第47話 --旅の詩が結ぶもの--
和ら木の朝。
店先の木鈴が風に揺れ、やわらかな音を立てた。
新聞受けには『街の目新聞』の最新号。
三郎はいつものように受け取り、ゆっくりと紙面を開く。
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【街の目新聞・第162号】
「旅の詩が結ぶもの――吟遊詩人アークが奏でた“希望の旋律”」
転生を繰り返した旅人――アーク・エルン。
彼の名を知らぬ者は、今ではほとんどいない。
戦乱の跡地で、傷ついた兵士と民が肩を寄せ合う夜、
彼の歌がひとつ流れると、誰もが泣き、そして笑うという。
その歌の名は、“この世界に生まれてよかった”。
初めて披露されたのは、和平協定調印式の夜。
緊張に包まれた会場にて、誰に頼まれたわけでもなく、
彼は竪琴を手に静かに歌い始めた。
――最初は、誰もがただ聴いていた。
だが途中から、夜の民(※摩族。摩は本来“摩訶不思議”に由来)たちが声を重ねた。
“この空を、分け合えるように”という旋律が幾重にも響き、
その夜、初めて“人族と摩族の共唱”が記録された。
アークは戦場跡に立ち、農地に立ち、学校に立ち、
あらゆる場所でただ歌い、
そのたびに“争いをやめた理由”を人々の胸に残した。
彼は語らない。
ただ、歌う。
――“生まれてよかった”という、その一言のために。
いま世界各地で、アークの歌が“教育の教材”に取り入れられている。
感情を持つこと、他者の痛みを想像すること、
それらを学ぶための最初の詩として。
夜の民の教師リウナはこう語る。
「この歌には“過ちを赦す音”がある。
私たちはそれを聞きながら、自分たちの過去を赦した。」
そして彼は、誰よりも静かに旅を続けている。
王都の劇場で歌い、
小さな村で老人の葬儀を見送り、
孤児院で子どもと一緒に笑う。
彼はどんな場所でもこう言う。
「僕はもう、戦わない。
僕は、この世界を歌うために生きている。」
その姿を見て、私は思う。
――もしかすると、彼は“転生”を超えたのかもしれない。
魂が何度も輪廻を重ね、
ようやく“安らぎの世界”に辿り着いたのだと。
彼が今立っているのは、かつて夢に見た理想郷。
誰もが違いを許し、誰もが笑い、
“生まれてよかった”と口にできる世界だ。
記:アルベルト・シュナイダー
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新聞を読み終えた三郎は、深く息をついた。
「……アルベルトさん、見事な筆ですね。」
カリスがふわりと現れ、手に一通の封筒を持っていた。
カリス:「その記事、アークさんから届いた手紙と同じ日に送られてきたんですよ。」
「……なんだ、連携プレーですね。」
三郎は微笑み、手紙を開いた。
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親愛なる三郎さんへ。
あなたの和ら木を出てから、僕は歌いながら世界を巡りました。
戦いの跡地は畑に変わり、
悲しみで沈んでいた街には、子どもの声が戻っていました。
かつて僕が命を落としたような土地でも、
今では人々が穏やかに語り合い、
争いの話が“昔話”として語られているんです。
不思議ですね。
同じ世界なのに、景色がまるで違う。
空気がやわらかく、誰もが歩く速度をゆるめている。
……これが、“理想郷”というものなのかもしれません。
日本で、そしてこの世界で何度も夢見た景色が、
今、現実として目の前に広がっている。
僕はかつて、何かを残すために生きてきました。
けれど今は違う。
“今ここに生きている人たち”が笑っているだけで、
それが僕の喜びです。
そして、思いました。
あなたが教えてくれた“甘くする”という考え方は、
世界そのものを包む優しさだったのだと。
誰かを救うために生まれたわけではなく、
互いに笑える場所を残すために生きる。
それが、転生の旅でやっと見つけた答えです。
三郎さん、ありがとう。
あなたの言葉がなければ、僕はまだ“戦っていた”でしょう。
この世界は、もう十分に美しいです。
アーク・エルン
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三郎は手紙をたたみ、胸の前でそっと押さえた。
「……理想郷か。あの人なら、そう感じるだろうな。」
カリス:「でも、それを理想で終わらせず“現実”にしてくれたのが、
みんななんですよね。三郎さんも、アークさんも。」
ワタまる:「ぽふ~(この世界、あま~い)」
三郎は笑ってうなずいた。
「……そうですね。甘くなった世界って、いい響きです。」
窓の外では、遠くから子どもたちの歌が聞こえてきた。
それはアークの旋律――
“この世界に生まれてよかった”。
風が頬を撫で、木鈴がちりんと鳴る。
和ら木の店内に、静かな調べが響いた。




