第1話「灰の都と、新米探索者」
風が灰を運んでいた。
焦げた大地の匂いが、いつまでも空に残っている。
少年――リア・アルデンはその丘の上に立ち、
眼下に広がる灰色の石造りの都市を見下ろしていた。
都市の中心には、青白い光を放つ一本の塔。
その塔の名は〈ルミナス・コア〉。
塔の真下に口を開ける巨大な縦穴――
それが、人類最大の未踏領域。
〈黎明の迷宮〉。
リアは胸元のペンダントを握る。
古びた銀の枠に、小さな肖像が収まっている。
長い金髪に穏やかな笑みを浮かべた女性――姉のアリシア・アルデン。
三年前、この迷宮で消息を絶った。
「……姉さん。俺も、行くよ。」
呟きとともに、少年は迷宮都市〈ルヴァルディア〉へ足を踏み入れた。
朝の街は賑わっていた。
行商人の声、鉄槌の音、酒場の喧騒。
すべてが生きて動いている。
この都市には、迷宮を目指す者が集う。
彼らは“探索者”と呼ばれる職能者たちだ。
彼らの力を測る指標は――魂値。
戦い、修練し、生き抜いた分だけ魂が鍛えられ、
その強度を“魂計”と呼ばれる魔道具で計測できる。
魂値は冒険者の格を決める数値だ。
一般人が「50前後」。
百を超えれば駆け出し探索者。
千を超える者は街でも一目置かれる存在になる。
そして、姉のアリシアは――魂値四千を超える“英雄級”の探索者だった。
リアは冒険者ギルド〈黎明の杯〉の前で立ち止まった。
古い木造建築。掲げられた杯の紋章。
扉を開くと、酒と汗の混じった匂いが鼻を突く。
受付に座る赤髪の女性が顔を上げた。
「登録かい? 書類はある?」
「はい、リア・アルデン。十五です。推薦は……ありません。」
「アルデン?」
女性の手が止まる。
周囲のざわめきが一瞬で広がった。
「アルデンって、まさか――」
「“暁の翼”の副長アリシアの弟?」
リアは黙って頷く。
女性は小さく息を吐いた。
「……あの人の弟か。そっか。」
しばしの沈黙のあと、彼女は淡く笑った。
「――登録を通すわ。でも、生きて帰ること。それが条件よ。」
「はい。」
渡された金属カードには「F級探索者」の文字が刻まれていた。
――ここから始まる。
ギルド裏の宿〈灰の灯〉。
壁は煤け、床は軋むが、温かい灯が絶えない。
「新入りかい?」
宿の女将が笑う。
「ここじゃ夜中に迷宮の唸り声が聞こえるって評判だよ。」
「……聞いてみたいです。」
「物好きだねぇ。死んだって知らないよ?」
そのやり取りを横で聞いていた青年が振り返る。
「おい、新顔。明日初潜りか?」
「そうです。リアです。」
「俺はゼン・カルロス。罠外し専門のE級。もしよけりゃ組まないか?」
「罠外し……お願いします。」
「決まりだ。ま、死ぬなよ。」
「それ、みんな言いますね。」
「ここじゃ挨拶みたいなもんだ。」
笑い合う二人を見て、給仕の少女ミナがクスッと笑う。
「……本当に死なないでくださいね?」
「が、頑張ります。」
そうして、即席の探索隊が結成された。
翌朝。
迷宮入口の前、冷たい風が吹き抜ける。
巨大な鉄製の扉が軋み、暗闇が口を開けた。
リアは深呼吸し、魂計を見た。
魂値「68」。人並み以下。
それでも、足は止まらない。
ゼンが短剣を抜き、ミナが腰の瓶を確かめる。
「よし、初潜りだ。リア、ビビるなよ。」
「すでにビビってます。」
「正直でよろしい。」
三人は闇へと足を踏み入れた。
そこは、淡い青光に照らされた苔の森だった。
天井から滴る水滴が、無数の光線を描く。
幻想的な光景に、リアは一瞬見惚れる。
「……綺麗だな。」
「気を抜くな。ここ、第一層“光苔の林”だ。小型モンスターが多い。」
「どんなのが出るんですか?」
「バークラウル。樹皮獣だ。足速いぞ。」
――ガサリ。
その音がした瞬間、リアは剣を抜いて構えた。
苔の茂みを割って、四つ脚の影が飛び出す。
木の皮膚、緑の背。
口には光る苔をくわえた獣――バークラウル。
「来るぞ!」
ゼンが短剣を構え、ミナが瓶を掲げる。
リアの心臓が跳ねた。
初めての実戦。
バークラウルが突進。
リアは剣を構え、滑るように横へ回避。
“見える”――。
獣の足元、揺らめく魔力の筋。
《刻視》が発動する。
「――ここだッ!」
剣を振り抜き、脚の関節を斬り裂く。
獣が悲鳴を上げ、ゼンの短剣が首を貫いた。
静寂。苔の光が再び森を照らす。
息を荒げながら、リアは立っていた。
「……勝った、のか。」
「おう。初陣にしては上出来だ。」
ゼンが笑い、ミナが回復薬を差し出す。
「血、出てますよ。」
「ありがとう。」
リアは空を見上げた。
迷宮の天井から滴る光の雫が、まるで星のように輝いていた。
――姉さん。俺、ちゃんと生きてるよ。




