第4章:境界線の城、あるいは「異物の領域」
「……終わったな」
僕がそう呟くと同時に、世界が生成した『顔のない騎士』たちの残骸が、さらさらと白い塩になって崩れ落ちた。
世界は僕たちというバグを消し去ることに失敗し、一時的な「静寂」が廃棄階層を支配する。
「マスター、損傷率32%。自己修復には莫大な負のリソースを必要とします」
エルゼが、ボロボロになった銀の翼を畳みながら告げる。彼女の白い肌には、世界の修正圧力が刻んだ生々しい亀裂が走っていた。
「わかっている。……ここを、僕たちの『家』にしよう」
僕は地面に手を突いた。
そこにあるのは、数万年分のガラクタ、呪われた魔導具の破片、そして先ほど僕が「素材」に変えたゴーレムたちの魔導銀。
それらすべてを、一つの「意志」で繋ぎ合わせる。
――【システム】超大規模錬成:[領域・白銀の城] を開始します。
――【警告】これは世界の座標に「穴」を開ける行為です。
――【代償確認】領域維持の代償として:あなたの『味覚』を永久に焼却します。今後、何を口にしても「砂と鉄の味」しかしなくなります。
「……構わない。どうせ、一人で食べる飯なんて味もしなかった」
脳の奥で、カチリと何かが外れる音がした。
かつて母が作ってくれたスープの温かさはもう思い出せない。そして今、その「味」さえも僕の中から消滅した。
代わりに、僕の指先から純白の光が奔流となって溢れ出し、廃棄階層のすべてを飲み込んでいく。
ドォォォォォォ……ッ!
ガラクタの山が隆起し、物理法則を無視した幾何学的な塔へと姿を変えていく。
錆びた鉄は白銀の壁へ。
泥水は澄み渡る泉へ。
澱んだ空気は、システム外の「絶対清浄域」へと書き換えられる。
数分後。
そこには、地獄の底とは思えないほど美しい、純白の城がそびえ立っていた。
「ピィ……ピュイッ!」
シルが驚いたように耳を動かし、白銀の床を跳ね回る。
だが、その城はどこか「不自然」だった。壁の端々がデジタルノイズのように細かく震え、時折、背後の岩壁が透けて見える。
それは、世界地図から無理やり切り取られた「空白の領域」。
――【管理外領域】の構築に成功。
――【警告】世界OSの自己修復プログラムが、この『穴』を最優先で塞ごうとします。
――【維持条件】本領域を維持するため、常に外部から『強力な呪い(廃棄物)』を供給してください。
その瞬間、僕の胃の腑に、焼け付くような「飢え」が走った。
「っ……あ、が……っ!?」
膝をつく。
腹が減った、という生易しいものではない。
全身の細胞が、汚泥を、毒を、呪いを求めて絶叫している。
この城は、僕というフィルターを通して「世界の毒」を喰らい続けなければ、一瞬で崩壊し、僕たちを押し潰す。
「マスター……。あなたのバイタルが危険域です。呪い(燃料)が不足しています」
エルゼが僕の体を支える。
彼女の手は冷たい。だが、今の僕にはその冷たさが、砂を噛むような飢餓感を一瞬だけ紛らわせる唯一の麻薬だった。
「……ふぅ。なるほど。最強の城を手に入れた代わりに、僕は一生『世界のゴミ』を漁り続けなきゃいけないわけか」
僕は自嘲気味に笑った。
かつては「生きていくため」にゴミを拾っていた。
今は「この偽りの楽園を守るため」に、より強力な毒と呪いを拾い続けなければならない。
僕は城のバルコニーから、上層へと続く暗い縦穴を見上げた。
この上には、僕を捨てたレオンたちがいる。
彼らが抱える憎悪、嫉妬、醜い欲望。それらはすべて、この城を輝かせるための最高の「燃料」になる。
「エルゼ、シル。……少し、出稼ぎに行ってくる。ここは僕がいない間、エルゼの権限で閉鎖しておいてくれ」
「了解しました、マスター。……お気をつけて。あなたは今、この世界で最も『異物』に近い存在です」
「ピィ……」
シルが心配そうに僕の指を甘噛みする。だが、その感触すらも、今の僕には「鉄の棒」が触れているようにしか感じられない。
僕は、リサイクルで作った真っ黒なコートを羽織った。
背中には、数万の武器破片を内蔵した影が、獲物を求める獣のように蠢いている。
「さあ、拾いに行こうか。……まずは、僕を捨てたあのギルドにある『特大のゴミ』からだ」
僕は、かつて自分を突き落としたワープポータルへ向かって、静かに足を踏み出した。
その瞳には、もはや人間としての光は宿っていない。
ただ、世界のすべてを「素材」と「燃料」として選別する、冷徹な神の計算式だけが流れていた。




