一話「森の中」
薄暗い森の中、朝の光が木漏れ日となって地面に差し込んでいた。
その優しい光の中で僕は目を覚ました。
「…ふぁ~あ。どこだ、ここ」
周りを見渡すと辺りには見たことのない草や木々に囲まれ、風はほんのりと土の香りを運んでくる。
出来事の記憶は残っているのに、体の感覚はさっきとはまるで別人。
自分の名前も、性別も、年齢も。あのことの衝撃ですっかり曖昧になっていた。
「とりあえず起きるか!」
自分でそう呟きながらゆっくりと立ち上がる。不思議と服はさっきとは違っており、簡単なパーカーに短パンだったはずが、シンプルなTシャツにジーンズになっていた。
しかも体付きが前と比べて少し違っていた。手や足の大きさが前とは違う。
まるで幼くなっているような。そんな体になっていた。
ふと視線を感じ左を向くと、森の奥で小さな影が揺れているのに気が付いた。
「なんだろう」
影は最初木や岩かと思ったが、次の瞬間低く間延びした声が聞こえた。
「おぉ、起きたかぁ」
四本の足で立っている、深紫色の小さな獣が目の前にちょこんと立っていた。
何だか狐と犬種の中のポメラニアンと悪魔を足して3で割ったような不思議な見た目だ。
角がおでこの左上に生えており、背中には小さな悪魔のような翼が生えている。尻尾が三又に分かれていて、2本はもふもふの狐のような尻尾だが残り一本がなぜか小悪魔の尻尾になっている。
僕がずっと無言で獣を見ていると器用に顔を尻尾で隠し、照れている。
「そんなジロジロ見られたら恥ずかしいだろぉ」
「ごめん」
「そんなハッキリ謝らなくてもいいんだぞぉ。というか大丈夫かぁ?」
今度は獣の方が僕をジロジロと見てくる。
僕はそんなに心配されるほど倒れていたのだろうか。
「だってお前はよぉ、お前がなんか居てから太陽が3回くらい沈んだんだぞぉ?大丈夫か?」
「え、そんなに…?!」
「心配だったんだぞぉ。急に現れるしなぁ」
どうやら僕は3日間ほども倒れていたようだ。そりゃあ心配するな、と思いながらふと空を見上げる。そこで初めて気づいた。
「え、なにあれ?!」
「なんだぁ、あぁ。あのひぶびかぁ?」
「ひぶび?」
空には黒くて長方形の大きい海苔や昆布のようなものがゆらりゆらりと浮かんでいた。
「この森にはたまにひぶびが浮いてるんだよなぁ。ひぶびを作ってる魔族がここには住んでるからなぁ」
「ま、魔族?!」
「何驚いてるんだぁ。ひぶび、食べるかぁ?」
小さく返事をし、頷くと獣がニコリと笑うと小さな翼で空に飛んで行った。
そして体でひぶび?を押してこちらに戻ってくる。
「これがひぶびだぁ。さあ、食べてみるんだぁ」
「うん!」
一口かじるとまず酸っぱい味が口に広がる。でも不思議と食べられなくはないような不思議な酸っぱさだった。触感はコリコリしていて、まるで昆布のような触感。
「どうだぁ、美味しいかぁ?」
僕が美味しいと答えると獣が嬉しそうに尻尾を振る。
「そうだろぉ、ひぶび美味いんだぞぉ。大人は酸っぱいっていって食べねぇが子供には人気だぞぉ」
「へぇ…。そういえば、君。名前は?」
僕がそう聞くと獣は一瞬だけ言葉に詰まってから、「ないぞぉ…」と答えた。
そういえば、僕の名前の記憶も疎かになっていて覚えていなかった。
「そっか、僕は覚えてないんだ」
「そうなのかぁ。じゃあ、お互い名前付けるかぁ?」
「それいいね!でも名前、か…」
しっくりくるものなんて思い浮かばなかった。
獣に合いそうな名前が浮かんではすぐに消える。
ふと頭の端に残っていた名前があった。
「ディナビル」
「その名前、いいじゃないかぁ。じゃあお前はこれからリビロって名前なぁ」
「リビロ、いいね!」
リビロと心の中でゆっくり唱える。不思議と元々その名前だったような安心感があった。
「名前ってあるといいなぁ。名付けてくれてありがとうよぉ、リビロ」
「うん!こちらこそありがとう、ディナビル」
ひぶびの元ネタは酢昆布です。




