番外編 --ある日の討伐隊1--
森の奥から、獣の低いうなり声が響いた。
次の瞬間、茂みを割って黒い影が飛び出す。
勇者の剣が一閃し、火花と血しぶきが散る。
剣士:「まだ奥にいるぞ!」
ミラは杖を掲げ、結界を展開した。
見えない膜に牙が弾かれ、甲高い音が森に響く。
剣士がすかさず斬り込み、僧侶が回復を飛ばす。
だが僧侶の詠唱は明らかに遅れていた。
僧侶:(あと何回……? いや、考えるな、唱えろ。)
三匹目の魔獣が倒れたとき、勇者は深く息を吐いた。
誰も歓声を上げない。
土と血の匂い、鉄の匂いだけが残る。
勇者:「……撤退だ。日が落ちる前に移動するぞ。」
全員が頷き、無言で荷物をまとめる。
草を踏む音と、甲冑の金具が鳴る音だけが響いた。
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道はぬかるみ、剣士の足取りは重い。
肩にかけた盾が何度もずり落ち、そのたびに片手で持ち上げる。
僧侶は祈りの札を握ったまま、足元だけを見つめている。
ミラは後方で結界を維持しながら、杖を握る指先がかすかに痺れていた。
ミラ:(結界を弱めたら、少しは楽になる……でも前衛が落ちたらどうする。)
夜になるころ、ようやく野営地が見えた。
草原のあちこちに灯がともるが、笑い声はひとつもない。
どの焚き火も、黙々と荷を下ろす影ばかりだ。
彼らも火を起こしたが、鍋を囲むことはなかった。
勇者は地図を広げ、剣士は無言で装備を磨き、僧侶は祈りを唱えながら傷を癒やす。
ミラは少し離れた場所で杖を立てかけ、結界を張ったまま地面に座った。
風が強まる。
火の粉が飛び、ミラの頬に当たる。
頬を拭った手が、ひび割れた杖の感触を確かめる。
ミラ:(もう限界。でも誰にも言えない。)
食事は短く、干しパンとスープをそれぞれの場所で口に運ぶだけ。
言葉は交わされない。
焚き火の音だけがぱちぱちと響いていた。
夜更け、勇者が警戒の番に立つ。
剣を杖にして立ち、空を見上げる。
瞼が一瞬落ちる。
勇者:(……まずい。次は剣士を起こすか。)
しかし起こす前に、剣士がうなされるように寝返りを打った。
肩が痛むのか、苦しげに眉を寄せている。
僧侶も、祈りの札を握ったまま寝落ちしていた。
ミラは結界を強めた。
杖が軋む音がした気がして、胸が冷たくなる。
誰も気づかないまま、夜は深くなっていった。
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夜明け前、地平線がかすかに白むころ、全員が荷をまとめた。
硬い干しパンをかじる音だけが響く。
会話はない。
剣士の顔色は悪く、僧侶の唇は乾いている。
勇者:「行くぞ。」
返事はなかったが、誰も立ち止まらない。
足音が草原を叩き、朝の冷気をかき乱していった。




