第44話 --受け入れる器--
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朝の光が差し込む和ら木。
棚に並ぶ湯のみやカップは、どれも形が少しずつ違う。
ふちの高さが揃っていないものもある。だが、それが美しい。
三郎はカップを一つ手に取り、微笑んだ。
「……うん、やっぱりリアンさんの器は、どれも“人間っぽい”な。」
カリスがふわりと現れ、にこにこと頷く。
カリス:「はい。和ら木の器は、今や全部リアンさんのものですね。」
「お客さんが“この器、持って帰りたい”って言うの、ちょっとわかりますよ。」
ワタまる:「ぽふー!(歪みかわいい〜)」
カリス:「ふふっ、でも本当にすごいんですよ。街のあちこちで“歪み模様”の器を置くお店が増えてるんです。」
「ええ、聞きました。“リアン式”って呼ばれてるとか。」
カリス:「はい。しかも――ほら、今日の新聞。」
新聞受けから『街の目新聞』がすべり出る。
三郎が広げると、また見覚えのある署名があった。
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【街の目新聞・第149号】
「受け入れる器
――形の違いが、世界を結ぶ」
この街の喫茶店では、少し歪んだ器が出てくる。
ふちが曲がり、線がまっすぐでない。
しかし、その器を手に取った誰もが、なぜか微笑む。
“欠けではなく、個性だと思えるようになった。”
――そう話したのは、陶工リアン・フェルディア。
彼の器づくりは、完璧を追い求める厳格な修行の果てに、
一つの転換点を迎えた。
「歪みを捨てる」ではなく、「歪みを生かす」
――その哲学は街に静かな衝撃を与えた。
今やリアンの器は、
商人の館から貴族の食卓、さらには“夜の民”の宴席にまで並んでいる。
夜の民たちはこう語る。
“この器は、私たちの影を映す。欠けを恐れず、光を受ける器だ。”
彼らは歪みを“夜の美”と呼び、
それを神前の供え物に使うようになったという。
一方で、この流行は思わぬ波紋も呼んだ。
「歪んでいないことの価値」を見つめ直す者たちが現れたのだ。
機械によって均一に作られる工業製品が、
“誰もが同じ形を分け合える安心の象徴”として再評価され始めた。
――人が手で作る歪みと、機械が守る整い。
その両方が共に在ってこそ、文明は均衡を保つ。
リアンの哲学は、「不完全の肯定」を超えて、
“多様な完璧”という新しい価値観を生んだのだ。
和平協定に新たに加えられた「共生条項」は、
この思想に強く影響を受けている。
条文にはこうある。
“形の異なるものを排さず、
それぞれの形が調和することをもって、
平和の礎とする。”
私は思う。
完璧な器など、世界に存在しない。
だが、互いに認め支え合えば、必要とされる。
歪みを認めることは、他者を赦すこと。
そしてその赦しこそ、平和の最初の一滴である。
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読み終えた三郎は、ゆっくりとカップを置いた。
「……アルベルトさん、また上手いこと言いますね。『歪みを赦すことが平和の一滴』か。」
カリスは嬉しそうに笑った。
カリス:「リアンさん、すごいですよね。陶工の哲学が国の条文になるなんて。」
「“芸術は言葉より早く届く”って、こういうことなんですね。」
そのとき、ドアベルが鳴いた。
ちりん――。
リアンが顔を出した。
少し土で汚れた手、柔らかな笑み。
リアン:「……おはようございます。新聞、読みました?」
「もちろん。リアンさんの器、ついに世界を変えましたね。」
リアンは照れたように頭をかいた。
リアン:「いやぁ……僕はただ、作り続けてるだけです。歪んだままでもいい、って思えるようになったら、逆にどんどん自由に作れるようになって。」
カリス:「だからこそ、みんなが自由になれたんですね。」
リアンは少し考えて、笑った。
リアン:「そうかもしれませんね。
僕も、他人の形を見て“これも美しい”って思えるようになりました。」
三郎は頷いた。
「それが“平和”なんですよ。器も人も、完璧じゃなくていい。
でも、それぞれの歪みと整いが噛み合えば――世界はきっと壊れない。」
ワタまる:「ぽふー!(おかわりの器〜)」
「はいはい、どの器にします?」
リアン:「できれば、ちょっと歪んでるやつでお願いします。」
「はい、どれも素敵で悩んじゃいますけど。」
と微笑みながら、器を選ぶのだった。
湯気が立ちのぼり、やわらかな光が器を包む。
その揺らめきは、まるで“異なる形が一つの調和を奏でる”ようだった。




