第38話 --世界はでっかい家庭--
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朝の和ら木。
木鈴がやさしく鳴り、新聞受けから『街の目新聞』がすべり出る。
カリス:「今日は“ライラさん”ですよ。」
「おぉ、お母さんの“ハハハ”が、どこまで届いたのか……楽しみですね。」
三郎は新聞を開いた。
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【街の目新聞・第126号】
「笑う台所が街を変えた
――“ありがとう”から始まる共同の知恵」
ある日、一軒の家の台所で“ありがとう”が増えた。
最初は皿洗いに一言。翌日は洗濯に一言。
それだけの変化が、家族の呼吸を整えた。
獣人の母ライラは、完璧主義をひとつ緩め、
「直すのは一個だけ」に決めた。
夫は「最後はお湯で流す」を覚え、
子どもたちは「パパやるじゃん!」と笑った。
本当に欲しかった家庭の笑顔を手に入れた。
その家庭の笑い声が、やがて家の壁を超えた。
① 父親の“交代当番”が近所に広がる
ライラ宅の当番表を見た近所の父親たちが、
「うちも真似しよう」と週一の“父当番”を始めた。
仕事帰りの遅い者には、早番の夫が下ごしらえをする――
“できる人が、できる時に、できる分だけ”。
家が回ると、翌日の仕事の質が上がると評判になった。
② 学校に“ありがとうカード”が導入される
子どもが家で始めた“ありがとうメモ”が担任の目に留まり、
学級で「今日のありがとう」を一枚ずつ書く仕組みができた。
忘れ物が減り、ケンカの回復が早くなったという。
③ 商店街に“子連れ時短シフト”が生まれる
母親たちの井戸端会議から、商店会が
「都合の良い1時間だけの短時間シフト」を試行。
育児中の人でも働ける枠が生まれ、
パン屋、八百屋、仕立屋の朝がスムーズになった。
(“やさしさの味”で知られる前線支店の成功モデルと合流)
④ “混ざって笑える祭り”が復活する
家で整った余裕は、地域の余裕に変わる。
今年の秋祭りは、摩族(夜の民。摩は本来“摩訶不思議”に由来)の屋台も招いた。
香草の串焼きと、人族の焼き菓子。
子どもたちは種族を気にせず並び、
“ありがとうカード”は多言語で飾られた。
「一緒に食べれば、怖くない」――
そんな当たり前が、やっと当たり前になった。
⑤ “家庭の約束”が和平の準備会議へ
家庭の“ありがとう”は、学校と商店を経て、
地区評議の“対話の型”になった。
「責めない・一個だけ直す・次も頼む」
――この三つの約束が、のちの和平協定準備会議の
ファシリテーション・ルールとして採用されたのである。
笑い声で回り始めた一軒の家が、
街の歯車に噛み合い、国境の錆を落とした。
“笑う家庭”は、最小で最大のインフラだ。
記 アルベルト・シュナイダー
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新聞をたたみ、三郎は小さく笑った。
「“直すのは一個だけ・次も頼む”が、会議の型になるとは。」
カリス:「家庭で回った型は、街でも回るんです。
怒りは広がりやすいけれど、笑いも同じだけ広がるから。」
ワタまる:「ぽふー!(台所=インフラ)」
「ライラさんちの“ハハハ”が、国境の向こうまで届いたか。」
カリス:「ええ。安心が増えると、他人の声が聴こえる。
それが“話し合う席”を作ったのだと思います。」
三郎は窓の外を見た。
近所の路地で、父親が子の肩を抱いて歩いている。
子どもが振り返って手を振り、母が笑って返す。
「……いいですね。ああいうのが、世界を運んでいく。」
カリスは頷き、湯気の向こうで微笑んだ。
「次は――きっと、あの家の“ありがとう”が別の場所で芽吹きます。
おかわり、どうぞ。」
薪がぱちりと鳴る。
“笑う台所”の香りが、和ら木にまで満ちてきた気がした。




