第41話 --言葉の重さ--
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昼下がりの和ら木。
木鈴がちりんと鳴り、穏やかな風がカウンターを撫でた。
棚の上には数紙の新聞。その隅には最近よく見る名前がある。
“アルベルト・シュナイダー”
カリス:「三郎さん、今日はジャーナリストなお客様が来ますよ。」
「……まさか、あの暴走記者が?」
カリス:「ふふっ、今は“編集長”になったそうです。」
その瞬間、ドアベルが鳴いた。
入ってきたのは、落ち着いたスーツの男。
かつての鋭さはそのままに、瞳の奥に静かな湖のような深さを湛えている。
アルベルト:「……久しいな、三郎君。」
「これはこれは、“街の目”さん。お元気そうで。」
アルベルトは笑みを浮かべ、帽子を取って腰を下ろす。
以前のような勢いはなく、言葉に重みがあった。
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アルベルト:「……昔の私は、正義を振りかざすことが仕事だと思っていた。」
「たしかに、“悪を暴け”って叫んでましたね。」
アルベルトは苦笑し、茶をひとくち。
アルベルト:「若い頃、街の裏で見たんだ。
病人が放置され、富める者が笑っている。
それを見過ごす大人たちの沈黙に、耐えられなかった。
だから何とかしたくて決めたんだ。
“悪を野放しにするな”――それが私の出発点だった。」
「……まっすぐな怒りですね。」
アルベルト:「そう、そしてその怒りが、やがて“誰かの正義”を踏みにじっていた。」
三郎は黙って耳を傾ける。
アルベルトは静かに続けた。
アルベルト:「私は気づかなかった。
人にはそれぞれ“正義”があるということを。
それがぶつかり合う時、確執が生まれ、
その狭間に“悪”が育つんだ。」
「……正義が増えるほど、争いが増えるんですね。」
アルベルト:「そうだ。私が声を上げれば上げるほど、
誰かの声を奪っていた。
“正義”が世界を照らすと思っていたのに、
いつの間にか、その光が眩しすぎて、影を作っていた。」
「……それで、“悪を野放しにするな”の気持ちが変わったんですね。」
アルベルトは静かに頷く。
「そしてこう思うようになった。
“正義を押しつけるな”。
正義は一つじゃない。
誰もが、自分の見ている光の下で懸命に生きている。
それからようやく、私は――正すよりも、伝えることを選ぶようになった。」
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外の風が、店の暖簾をゆらす。
茶の香りが立ちのぼり、静けさが流れる。
アルベルト:「言葉の仕事は、戦うことじゃない。
橋をかけることだ。
“想いを伝えるだけ”――それで十分、世界は良くなる。」
「……押しつけない正義、ですか。」
アルベルト:「ああ。
正義は時に刃になる。だが、想いは水のように滲む。
誰かの痛みをなぞり、誰かの心を潤すことも。
それが私の今のジャーナリズムだ。」
カリスは目を細めて微笑んだ。
カリス:「……世界を良くする方法が変わっただけで、やっぱり根っこは同じなんですね。」
アルベルト:「そうだ。
“悪を野放しにするな”という信念は消えちゃいない。
そしてその裏に“押しつけられた正義”があると知った。
だから今は、私自身が“押しつける正義”になる
“誰かを責める言葉”ではなく、
“誰かを守る言葉”として、記事にしている。」
「……いいなぁ。まっすぐ過ぎてどうなるかと思ってましたが、すっかり丸くなりましたね。」
アルベルト:「人は、角を削って丸くなると思ってたが、
本当は――角を包み込めるぐらい想いを纏うことが
丸くなるってことなんだな。」
夕陽が差し込み、新聞の上の活字が金色に光った。
カリスが沈黙を破り、
「では今回の甘甘ポイント、“想いを伝える橋”として――+55ポイントです!」
アルベルト:「ふっ、やっとマイナスを返上できたか。」
「十分返しましたよ。むしろ記者人生、黒字ですね。」
アルベルトはお茶を飲み干して立ち上がり、帽子を深くかぶった。
「……ありがとう。君の“甘さ”が、私の正義を和らげてくれた。」
「また遊びに来てください。今度も取材は無しでゆっくりと。街の目新聞楽しみにしてます!」
アルベルト:「ありがとう。“言葉で争わず、想いで伝える”。それが私の新しいスタイルだ。」
木鈴がちりんと鳴り、
夕風がページをめくった。
一枚の紙面に残る署名――
アルベルト・シュナイダー
「正義は押しつけず、ただ想いを伝える。」
その言葉は、
まるで一度怒りで燃えた炎が、
今は世界を温める灯火になったように、静かに光っていた。




