第40話 --名も無い青年 Rian.--
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朝の和ら木。
木鈴がちりんと鳴り、新聞受けから『街の目新聞』が顔を出す。
三郎はカップを磨く手を止め、それを受け取った。
カリス:「今日は“例の青年”の記事ですよ。」
「おお、ついに来たか……」
新聞の一面には、淡い青で印刷された見出しが躍っていた。
「“Rian.”――その一筆が世界を動かした」
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【街の目新聞・第140号】
「絵が境を越えた日
――“Rian.”という名の筆跡」
和平協定準備会議の前夜、
国境沿いの廃塔の壁に、夜明けまでのあいだに一枚の絵が現れた。
摩族(夜の民。摩は本来“摩訶不思議”に由来)の少年と人族の少女が、
壊れた門の上で同じ空を見上げる。
その空はどちらの国の色にも属さない“薄明の青”。
絵の隅には、小さくこう書かれていた。
“Rian.”
誰かの名前か、サインか、落書きか。
それでも、この絵が翌朝の緊張を変えた。
両国の兵が足を止め、同じ方向を見上げたという。
その日から、人々はその筆跡を“リアン”と呼ぶようになった。
調査を続けた結果、記者アルベルトは、
この“Rian.”が数年前まで各地を放浪していた一人の青年画家であると突き止めた。
彼は名乗らず、報酬も受け取らず、
焼け跡の壁や、壊れた橋、使われなくなった門に絵を描いて去っていった。
どの場所にも、見知らぬ誰かが手を取り合う姿があった。
取材で辿りついた人々の証言はどれも似ている。
「ぼさぼさ頭で、絵具まみれの青年が来て、
“紙がないからここに描かせて”って言ってました。」
「あの人、絵以外はほんとに適当だった。
でも、描いてる時だけは、まるで風が止まるみたいだった。」
“Rian.”はそのまま旅を続け、
やがて摩族の画工リュサと出会い、共に《混ざる光》を描いた。
それが和平協定文化章の礎となったことは言うまでもない。
私は取材を通して分かったことがある。
“Rian.”とは、名ではなく風のような印。
彼が去ったあとも、その風は誰かの手の中で描かれ続けているのだと。
記 アルベルト・シュナイダー
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新聞をたたむと、三郎はしばらく笑っていた。
「やっぱりねぇ……紙を持ち歩かない画家なんて、あの子しかいない。
リアンって名前だったのかぁ。」
カリス:「“持ってないなら壁に描く”って発想、まるで彼らしいですよね。」
「ええ。あのときから、何も変わってない。」
三郎は笑みを浮かべ、湯気の立つマグを置いた。
「……でも、やりたいことをやり続けると、
気づいたら世界の真ん中に立ってるんだな。」
カリスはうなずいた。
「肩書きも名声もいらない。
ただ描きたいから描く――それが“本物の自由”なんでしょうね。」
ワタまる:「ぽふー!(でもちゃんと寝ぐせは直してほしい!)」
三郎:「あはは、きっと今もそのままだよ。」
薪がぱちりと弾け、
朝の光がカウンターに伸びていく。
窓の外では、子どもたちがチョークで描いた虹が風に揺れていた。
その下に小さく、誰かが落書きをしている。
> “Rian.”
三郎はふっと笑った。
「……まったく。相変わらず、こっそり描いてるんだろうな。」
カリスは微笑んで、
「ええ。でも、こういう人が世界をやわらかくしてくれるんです。」
ちりん――。
木鈴が鳴り、春の風が店に流れ込む。
その風の中に、青い絵の具の香りがほんのり混じっていた。




