第48話 --風を読む者--
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和ら木の昼。
窓の外を渡る風が、鈴を小さく鳴らした。
三郎がカップを磨いていると、新聞受けが音を立てる。
カリス:「今日は“カイルさん”の記事ですよ。」
「……あの有翼人の?」
カリスはうれしそうにうなずき、紙面を広げた。
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【街の目新聞・第166号】
「風を読む者
――地上に降りた有翼人の革命」
かつて“片翼の落人”と呼ばれた有翼人カイル・ルフト。
飛ぶ力を失った彼は、地上に降り、風を見つめることから人生をやり直した。
最初のうちは苦しかったという。
風を感じても、空へ戻ることはできない。
吹きつける突風が、過去の痛みを思い出させた。
だが、ある日、彼は気づいた。
――“飛べない者、いや飛ばない者にしか見えない風”があるのだと。
地上では風が匂いを運ぶ。
湿った空気の重み、草が揺れる角度、砂の粒が舞う高さ。
それらを観察するうちに、
彼は天候の変化を誰よりも早く察知できるようになった。
やがて人々は彼を“風読み師”と呼び、
農民たちは彼の言葉で種を蒔き、
漁師たちは彼の予報で出航を決めるようになった。
飛ぶことを失った男が、
地上の風を読むことで世界を導く――それは静かな奇跡だった。
いま、彼は摩族(※摩は本来“摩訶不思議”に由来)の風操術――“風摩法”の研究者たちと協働して、
新たな通信術“風通信”の開発に挑んでいる。
風の流れに微細な摩力の波を乗せて、
遠く離れた地でも同じ風の響きを感じ取れるようにする試みだ。
嵐の予兆、雨の知らせ、そして平和の合図までもが、
風によって伝わる日を目指して。
カイルは笑ってこう語った。
「かつて風は“道”だと思っていました。
でも今は、“声”だと感じます。
誰かの笑い、誰かの祈り
――それが風に混じって届くんです。」
空を失ってなお、彼は空と最も近いところにいる。
風を聴き、読み、伝える者――
その姿はまるで、空と地をつなぐ架け橋のようだった。
記:アルベルト・シュナイダー
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三郎は新聞をたたみ、深く息を吐いた。
「……飛べなくなった、だこらこそ、空の声が聞こえるようになったんですかね。」
カリス:「はい。翔ぶことに縛られていた人が、“翔ばない自由”を見つけたんです。」
そのとき、ドアベルが鳴いた。
ちりん――。
カイルが入ってきた。
以前よりも穏やかな表情で、片翼は風に揺れている。
カイル:「……お久しぶりです。…風の具合を見に来ました。ここは、いつも柔らかい風が吹いている。」
三郎は笑った。
「それはあなたが運んできてるのかもしれませんよ。」
カイルは少し照れくさそうに肩をすくめた。
カイル:「昔は、風に乗ることばかり考えていました。
でも今は、風を“聴く”ほうが楽しい。
翔ぶことから解放されたら、こんなにも世界が広かったのかと思い知らされています。」
カリス:「……翔ばない翼が、世界を動かしてるんですね。」
カイルは微笑んだ。
カイル:「ええ。今は“風摩法”の研究者たちと協力して、
どんな場所にも風の声を届けようとしているんです。
風は、もう“誰のもの”でもありません。」
ワタまるが「ぽふっ」と鳴いて、ふわりと彼の膝に乗った。
カイルはその小さな命を優しく撫で、
カイル:「……この風も、きっと誰かの笑顔から吹いたんでしょうね。」
とつぶやいた。
窓の外では、草がゆるやかに揺れていた。
飛ばずとも届く風の声。
それは、空と地上を結ぶ優しい調べだった。




