第1章:【システム警告】死の呪い(コスト)を燃料に変えろ
――【緊急警告】パーティメンバー『ヴァン』に対し、フロアボス固有呪い『永劫の腐食』が全スタック(99)転送されました。
――【システム】固有職能:[拾う者] の強制パッシブにより、転送を拒否できません。
視界に躍り出た、バグのような赤いシステムログ。それが、僕の人生が「ゴミ箱」に放り込まれた合図だった。
「……が、はっ……あ、ああ……っ!」
ダンジョン『終焉の墓場』第90階層。
ボス討伐直後の、本来なら歓喜に沸くはずの空間。
だが僕だけが地面に這いつくばり、立ち上がることも出来ないでいた。
全身の毛穴から、腐敗したドロドロの液体が噴き出す。視界が急速にセピア色へ褪せ、周囲の音が遠のいていく。
「ハハハ! 見ろよミリア、大成功だ! 伝説の魔女の呪いが、全部あの『ゴミ拾い』の中に吸い込まれていくぞ!」
顔を上げると、そこには僕のリーダーであり、王都の英雄候補と謳われる重騎士レオンがいた。
彼の手には、禍々しい紫の光を放つ『身代わりの人形』。
本来、ボスを討伐したレオンに降りかかるはずだった「必死の呪い」を、僕の職能を利用して強引に押し付けたのだ。
「……レオン、さん……どう、して……」
「どうして? 決まってるだろ。お前を今日まで生かしておいたのは、この呪いの『容器』にするためだよ」
レオンは、ひび割れた盾を床に放り捨て、僕を汚物でも見るような目で見下ろした。
その隣で、魔導士のミリアが唇を歪めて笑う。彼女が今、大事そうに抱えている伝説の魔導書も、かつて僕が呪いの沼を這いずり回って「拾い上げた」ガラクタの一つだったはずだ。
「あんたの職能【拾う者】。拾えるのはアイテムだけだと思ってた? 残念。あんたの能力は、私たちの『ダメージ』も『状態異常』も、全部自動的に拾い集めてくれるのよ。私たちが今まで無傷でこれたのは、あんたが全部『肩代わり』してたから」
「そ、れでも……僕は……皆の役に立ちたくて……」
「それが邪魔なんだよ、ヴァン」
レオンが、僕の胸ぐらを掴み上げた。腐食の進んだ僕の衣服が、彼の指先でボロボロと崩れる。
「お前という『安全装置』がいるせいで、俺たちの成長が鈍ってるんだ。盾を構える一瞬の緊張感も、死の淵で魔法を絞り出す渇望も、全部お前が吸い取っちまう。お前がいるせいで、俺の『神聖騎士』スキルの熟練度はここ数ヶ月ピタリと止まってるんだよ。お前は俺たちの『真の覚醒』を妨げる、ただの寄生虫なんだ」
「……違う……僕は、皆を守りたくて……っ」
「それにさ、この『身代わりの人形』、完全起動するには条件があるんだよね」
ミリアが冷たく継ぎ足す。
「最後に、蓄積された呪いのすべてを『最も不浄な個体』に押し付けて廃棄すること。そうすれば、私たちはこの呪いから完全に解放され、神の祝福だけを手に入れられる。……ねえ、ヴァン。お前こそ、世界で一番不浄なゴミにふさわしいと思わない?」
レオンが、僕の体を廃棄用ワープポータルへと引きずっていく。
「さようなら、ヴァン。お前が吸い込んでくれた呪いと不運のおかげで、明日から俺たちは真のSランクだ。お前の犠牲は、忘れてやるよ。……英雄の物語に、ゴミ拾いの名前は不要だからな」
「ゴミは、ゴミ箱へ。……当然よね?」
ミリアの冷笑を最後に、僕はワープポータルの底なしの闇へと蹴り落とされた。
視界の端で、彼らがボスの宝箱を開け、金色の光に包まれて歓喜する姿が見えた。
僕は、彼らにとって仲間ですらなかった。
ただの、「不運」を回収するための使い捨てゴミ袋。
意識が戻ったとき、そこは「死」すらも腐敗した場所だった。
上層から捨てられた数万年分の「戦いの残骸」が山積みになっている、ダンジョンの最下層『廃棄階層』。
「……っ、が……あ、あああああ!」
全身を駆け巡る激痛。
皮膚は爛れ、筋肉は黒い液体となって溶け出し、剥き出しになった骨が空気に触れて神経を逆なでする。
ボスの呪い『永劫の腐食』は僕を殺さない。「崩壊と再生」を永遠に繰り返させる、地獄の輪廻だ。
「……ここ、で……永遠に……ゴミとして……っ」
涙すら腐食し、視界が歪む。
その時、暗闇から無数の赤い目が光った。
廃棄された肉や装備を喰らって肥大化した魔物『カオス・ウルフ』の群れだ。死臭を嗅ぎつけた捕食者たちが、動けない僕を囲む。
「……はは、最後は……犬の、餌……か」
一匹のカオス・ウルフが、僕の喉笛を噛みちぎろうと飛びかかってくる。
(それでも、死ねるのなら……いいのかも、な……)
安堵にも似た諦めがよぎったその時、コツッ、と僕の指先が偶然そこにあった「錆びた鉄くず」に触れた。
それは、かつて僕がレオンのために拾い上げ、「なまくらだ」と言って僕の顔に投げつけられた、折れた聖騎士の剣の破片。
ただのゴミだ。そしてゴミにまつわる記憶すらもゴミのようだった。それが自分という存在なんだろうと、そんな事を考えた矢先だった。
――!!!
