第43話 --静謐之声《せいひつのこえ》--
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この話の投稿にあたり第14話を改稿しております。
ご了承ください。
和ら木の朝。
曇り空の向こうから、やわらかな陽がのぞく。
木鈴がちりんと鳴き、新聞受けに『街の目新聞』が顔を出した。
三郎はカウンターを拭きながら、それを受け取り、
「さて、今日はどんなニュースかな」と呟く。
見出しには経済欄、地域欄、文化欄――
どれも見覚えのある文字が並んでいる。
「ふむ、今日は平和な記事ばかりですね。」
カリスがふわりと現れ、新聞の端を指でつまんだ。
カリス:「あれ? 三郎さん、“社説”読んでませんね。」
「社説? え、ああ……いつも文字多くて後回しにしてたかも。」
カリス:「も〜。今日は読まなきゃダメです。“あの人”が出てますよ。」
「“あの人”? ……って、…えっ!…ユリウスさん!?」
カリス:「はい。“街の目新聞”の社説です。」
三郎は慌てて新聞を開き、目を凝らした。
紙面の最上段、太い文字が目に飛び込んでくる。
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【街の目新聞・社説】
「静謐之声」――沈黙は、真実を語る。
記:アルベルト・シュナイダー
この街には、声を張り上げる者が多い。
権力を糾弾する声、改革を求める声、主張を掲げる声――
そのどれもが、誰かの正義だ。
だが、私たちは忘れていないだろうか。
“沈黙の中にある正義”を。
数日前、私は取材の途中で、一人の青年に出会った。
彼は声を荒げるでもなく、ただ静かに言った。
――「僕、我慢をやめたんです。
でも、荒っぽくなったとかじゃなく…。
自分の想いを伝えるようにしたんです。」
私はその言葉に胸を撃たれた。
戦場のような会議室でもなく、演説でもなく、
一杯の紅茶の向こうから語られたその言葉に。
彼はこうも言った。
「断るのは怖いんですよ。取り残されそうで。
でも、嘘の“はい”は優しさじゃない。」
私は悟った。
正義とは、叫ぶことではなく、誠実でいることだ。
“悪を野放しにするな”という信念を持って歩んできた私だが、
同時に“正義を押しつける”ことで誰かの声を奪ってきた”ことにも気づいた。
正義を語るより、誠実に耳を傾けよう。
怒号よりも、沈黙にある勇気を拾おう。
声を上げる者だけでなく、
声を上げられなかった者たちの“静謐の声”を。
その一言が、誰かの心をほどき、
そのほどけた優しさが、次の人を救う。
その想いがこの社説、静謐之声に繋がっている。
世界を変えるのは、
拳ではなく、“やさしく頷く首”かもしれないのだから。
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読み終えた三郎は、ゆっくりと息を吐いた。
「……アルベルトさん、完全に変わりましたね。」
カリスは嬉しそうに微笑む。
カリス:「正義を叫んでいた人が、“頷く人”になりましたね。」
「ユリウスさんの“我慢をやめた”が、ここまで響くとは……。
静かな人ほど、世界を動かすのかも。」
ワタまる:「ぽふ〜!(静かでも甘い〜)」
そのとき、ドアベルが鳴いた。
ちりん――。
「……わぁ…、噂をすれば。」
入ってきたのは、少し寝ぐせの残るユリウスだった。
肩の力が抜けた穏やかな笑みを浮かべている。
ユリウス:「おはようございます。……あ、新聞、読んじゃいました?」
「読みましたよ。まさかあなたが“社説デビュー”とはね。」
ユリウスは照れ笑いを浮かべた。
ユリウス:「いやぁ、インタビュー受けたときは、そんな大げさになると思わなくて……。
アルベルトさん、熱心に聞いてくれて。最後、泣いてたんですよ。」
カリス:「泣いて……? アルベルトさんが?」
ユリウス:「はい。“誰かに“やめた勇気”を教えてもらったのは初めてだ”って。」
三郎は、ゆっくり笑った。
「……いい影響を与えましたね。
人を責める正義から、人を包む正義へ。
あなたの“静けさ”が、世界をやわらかくしたんですよ。」
ユリウス:「そんな大層なことじゃないですよ。
ただ、自分の声を出してみただけです。」
カリス:「それが一番難しくて、一番強いことなんですよ。」
ワタまる:「ぽふっ(しかも甘い)!」
「ほんとだね。……静かな声があるからこそ、正義も、優しさも、響くんでしょうね。」
ユリウスは笑い、紅茶を一口飲んだ。
雨上がりの光がカウンターを照らす。
その光はまるで、
世界中の“静かな人たち”にスポットライトを当てるようにやわらかく、
そして確かに、温かかった。




