第39話 --流れを託す者たち--
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和ら木の朝。
カウンターの上に並んだカップに、ゆっくりと湯が注がれていく。
立ちのぼる湯気が、まるで川霧のように光を包んでいた。
ふわりと光が舞い、カリスが現れる。
カリス:「三郎さん。今日の新聞、きっと驚きますよ。」
「またアルベルトさんの特集ですか?」
カリス:「ええ。しかも“商の源流”です。」
「もしかして…!」
三郎は受け取った『街の目新聞』を広げた。
紙面の見出しには、大きくこうあった。
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【街の目新聞・第138号】
「流れを読む商人
――ベルトラン、自由交易の礎を築く」
かつて「越えられる壁しか作らない」と語った商人ベルトラン。
彼は今、国境を越える“新しい流れ”を作り出している。
彼が提唱したのは、“水の商い”の考え方だ。
「交易とは、水のようにあるべきだ。
高き所から低き所へ、自然と流れ、
滞れば腐り、巡れば潤う。」
この思想のもと、ベルトランは摩族(夜の民。摩は本来“摩訶不思議”に由来)との連携を進め続けていた。
かつて敵国と呼ばれたその民と、
「互いに水を通し合う」仕組みを築いたのだ。
摩族の代表・セレスとは、若き日に交わした約束があった。
――“いつか、世界を自由に行き来できる流れを作ろう。”
長い歳月を経て、それは実現した。
今や、ベルトラン商社の交易路は大陸全土を貫き、
人も物も文化も、水のように自然に行き交っている。
ベルトランはこう語る。
「商売、特に流通は川だ。
川上にいる者は源を守り、
川下にいる者は受け取って育てる。
どちらが偉いでもなく、ただ流れを止めぬことが使命だ。」
この思想は、“和平協定”の経済部門の基礎設計にも採用された。
争いを抑えるには、壁を作るより、水を流す。
流れが続けば、乾いた土地にも笑顔が戻る。
「人は壁で区切られるより、水でつながる方が自然だ。
その自然を取り戻したのが、商人ベルトランである。」
記 アルベルト・シュナイダー
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新聞をたたむと、三郎はしばらく黙っていた。
やがて小さく笑みをこぼす。
「……ベルトランさん、やっぱりすごいな。
壁を作る人から、水を流す人になったんだ。」
カリス:「師匠って、成長してもちゃんと先を見せてくれますね。」
「ええ。僕もまだ、“流れを読む”には程遠いですけど。」
そのとき、木鈴がちりんと鳴いた。
入ってきたのは、どこか穏やかな表情のベルトランだった。
ベルトラン:「……おや、噂をしていたようだな。」
「ベルトランさん……!お帰りなさい。」
ベルトランは笑みを浮かべ、静かに腰を下ろした。
湯気の立つカップを手に取りながら、言う。
ベルトラン:「人の心も、水のようなものだ。
閉じ込めれば濁り、流せば澄む。
だが、放っておけば乾く。
――だから、器が要る。」
「器……ですか?」
ベルトラン:「ああ。器があってこそ、水は形を持つ。
お主の“和ら木”は、まさにその器だ。
人が流れ込み、また出ていく。だが、皆、少し澄んで帰っていく。」
三郎は目を伏せ、少し照れたように笑った。
「……僕はただ、話を聞いてるだけですよ。」
ベルトラン:「聞くとは、流れを整えることだ。
それを続けていれば、やがてお主の水も、誰かの川になる。」
カリスはうっとりした顔で言った。
カリス:「もう完全に師匠と弟子ですね……! 三郎さん、川になります宣言です!」
「そんな変な宣言させないでください。」
ベルトランは笑い、静かにカップを置いた。
ベルトラン:「この流れは、いずれ世界を包む。
人も国も、摩族も――
それぞれの器を保ちながら、同じ水脈で生きる時代が来るだろう。」
「……それが、和平協定の姿なんですね。」
ベルトラン:「ああ。壁ではなく、流れで守る時代だ。」
三郎は深くうなずき、マグを握りしめた。
その掌に、温かい“流れ”が確かに宿っていた。
ちりん――。
木鈴が鳴り、外からそよ風が吹き込む。
遠くで子どもたちの笑い声が響いた。
それはまるで、世界中の川が一本に繋がる音のようだった。




