第42話 --認められたい--
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朝の和ら木。
木鈴がやさしく鳴り、新聞受けから『街の目新聞』が顔を出す。
三郎はカップを磨く手を止め、それを受け取った。
カリス:「今日は“アメリアさん”ですよ。」
「おお、あの完璧主義のお母さんが?……まさか教育欄じゃないですよね。」
カリス:「いいえ。“社会面トップ”です。」
「……社会面!?」
カリスは得意げに頷き、三郎は慌てて紙面を広げた。
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【街の目新聞・第142号】
「“褒め言葉”が交わす未来
――子どもを笑顔にした母の、その先に」
アメリア・ハートフィールド。
かつては厳格な母として知られた彼女が、今では街の教育講師として招かれている。
テーマは「褒めることで、子どもは伸びる」。
だが、この記事で伝えたいのは“教育論”ではない。
褒め言葉は、争いの反対語である。
アメリアの小さな家庭から始まった「褒める文化」は、やがて学校に、職場に、そして役所にまで広がったのだ。
だが、それは決して「甘やかし」ではなかった。
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“ありがとうメモ”が対話のルールを変えた
最初に広がったのは、アメリアが提案した“ありがとうメモ”。
学校で生徒が互いの良いところを書き合う取り組みだった。
この仕組みがやがて、大人たちにも取り入れられた。
商店会では、意見が対立したときにまず「相手の努力にありがとうを言ってから反論する」という新ルールが生まれた。はじめこそ批判的な者もいたが、
会議時間は半分になり、決裂の数はゼロになったのだ。
「相手を褒めてから話すと、相手の耳が
開く準備をし始めるんだ。」――商店会長談。
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“非難禁止会議”から“共感型調整”へ
この流れは役所の議論にも影響した。
「否定から始めない」方式――通称“アメリア・メソッド”が行政の対話法に採用された。
会議冒頭で「この取り組みの良い点を一つ挙げる」ことが義務化されたのだ。
最初は笑われたが、次第に発言のトーンが変わり、対話の総量が増えた。
人は攻撃されると黙るが、認められると語り出すと同時に聞き入れやすくなる。
――そして、“語り合う文化”は、政治にも波及していった。
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“対話型討議”が和平交渉の下地に
隣国との関係が不安定化した際、和平協定準備会議の司会進行が難航した。
誰もが譲らず、声が荒れたその場に、ファシリテーターとして呼ばれたのが、かつて教師だった女性
――アメリアの教え子のひとりだった。
彼女が提案した最初のルールは簡単なものだった。
「相手の意見を認めてから、自分の意見を言いましょう。」
最初、外交官たちは「それでどうなる」と、半笑いだった。
だが、そのわずかな“認めの余白”が、長年続いた緊張をやわらげた。
翌日から、会議の進行速度が劇的に上がった。
“信頼は、勝者からではなく、理解者から生まれる。”
“褒める言葉は、武器の反対側にある最初の握手だ。”
アメリア本人の言葉を最後に記そう。
「子どもは何でも頑張っちゃうでしょ。
だから、大人こそ怒らずに“いいね”って言える余裕を持たなきゃ。
それが、次の平和を作る力になると思うんです。」
記 アルベルト・シュナイダー
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新聞をたたんだ三郎は、静かに笑った。
「……まさか、“よくできました”が和平協定の原型になるなんて。」
カリス:「褒めるって、相手を“受け入れる”ことでもありますからね。
争いの根っこはいつも、“認められない”ところから始まるんです。」
ワタまる:「ぽふー!(褒めて平和!)」
「たしかに、誰もが“認めてもらいたい”んですよね。
子どもはもちろんだけど、大人だって。
そこを満たす言葉があるだけで、争いの火種は小さくできる。」
カリス:「……言葉の“甘さ”が、ついに武器を超えましたね。」
三郎は笑みを浮かべ、窓の外を見やった。
街の広場では、子どもたちが描いた絵が風に揺れている。
“ありがとうの木”――たくさんの葉っぱの形のカードに、
一人ひとりが誰かを褒める言葉を書いている。
「……いい風景ですね。
平和って、相手の存在を“認めること”から始まるのかもしれません。」
カリス:「認められる世界――それはまた、“甘く出来る”世界です。」
三郎は頷いた。
「この街、ほんとに変わりましたね。」
薪がぱちりと弾け、甘い香りが漂う。
カップから立ちのぼる湯気が夕陽を映し、
その中に“褒める”という名のやさしい光が溶けていった。