突然脳内で異音が鳴り響く。
「!……なっ!く、なん、だッ……!?」
――【システム】固有条件『死に至る呪いの全スタック(99)保有』および『世界への深い絶望』を達成。
――【進化】職能:[拾う者] を [万物錬成] へ強制進化させます。
――【解放】管理権限:全スキルの「削除・復元・合成」を解放。
――【警告】本スキルは「世界の理」への干渉です。発動のたびに、代償として『使用者自身の記憶・感情』をランダムに永久焼却します。
「……記憶……? 感情……?」
視界がバグのように数字で埋め尽くされる。
僕を蝕む『永劫の腐食』の呪い。それが、莫大な「負のエネルギー」として数値化されているのが見えた。
[対象1:僕自身の体(呪いスタック99)]
[対象2:錆びた剣の破片(廃棄物)]
[周囲に存在する廃棄武器:104,202本]
[自身の「呪い」を燃料とし、周囲の「ゴミ」を「神話級」へリサイクルしますか?]
[※代償として:幼少期、母が作ってくれた『野菜スープの匂い』の記憶が焼却されます]
脳の奥底で、何かがパチンと弾けた。
冬の寒い日、母が冷えた僕の手を包んでくれた、あの温かい記憶。幸せだった頃の香りが、真っ黒な灰になって消えていく。
だが、代わりに。
僕の右腕に、神の如き力が宿った。
「……やれ。全部……全部、混ぜちまえ……!」
僕が叫ぶと同時に、周囲のガラクタの山が生き物のようにうごめき出した。
数万本の折れた剣、ひび割れた盾、錆びた槍。それらが磁石に吸い寄せられるように僕の周囲で渦を巻き、一つの巨大な「塊」を形成していく。
そこに、僕の体を焼いていた『死の呪い』が真っ黒な雷となって注入された。
【10万本の廃棄武器を、呪いによる負の反転で超圧縮錬成】
【神話級装備:[終焉を断つジャンク・ブレイカー] 錬成完了】
僕の手に現れたのは、剣ではない。
それは、数万の破片が幾何学的に組み合わさり、超高速で回転し続ける「質量兵器」だった。
ただそこに存在するだけで、周囲の空間がミシミシと悲鳴を上げ、黒い霧と聖なる光が交互に明滅する。
カオス・ウルフたちが、本能的な恐怖に凍りつく。
僕は、その巨大な「ガラクタの神」をただ一振りした。
――轟。
爆音すらもリサイクルされたのか。
衝撃の代わりに、空間が「消去」されるような、重い静寂が訪れた。
一撃。たった一撃で、魔物の群れは細胞の一つまで分解され、背後の岩壁には深さ数百メートルに及ぶ漆黒の溝が刻まれていた。
ダンジョンの構造そのものが、僕の力によって書き換えられたのだ。
「……はは。なんだこれ。めちゃくちゃだ……めちゃくちゃ爽快じゃないか……!」
手元を見ると、巨大な兵器は再び数万の破片へと戻り、僕の周りを衛星のようにふわふわと浮遊している。
僕の体は、呪いを燃料として消費したことで、以前よりも強く、しなやかに再構成されていた。
だが。
胸の中に、ぽっかりと冷たい穴が開いたような違和感がある。
母がスープを運んできてくれたあの光景は思い出せる。でも、それがどれほど温かく、どれほど幸せだったかという「感情」が、どうしても思い出せない。
「……レオン、ミリア。……ゴミは、ゴミ箱へ、だったな」
僕は、自分を囲む数百万トンのガラクタを見渡した。
復讐のために。あるいは、失い続ける自分を埋めるために。
僕は、このゴミの山すべてを『最強』にリサイクルしてやる。
「ここにある全部を拾い尽くして……世界そのものを『リサイクル』してやるよ」
暗闇の中で、僕は一人、静かに笑った。
その笑い方が、かつて自分を愛してくれた人たちの記憶を焼いた後の、空虚な顔であることに、僕はもう気づけなかった。




