終わり求めしとき
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
着眼大局、着手小局。
プロジェクト関係ではしばしば耳にする言葉だ。こーちゃんも聞いたことがあるだろう。
まず戦略レベルの大局がいる。こいつが最終的な全体目標として提示されるものだ。こいつがないとどこへ向かっていいのかわからず、無駄な労力を費やすことにつながってしまう。
そして戦術レベルの小局もいる。目標のために今あるリソースで何ができるか、配分や積み重ねをしていく。遠くの目的地まで行こうと思っても途中の道に難があれば整備をしたり、乗り物を調達したりしなきゃいけないかもしれない。地道に歩みを進めるためにね。
言うは易く行うは難しというが、よく言われることは行えば丸いってことだ。自分の技術力や優位性をアピールしたい気持ちはよく分かるが、そのベースとなるものを整えてからでも遅くはないんじゃないかな?
しかし、そう万全に整えたはずのプランでも、順風満帆に進む保証はない。想定外のアクシデントとか要因はいろいろ考えられるのが、でかいのは油断だ。
特に物事の終わり際が危うい。ゴールが見えてきたとき、人は多かれ少なかれ気を抜いてしまうものだ。100メートルを走るときは120メートルを走る心地で走れ、といわれるのもゴール前の減速を危惧したアドバイスともいえる。
なにも徒競走に限らない。あらゆることの終わり際はトラブルのもとになる恐れを含んでいるもんさ。
友達が以前に話してくれたことなんだけどね、聞いてみないかい?
友達は小さいころから、できる限り時計をみないよう親に注意されて育ったらしい。
いわく、時計を見すぎてしまうと、終わりを意識してしまうからだとか。
ことのはじめに時間を気にするのはいい。時間オーバーはあらゆるものの計画を乱してしまうからだ。目安は持っているべき。
ひとしきり集中したあと、ちょっとした区切りで見るのもまだいい。自分の進めている計画のペースが、早いか遅いかちょうどよいかを確かめ、必要なら調整をしていくべきだからだ。が、それも残り時間にある程度ゆとりがあるうちがよい。
ことの終わり、あるいはしょっちゅう目にしてしまうのは、下だ。いかに自分は集中しているつもりでも心身は苦役から解放されることを期待し、ばれない程度に手を抜き始めてしまう。自覚できないほどのささいな蟻の一穴でも、決定的な落とし穴になりかねない。
「だから、一度時間を確かめたなら、できる限り突っ走りなさい。意識を間断なく、目の前のやることに向けて、終わるまで途切れさせないようにしなさい」
そう、集中の大切さを延々と説かれた友達は小学生の間は、どうにか目の前のことに全神経を傾けるよう心掛けていたそうなんだ。
ところが、中学校へあがって科目ごとに先生が分かれると、相性がよい先生と悪い先生も出てくるわけで。友達の場合は数学の先生がどうにも苦手だったようだ。
俺は実際に会っていないわけだし、そうおおっぴらに悪く言える筋合いはない。が、友達にとって、その授業はつまらなくて退屈で、もし許されるならバックレようとも思うくらいだったとか。
本当にバックレると成績に響くかもしれないから、そのような危ない橋は渡れず。しぶしぶ授業は聞いているフリをしていた。地頭はいいほうだから、内容は丁寧に説明されずとも理解できていたらしい。
――早く終わってくんないかなあ……。
聞こえる声は右から左、黒板の字たちは予定調和、当てられたとしてもこちらを舐めているのかと思うような低いレベルの質問。果たしてこれがどれだけ自分のプラスになるのか。
かつてない倦怠感の中、ついに友達は禁を破ってしまったらしい。
授業開始から20分ほど経過してから、時計をちらりと見てからは、もう止まらなかった。
一度飛んでしまったハードルは、二度目以降どんどん低くなるばかり。友達の時計を見る間隔はどんどん縮まり、10分もたたないうちに30秒とおかず時間を気にするようになってしまったそうだ。
あれほどいわれた「集中」の二語は、このときの友達の辞書から消え失せ、もはや関心は時計の針の進みのみ。
しかし時間は共有財産。誰にでも等しく、与えられては消えていく。貯金、前借、一切不能。いくら愛を注いでも、止まりも進みもしてくれない。
友達もまた、時計にぞっこんだというのに気をきかせてくれないまま、時間はだらだら過ぎていく。それでも確かに歩みは続け。
何度も顔を向けるうち、いよいよ授業もあと数分。その終わりだって見逃すまいと、友達はまた意識をやって。
そこにいた。
これまで何ともなかった空間。自分と時計の数メートル。その中間に、浮かんでいたのは針数本。
これまで見ていた短針、長針。そのうり二つが浮いている。いくつもいくつも浮いていて、でも気づくのは自分だけ。
それらが一度に飛んできて。かわす間もなくその身で受けた。
その場はなんともなかったが、続いて始まる給食時間。そこで先の針を知る。
食べ物を口に入れた端からね、どんどんリバースしてくんだ。口に入れたものじゃなく、先ほど自分が受けた針。そればかりがさ。
もう給食どころじゃなくて、残り時間はその大掃除に割かれるはめになった、と話していたよ。その受けた針たちとやらも、友達の気を抜いたところかつ終わり際にくる刺客だったのかもしれない。




