第3章:システム兵器「エルゼ」の覚醒
「……ピィ、ピィ……」
頭の上のシルが、尻尾をアンテナのように震わせて、目の前の「ガラクタ」を指し示している。
そこに横たわっていたのは、泥にまみれ、四肢が不自然な方向に折れ曲がった少女の姿だった。
肌は陶器のように白く、関節部には球体関節の継ぎ目がある。胸の中央には、鋭利な刃物で抉り取られたような巨大な空洞があり、内部の魔導回路がズタズタに断線して火花を散らしていた。
「これ、は……」
「呪われた欠陥品」という意味合いの文字が書き殴られたボロボロのプレートには、形式番号のようなものが記されていた。
『ELz-35:世界の掃除屋』
「お前も、用済みとして捨てられた口か」
僕は彼女の冷たい頬に触れる。
本来、感情など持たないはずの僕の心が、微かに波立った。
それは「共感」ですらない。ただ、欠けたパズルのピース同士が引き寄せられるような、無機質な引力だった。
――【システム】固有条件『世界管理プロトタイプの接触』を確認。
――【万物錬成】により、対象の「再構成」が可能です。
――【警告】本対象の復旧は、世界OSへの『重大なバグ』の挿入とみなされます。
――【代償確認】再構成の代償として:『睡眠時の安らぎ』の記憶を焼却します。今後、あなたは眠るたびに「冷たい虚無」のみを味わうことになります。
「……構わない。やれ」
僕は迷わなかった。「安らぎ」なんて、この地獄では何の役にも立たない。
僕の両手から、どす黒い『腐食の呪い』が純粋な魔力へと変換され、少女の胸の空洞へと流れ込む。
ズクンッ、と彼女の体が跳ねた。
周囲に転がっていた高品質な魔導銀の残骸が吸い寄せられ、液体金属となって彼女の欠損箇所を埋めていく。
ズタズタだった回路が超伝導の輝きを取り戻し、彼女の瞳に「黒と銀」の光が宿った。
「……マスター。……再起動、完了しました」
鈴を転がすような、だが感情の起伏が一切ない声。
ELz-35――エルゼが立ち上がると同時に、僕の脳内に赤い警告が鳴り響いた。
――【重大なエラー】管理プロトタイプELz-35に『自我』の発生を確認。
――【システム】対象を『最優先排除対象』に指定。世界の修正圧力を上昇させます。
「……マスター。敵対存在の接近を感知」
エルゼが、感情のない瞳で上空を見上げた。
「教会の『掃除屋』……いえ、世界そのものが私を消しに来ました」
廃棄階層の天井が、物理法則を無視して「剥がれ落ちた」。
そこから現れたのは、真っ白な法衣に身を包んだ、顔のない騎士たちの群れ。教会の始末屋ではない。世界のシステムが生成した、バグを消去するための免疫機能だ。
「排除……開始」
エルゼの背中から、周囲のガラクタの剣を吸着し、巨大な「機械の翼」が形成される。
「待て、エルゼ。……ここは僕もやる」
「……了解。マスターの生存を最優先(プロトコル:ゼロ)に移行します」
エルゼが腕を振るった瞬間、彼女の背中の翼から数万本の「針」が射出された。
それと同時に、僕も周囲のガラクタを錬成し、防御障壁を展開する。
だが、異変が起きた。
顔のない騎士たちが、僕たちの攻撃を受けるたびに、その場で「変質」していくのが見えた。
物理障壁を張れば、彼らの剣は「空間切断」の属性を持ち。
高速の弾丸を放てば、彼らの体は「衝撃吸収」の泥へと変わる。
「……何だ、こいつら。戦いながら『進化』してやがる」
「マスター。……これが世界の『修正圧力』です。バグを消すために、世界が最適解をリアルタイムで生成しています」
エルゼが僕の前に立ち、飛来する光弾をその身で受け止めた。
彼女の装甲が砕け、銀色の血液が舞う。
「エルゼ!」
僕は思わず、彼女の細い肩を引き寄せ、強く抱きしめた。
その瞬間。
――ドクンッ!!
世界が、激しく拒絶反応を示した。
僕の足元から、どす黒い衝撃波が広がり、廃棄階層の空間そのものがミシミシと歪み始める。
――【警告】バグ同士の『親和・接触』を確認。
――【システム】修正難易度を『神話級』に上方修正。
――【対抗進化】周囲の原生生物に対し、管理権限を一部付与。……『バグ殺し』の特性を強制付与します。
「ピュイィッ!?」
驚いたシルが周りを見るよう促す。
周囲にいたはずのカオス・ウルフやゴーレムたちが、苦悶の声を上げながら膨張し、その全身が「対リサイクル」に特化した結晶体に覆われていく。
エルゼを抱きしめただけで、世界が僕らを「殺すべき猛毒」だと定義し、周囲のすべてを敵に変えていく。
「……不快だな。僕たちが触れ合うことすら、世界は許さないのか」
僕はエルゼの肩を抱いたまま、空に向かって中指を立てた。
腕の中のエルゼは、初めて「戸惑い」というエラーログを瞳に浮かべて、僕を見上げている。
「マスター。……私を抱きしめることは非合理的です。……世界の圧力が、あなたを壊します」
「黙れ。……壊れるのは、世界の方だ。リサイクルして、僕たちの都合の良い世界に作り替えてやる」
僕はエルゼを離さない。
彼女に宿った「バグ(自我)」という名の輝きを守るため、僕はさらに深く、自分の人間性を「燃料」としてシステムに注ぎ込んだ。
――【代償確認】世界の修正圧力への対抗。……代償として、あなたの『初恋の記憶』を焼却します。
焼けていく。
誰かも思い出せない少女の笑顔が、胸を締め付けたはずの淡い痛みが、冷徹な魔力へと変換されていく。
「……エルゼ。掃除の時間だ。僕らを消そうとした連中を、一人残らず『素材』に戻してやる」
「……了解、マスター。……あなたのバグとして、世界を削除します」
銀の翼が、地獄を照らす光となって広がった。
それは、救済ではなく、世界の理そのものを解体する、残酷で美しい夜明けの始まりだった。




