第50話 --橋をかける者--
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和ら木の昼下がり。
カップから立ちのぼる湯気が、静かな午後の日差しに揺れていた。
三郎は新聞を読みながら、ゆっくりと紅茶を口にする。
カリス:「今日の新聞、すごいですよ。ユリオンさんの特集なんです!」
「おお……あの時の“優秀な青年”が、とうとう新聞の一面ですか。」
ワタまる:「ぽふー!(出世したねぇ)」
三郎が紙面を広げると、見覚えのある名前とともに、大きな見出しが目に入った。
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【街の目新聞・第180号】
「橋をかける者
――伝えることで世界を結んだ商人」
和平協定から数年。
経済と文化の両面で、今ひとりの青年が注目されている。
――商会連合評議員、ユリオン・フェリス。
かつて“効率に囚われた若き商人”だった彼は、
今や“伝えることで動かす人”として名を馳せている。
彼が提唱したのは、「橋の理論」。
――人と人の間には、理解の川がある。
渡るために必要なのは、正しさではなく“渡り方”だ。
それぞれの思考は川の両岸にある。
一方が正論を叫んでも、相手には届かない。
けれど、声のトーンを変え、歩幅を合わせ、視点を揃えれば、
橋は自然にかかる――ユリオンはそう説く。
この考え方は商会だけでなく、政治や教育、外交の現場にも広がった。
摩族(※摩は本来“摩訶不思議”に由来)の長老院は彼を「通訳のいらない商人」と呼び、
彼の助言のもと、人族との合同市場“共橋バザール”を設立した。
物を売るのではなく、考えを交換する市場。
取引は一方的ではなく、互いの理解を前提に進む。
価格よりも“理由”を問う商談が増え、
そこから多くの共同発明と文化融合が生まれている。
ユリオンはこう語った。
「変わるとは、相手をねじ曲げることじゃない。
自分の考えを“相手が届く形”に整えることだ。
言葉は橋材、想いは架け手。
誰もが橋をかけられると知ったとき、社会は動き始める。」
その姿勢は若き政治家や教師たちにも影響を与え、
いまでは国を越えて“伝え方講習会”が開かれるほどになった。
彼が言葉の最後に添えるのは、いつもこの一文だ。
――“自分から変わる者は、世界の橋を最初に渡る者だ。”
記:アルベルト・シュナイダー
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新聞を閉じた三郎は、しばらく黙っていた。
「……橋か。ユリオンさん、あの時の“優秀さ”を、ようやく本当の意味で発揮するようになったんだなぁ。」
カリス:「はい。昔は“正しさで押す”人でしたけど、
今は“想いでつなぐ”人になりましたね。」
ワタまる:「ぽふー!(橋、あったかそう)」
三郎はふっと笑った。
「伝え方ひとつで、世界がこんなに変わるんですね。」
そのとき、ドアベルが鳴く。
ちりん――。
入ってきたのは、立派なスーツ姿の青年。
どこか懐かしい顔だった。
ユリオン:「……ご無沙汰しています、三郎さん。」
三郎:「おお、やっぱり君でしたか。」
ユリオンは少し照れくさそうに笑う。
ユリオン:「昔は、“変えられない周囲”ばかり見てました。
でも今は、“変えられる伝え方”を探すのが楽しいんです。」
カリス:「すっかり変わりましたね!」
ユリオン:「まだまだです。……それに、今度は僕が“和ら木の教え”を広める番だと思ってます。」
三郎は穏やかに微笑み、カップを差し出した。
「そんな…、いや、そうですか。
それじゃあ、橋を渡る前に一杯どうぞ。」
ユリオンはうなずき、静かに湯気の立つカップを受け取った。
ユリオン:「……この香り、懐かしいな。最初にここで、“変えられない部分”と共に“変えなくていい部分”を教わった気がします。」
「ええ。変えられないものを受け入れた人だけが、
本当に変えられる人になるんですよ。」
カリス:「……あっ、名言!もうしれっと出るんですね!」
ワタまる:「ぽふー!(今日もいい雰囲気だね)」
全員で少しの間、笑い合う。
夕暮れが差し込み、窓辺の鈴がそっと鳴った。
風は穏やかで、どこか遠くの橋の上まで続いているようだった。




