第2話「光苔の森」
地上の朝は、いつも眩しすぎる。
けれど――迷宮の中では、“夜が光っていた”。
「うわ……なんだこれ、綺麗すぎだろ。」
最初に声を漏らしたのはゼンだった。
彼の目の前には、森一面を覆う“光る苔”の海が広がっている。
地面も、木の根も、岩壁も。すべてが淡い緑の光で満たされていた。
天井の岩盤には、蛍草の花が点々と咲き、
風もないのに光が揺れているように見える。
「これが……第一層、《光苔の森層》。」
リアがゆっくりと息を吐いた。
瞳が《刻視》に反応し、青い光が一瞬だけ走る。
光が集まり、流れ、森全体を巡っている。まるで“生きている”ようだ。
「リア、それ、今見えてんの?」
「うん。魔力の流れが……この層全体に循環してる。」
「そりゃ、森が呼吸してるって感じか。」
「正確には、魔素を食べて吐いてるんだと思う。」
「おい、そんな怖い表現すんなよ。」
ミナが少し笑って、肩に掛けた薬袋を揺らした。
「でも、空気が綺麗……。地上より呼吸が楽です。」
「魔力の濃度が違うからな。人によっては酔うぞ。」
リアが答えた。
「……まぁ、酔うほどの魔力なんて、今の俺たちには足りねぇけどな。」
ゼンが苦笑する。
しばらく進むと、小さな小川が現れた。
透明な水が光を反射し、底に丸い石が並んでいる。
魚のようなものが泳いでいるが、よく見ると鱗が淡く光っている。
「“光魚”か。魔力を蓄えて泳ぐ種類だな。」
リアがつぶやく。
「食べれるの?」
ゼンが聞くと、ミナが頬を膨らませた。
「もう、入って早々に食べ物の話ですか?」
「腹が減るのは生きてる証拠だろ。」
「そう言って、前回カエルの魔石スープ飲んだ人が何を……」
「おいおい、その話は忘れろ!」
三人の笑い声が森に響く。
が、その音が途切れる瞬間――リアの耳がわずかに動いた。
「……静かになった。」
「え?」
「鳥の声が消えた。」
その直後。
草陰から、灰色の何かが跳ねた。
「来る――!」
リアの剣が瞬時に抜かれ、火花が散る。
刃が硬質の皮を弾き、衝撃が腕を走る。
姿を現したのは、四足の獣。
狼のような形をしているが、身体が透けて見える。
輪郭が“揺らいで”いた。
「……シャードウルフ!」
ミナが叫ぶ。
「透明化するタイプか、厄介だな。」
ゼンが低く構える。
「リア、見えるか?」
「うん、《刻視》展開――見える。魔力の筋が薄いけど……後ろ!」
リアが叫ぶのと同時に、ゼンが横に跳んだ。
彼の足元に淡い光が走る。《幻脚》。
瞬間、残像を残して位置を変える。狼の爪が空を切った。
「っぶねぇ……!マジで消えるのかよ、こいつ!」
「体表の魔力が光を屈折させてる。中位の擬態種だ。」
「わかってもどうしようもねぇぞ!」
リアは剣を逆手に構え、息を整えた。
《刻視》で見る。
狼の魔力の流れが、前足から尻尾へ向かって脈動している。
跳躍の直前、魔力が一瞬、心核に集まる。
「……タイミングを合わせる。」
リアが低く呟いた。
ゼンがそれを聞き取って頷く。
「合図くれ。」
「ミナ、支援を。」
「《脈響》――展開!」
ミナの紋術が発動する。
三人の心拍が一瞬、同じリズムで鳴る。
呼吸が揃い、鼓動が揃い、
まるで一つの身体になったような感覚。
狼が、跳ぶ。
リアの足が動いた。
ゼンがそれに続き、幻の残像が二つ。
剣と短剣が、狼の進路を挟み込むように閃いた。
ガキィンッ。
透明な皮膚が裂け、光が漏れる。
その一瞬で、リアの刃が心核を貫いた。
「……ッ、ふぅ。」
獣の光が消え、姿が完全に現れる。
その体は灰となり、光の粒子になって崩れた。
「……よっしゃぁ!」
ゼンが短剣を振り払って叫ぶ。
「一撃で仕留めたな。やるじゃねぇか、隊長。」
「……隊長じゃない。」
「いーや、今のは完全に指揮してた。」
ミナが笑ってうなずいた。
「心臓、まだ速い……でも、変じゃない。生きてるって感じです。」
「それは緊張のせいだよ。」
リアが息を整えながら答える。
「……でも、悪くない。」
その後も彼らは進み、いくつもの新しい発見をした。
光る果実を食べる小動物。
魔石を咥えて水に沈める鳥。
足音を感知して動く木。
迷宮は、ただの“ダンジョン”ではなかった。
まるで、異なる世界の“自然そのもの”が生きているようだった。
リアは立ち止まり、森の光を見上げた。
「……姉さん、あなたは本当にここに来たのか。」
答えは、風のように光の中をすり抜けていった。




