み理も摂理も全てを書き換える。
「お前たちが言う『寿命』とやらを、全部僕が拾い尽くしてやる。……世界そのものをリサイクルして、僕たちだけの永遠を作ってやるよ」
『――狂気だな。個体名:ヴァン。キキキ貴様の存在そのものが、ササイ最大のエラーエラーエラー』
激しい轟音と共に管理者の声が遠のき、空の割れ目が閉じていく。
だが、その後に残ったのは、これまで以上にどす黒く、絶望的な「飢え」だった。
「マスター。……世界の終わりが加速しています。これより、全リソースを城の『隔離モード』に転換します」
エルゼが、僕の手を握る。
その感触はもはや「冷たい」ことさえ分からないほど希薄だったが、僕は彼女の手を強く握り返した。
「ああ。……世界を丸ごと拾い上げて、僕たちの『監獄』に詰め込もう」
ヴァンの瞳から、最後の一滴の人間らしい光が消え、そこには神のシステムログが、濁流のように流れ始めた。




