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第5話 --ひび割れたのは杖だけだ--

窓の外は、刈り取りを終えた畑が鈍い金色に沈み、冷たい風が藁束の匂いを店内に押し込んでいた。

薪をくべると、ぱち、と小さな火の音が返ってくる。


ふわりと光が揺れ、カリスが現れた。


カリス:「本日のお客様は遠征帰りです。心身ともに疲労が濃いご様子。どうか、やさしく受けとめて差し上げてください。」


木鈴がからんと鳴り、扉が開く。

煤で黒ずんだ外套、ひび割れた杖、焦げた指先。戦場の匂いをまとった女性が立っていた。


「いらっしゃいませ。僕は三郎といいます。ここ“和ら木”でお話をうかがいます。何かお力になれますか。」


カリス:「こちらは王都遠征隊の魔法使い、ミラさんです。」


ミラは小さく会釈し、カウンター席に腰掛けた。

和ら木ティーを渡すと、両手でカップを包み、一口含む。


ミラ:「……助かります。」


三郎は紙と鉛筆を置く。


「よければ、今日ここに来るまでのことから。」


ミラは視線を落とし、ぽつりと語り始めた。


北の境で魔獣の群れを押し返していたこと、結界・補助・攻撃・索敵・治療と何もかもを求められていること、休む暇がないこと。


「前線は何人くらいなんですか。」


ミラ:「勇者様、剣士、僧侶、私の四人です。予備の魔法使いはいません。」


「休憩は?」


ミラ:「休息の番は“取れる人から勝手に”という感じです。けれど、私は取れない。結界を張ったままじゃないと前衛が落ちるから。」


「討伐の指揮は誰が?」


ミラ:「勇者様です。指示は的確。でも、あの方もずっと前に出ている。」


三郎は黙って紙に人数と役割を書き出した。

魔法使い一人、結界・索敵・治療も兼任――明らかに過負荷だった。


三郎は一度息を吐き、迷うようにカリスへ目をやった。


「……これ、ミラさんだけに言っても解決になりませんよね。」


カリスはやさしく微笑んだ。


カリス:「では、皆さまをお呼びしましょうか。」


三郎は小さくうなずいた。


光の扉が開き、カリスが軽やかに消える。


静寂が戻った店内で、三郎はもう一杯ティーを注いでミラに差し出した。


「すみません、少し時間がかかります。温まりながら待ちましょう。」


ミラ:「……三郎さんは、こんなふうに人の話を聞いてくれるんですね。」


「ええ、まだ始めたばかりですが。でも、こんなに何でもできる人は初めてです。」


ミラは少し照れ、カップの縁を見つめる。


ミラ:「できるから、やってしまうんです。本当は、誰かに止めてほしかった。」


「じゃあ今日がその日かもしれませんね。あなたが止まっても、世界はちゃんと回ります。」


ミラは小さく息を吐いた。その表情は来店したときより柔らかい。


木鈴が再び鳴り、光の扉が開いた。

カリスが勇者、剣士、僧侶を連れて戻る。


カリス:「お待たせしました。皆さま揃いましたよ。」


三郎は深く頭を下げる。


「今日は、ミラさんの話を聞きました。これは一人で抱える話ではないと思います。皆さんの状況も教えていただけますか。」


勇者はカウンターの木目を見つめたまま、低い声でぽつりと言った。


勇者:「……俺、夜番で立ったまま眠りかけた。」


剣士:「肩が壊れそうなのに次の討伐行かされる身にもなれよ!」


僧侶:「回復が遅れてるのに、“もっと祈れ”って言われるんです!」


ミラ:「……それ、私の結界が持たなかったら全員危なかったんですよ。」


空気が一気にざらつく。

誰も座り直そうとせず、視線だけがぶつかる。


勇者:「……あの時、無理に押し切ったのは俺だ。でも止まったら王命を果たせないと思った。」


剣士:「盾を二回落とした。黙って拾いながら“これ終わったな”って思ってた。」


僧侶:「祈りを飛ばした日があった。剣士さんが傷だらけになったの、あれ私のせい。」


ミラ:「じゃあ言ってくれればよかったのに! 私だけ完璧にやらなきゃって思って、もっと無理しました。」


沈黙が落ちる。


