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第6話 --悪役?令嬢様参上--


窓の外では風が枝を揺らし、秋の終わりの匂いを店内に押し込んでいた。


薪がぱち、と音を立てると同時に、ふわりと光が舞う。


カリス:「本日のお客様は……貴族の方ですわ。どうぞ、いつも通りに。」


「いやいやいや、貴族!? ここに来るんですか? 失礼したら首飛ぶやつじゃ……」

三郎は思わず背筋を伸ばし、カウンターの布巾をぎゅっと握りしめる。


カリス:「あら、首までは飛びませんわよ。……たぶん。」

どこか楽しげなカリスがくすりと笑う。


木鈴がからんと鳴り、扉が開いた。

豪奢なドレスの裾が床を払う。光沢のある栗色の髪、背筋の伸びた立ち姿に三郎は息をのんだ。


???:「クラリッサ=ヴァレンティーナ=フォン=ローゼンリヒトよ。」


「な、名前長っ……! お、お貴族様ぁ!? ここで大丈夫でした!?」


クララは涼しい顔で言った。


クララ:「畏れなくてもよいのですわ。クララと呼んでくださってよろしくてよ。」


カリスはにこにこしながら、三郎の背中を押す。


カリス:「ほら、緊張してるとティーの味も台無しですよ。」


三郎は慌てて和ら木ティーを差し出した。

「ど、どうぞ、あたたかいうちに……。和ら木ティーでございましゅ……っ。」


クララは優雅に一口含み、ふっと微笑んだ。


クララ:「……まあ、平民の飲み物にしては悪くなくてよ。」


三郎は心の中で「平民の飲み物言うな」とツッコミつつも、妙に誠実さを感じていた。

見下しているのではなく、思ったままを口にしているだけだと分かったからだ。


クララはマグを置き、ためらいながら言った。


クララ:「……ここ半年で使用人が三人も辞めましたの。わたくし、そんなに酷い人間かしら。」


三郎は紙と鉛筆を取り出し、少し前のめりになる。


「何かやめる前に出来事はありませんでした?」


クララは指先でマグの縁をなぞりながら答える。


クララ:「一人目は給仕の手つきが遅いときに“下がってよいわ、わたくしがやるから”と言った日ですわ。」


三郎はうなずき、さらに問う。


「ほかには?」


クララ:「二人目は書類整理が終わらず泣き出したので、“泣いても終わりませんわ、見ていなさい”とわたくしが片付けました。」


「もう1人の時も何ありませんでしたか?」


クララは少し恥ずかしそうに視線をそらした。


クララ:「三人目は庭師。薔薇の剪定を見て“もっと効率よい方法がありますわ”とやって見せたら、次の日から来なくなりましたの。」


三郎はため息をつき、紙を見下ろす。


「……ああ、これ、悪気ないのに嫌われるやつだ。」


クララ:「嫌われる? わたくしが?」


「はい。でも意地悪だからじゃない。クララさんは全部、相手のためにやってる。“怪我したら困る”“終わらなかったら困る”“もっと楽にできるのに”って、ちゃんと考えてる。」


クララの頬がわずかに赤くなる。


クララ:「……まあ、確かに、そんなふうに思っていましたわ。」


「そこはすごいんですよ。普通なら“勝手にやっといて”で済ますところを、クララさんは最後まで見届ける。優しい人ですね、クララさんは。」


クララは一瞬ほころんだが、すぐに表情を引き締める。


クララ:「ですが、結果として辞められましたの。それでは優しさが台無しではなくて?」


三郎は頷いた。


「そう。だから問題は“やってること”じゃなく“伝わり方”なんです。」


三郎は少し意地悪そうに、わざと体験させるように言った。


「もし僕が今“クララさん、今の言い方ちょっと怖いですね”って言ったら、どう思います?」


クララはぴたりと固まり、やがて小さく息を吐いた。


クララ:「……少し、傷つきますわ。」


三郎はにっこり笑った。


「それと同じことが起きてるんです。クララさんが相手のためを思ってした言葉が、相手には“怖い”や“責められた”に聞こえてしまう。だから、次は“任せて見守る勇気”が必要かもしれませんね。信じて任せて、最後に“ありがとう”って言ってあげるだけで、きっと変わると思います。」


クララはマグを見つめ、しばらく黙り込んだ。長い沈黙のあと、ゆっくり顔を上げる。

目の奥には確かな決意が見てとれた。


クララ:「……納得いたしましたわ。」


そして、少し照れたように微笑む。


クララ:「三郎さん、……ありがとう。」


三郎も笑みを返し、カリスがぱちぱちと拍手をし、店の灯りが一段と明るくなった。



--


数日後、木鈴がからんと鳴る。クララがゆっくりと入ってきた。

今日は豪奢なドレスではなく、少し落ち着いた外出着だ。


クララ:「……やっと、和ら木に来る余裕ができましたの。」


頬を赤くしながら、クララはカウンターに腰を落ち着かせてからゆっくりと語り始めた。


クララ:「給仕の子に“あなたに任せますわ”と言って、最後まで見ていましたの。……正直、途中で口を出したくて仕方なかったですわ。でも終わったあと、“ありがとう”と言ったら、あの子、泣きながら笑いましたの。今度は書記にも同じことをしたら、“クララ様が褒めてくださった”と皆に自慢していましたわ。」


三郎は目を細めてうなずいた。


「それは大きな一歩ですね。」


クララは照れくさそうに、しかし誇らしげに笑った。


クララ:「ええ、とても恥ずかしかったけれど……楽しくもありましたわ。こんなに笑ったのは久しぶりですの。」


冬の入り口にいるとは思えないほど、甘宿り和ら木の中には穏やかで暖かな空気か満ち足りたのだった。


--


すっと光が舞い、カリスが現れる。


カリス:「今回の甘甘ポイント、+40ですわ。最初に少し怯えていましたが、最後は堂々としていて素敵でしたね。」


三郎は肩をすくめて笑った。


「いや、あのときは首飛ぶかと……でも、結果的にいい経験でした。」


カリスはにやりと笑い、少しからかうように言った。


カリス:「ふふ、貴族相手でもちゃんと踏み込めるようになりましたわね。次はもっと軽口を叩けるかもしれませんね。」


三郎は苦笑しつつも、どこか満足そうに頷いた。


「じゃあ次は、もっと余裕持ってお迎えしますよ。」


カリスは読者に向き直り、優雅に一礼する。


カリス:「皆さまの“ありがとう”は、誰に向けて伝えますか?感想やお悩み、お待ちしております。次に和ら木のカウンターに座るのは、あなたかもしれません。」




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