表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/66

第46話 --世界にひと口の休符を--

ご覧いただきありがとうございます。

1日2話以上の更新を目指しています。

多くの人に届くように、評価だけでもよろしくお願いします。



和ら木の午前。

湯気の立つポットのそばで、三郎はゆっくりと紅茶を注いでいた。

カウンターには、見慣れぬ包装の焼き菓子が並んでいる。


「……これ、ミュリエルさんの?」


カリスがうれしそうに頷いた。

カリス:「はいっ! 今日は“午後の休符シエスタタルト”の新作が届いてます!」


「もう定番になったんですね。」

三郎は箱を手に取り、やわらかく微笑んだ。

そこには、“菓子工房ミストラル”のロゴと、こう記されていた。


――甘く、時には休符を。


---


数年が経ち、ミュリエルの工房は街の象徴となっていた。

“正確さの中に温度を残す”その菓子は、料理人だけでなく、

詩人や音楽家、外交官までも虜にしていた。


今では、和ら木のスイーツも全て彼女の工房から届く。

ティーカップの横に添えられるひと口の焼き菓子――

それはどれも、世界のどこかで同じように味わわれているものだ。


---


【街の目新聞・第160号】

「世界にひと口の休符を

 ――菓子職人ミュリエルが奏でる“間”の革命」


 「菓子は音楽に似ている」と言ったのは、彼女だった。

 甘さを封印していた頃のミュリエル・ド・ミストラルは、

 正確さの化身だった。

 だが今、彼女の菓子は世界に“安らぎの拍”を刻んでいる。


 “午後の休符”シリーズは、王都のティーサロンをはじめ、

 夜の民(※摩族。摩は本来“摩訶不思議”に由来)の大使館でも提供されている。

 摩族の外交官トゥルカはこう語る。

 「この菓子は、沈黙の間に寄り添う。

  言葉を挟まず、互いに微笑む時間が生まれる。」


 いまや“休符”という言葉は、政治にも使われる。

 交渉が行き詰まった時、“ミストラル・ブレイク”を取ることが

 和平会議の慣例となった。

 それは小休止の合図であり、再開の約束でもある。一拍をとるのだ。


 ミュリエルは言う。

 「甘さは、焦りをやわらげる。

  人は休んでこそ、もう一度まっすぐに働けるんです。」


 彼女の作る菓子は、もはや嗜好品ではない。

 それは、働く者の“生き方”のリズムを整える、世界共通の“休符”だ。


 そして今、彼女は新たな挑戦を始めている。

 それは、“誰もが作れる休符”――

 家庭の台所でできるよう、全てのレシピを無料公開するという試みだ。


 「誰かの一日の中に、小さな“おいしい間”が生まれたら、

  それが私の一番の報酬です。」


 和ら木の午後に流れる音楽。

 その拍の隙間には、彼女が残した“やさしい間”がいつもある。


記:アルベルト・シュナイダー


---


「……“世界にひと口の休符を”か。いいタイトルですね。」

三郎は新聞をたたみ、タルトを一口かじった。


香ばしいアーモンドの層の奥から、穏やかな甘みがふわりと広がる。

それは、ひと仕事を終えたあとに深呼吸するような味だった。


「……甘さが、時間を止めますね。」


カリス:「はい。働く人のための“休符”ですよ。」


「きっとこの甘さが、世界をゆっくりにしてるんでしょうね。」


カリスは笑ってうなずいた。

カリス:「急ぐ人が多すぎましたからね。

でも、誰かが止まる勇気をくれたら、それも平和の一歩です。」


ワタまるがぽふっと鳴き、タルトの香りに包まれて目を細めた。


三郎はカップを持ち上げ、ゆっくりと一口。

「……焦らず、慌てず、甘く生きる。いい時代になってきましたね。」


外では午後の風が、街をやさしく撫でていた。

窓辺の鈴が小さく鳴り、和ら木の中に静かな“休符”が響いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