三郎はカウンターから出て、和ら木ティーを人数分並べた。

ふわりと湯気が広がり、冷たい空気をやさしく押し返す。


「皆さん、本当に全力でやってるんですね。まずは一口どうぞ、和ら木ティーです。」


勇者たちはカップを手に取り、深く息を吐いた。

表情がわずかに和らぐ。


「ここは戦場じゃありません。次に進むための言葉を出しましょう。全部紙に書き出して整理してみませんか。」


紙には、不満、後悔、感謝がびっしりと並んだ。


「こういう話し合い、最後にやったのはいつですか。」


勇者:「……ん、いや、やってないな。」


僧侶:「反省会どころか、食事すら一緒にしてない。」


剣士:「そりゃぁ、…ギスギスするわけだ。」


三郎は新しい紙を広げた。


「じゃあ、反省会のルールを作りましょう。まず……“誰かを責めない”。」


剣士:「いいな。でも失敗は指摘していいよな。」


僧侶:「順番に話さないと結局言えない人が出るんじゃないかな。」


勇者:「無理な要求はしない、も入れてくれ。」


ミラ:「……褒めるところから始めたいです。そうすれば言いやすい。」


三郎はペンを走らせる。


1. 誰かを責めない

2. 順番に簡潔に話す

3. 無理な要望や挑戦はしない

4. よかった点から話す


「どうでしょうか。」


勇者:「いいな。声に出して読もう。」


全員が声を揃えて読み上げると、剣士が吹き出した。


剣士:「なんか、真面目なのに変に楽しいな。」


僧侶:「呪文みたいですね。」


ミラ:「じゃあ詠唱しながら始めます?」


場が少し和やかになった。


「せっかくですから、今から少しこの反省会を試してみましょう」


ミラ:「はい、やってみたいです!」


勇者:「じゃあ褒めるところから。」


剣士:「ミラの結界がなかったら、俺は三回は死んでた。」


僧侶:「勇者様の前に出るタイミング、完璧でした。」


勇者:「剣士の踏み込みが止めになった。」


ミラは肩を震わせ、少し笑った。


ミラ:「言葉にされると、こんなに嬉しいんですね。」


勇者:「頼りきりで悪かった。これからは休むタイミングをちゃんと作ろう。」


剣士:「盾役も交代する。俺の肩が生き延びる!」


僧侶:「祈りの順番、紙に書いて貼っておこう。」


ミラ:「じゃあ私も、魔力残量を毎回言います。勇者様がびびるくらい正直に。」


勇者:「やめろ、毎回胃が痛くなる!」


全員が吹き出し、店内に薪のはぜる音と笑い声が重なる。


三郎は紙をまとめて頷いた。


「これで“次にうまくやるための会”になりましたね。」



--後日談 和ら木にて


数日後、木鈴がからんと鳴る。

勇者一行が軽やかな足取りで入ってきた。


勇者:「反省会やったら、戦闘が嘘みたいにスムーズだった。」


剣士:「休憩が増えたのに討伐が早く終わった。」


僧侶:「回復が間に合って、心に余裕ができた。」


ミラ:「詠唱が途切れなくなりました。杖はひび割れたけど、心は折れてません。」


三郎は微笑んだ。


「よかった。本当に、ひび割れたのは杖だけでしたね。」


勇者:「休息日も増やせそうだから、ここに来る回数も増えそうだよ。」


「笑顔の人と売り上げが増えるのは嬉しいです!」


三郎とパーティーメンバーは大いに笑い合った。


光が舞い、カリスが現れる。


カリス:「本日の甘甘ポイント、+45。減点なしです。よく聞き、よく見て、決めつけずに対応が出来てました。何より本人達で解決するきっかけに徹したのは素晴らしかったですよ。」


三郎は笑った。


「やった、初の満点!……満点で45点なの!?」


カリス:「いや、満点とかは特に決めてないですが?」


三郎はなんとも言えない顔になったのだった。


カリスは読者に向き直り、やさしく微笑む。


カリス:「皆さまのパーティにも、話し合いの場はありますか?感想やご相談あれば、是非お待ちしています。 次に和ら木のカウンター座るのは、あなたかもしれません。」



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