第37話 --真なるノブレス・オブリージュ--
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朝の光がカウンターを包み、木鈴がからんと鳴る。
三郎は新聞受けから一枚の束を取り出した。
「おっ、来ましたね!…“街の目新聞”。……今日は誰だろうな。」
カリスは微笑みながらティーポットを傾ける。
カリス:「今回は真なるノブレス・オブリージュ。“クララ様”ですね。」
「ついに来ましたね。“貴族社会を変えた人”の記事。」
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【街の目新聞・第118号】
「“任せる勇気”が貴族社会を変えた
――ヴァレンティーナ家に咲いた信頼の花」
クラリッサ=ヴァレンティーナ=フォン=ローゼンリヒト。
かつて“完璧主義”と呼ばれた令嬢の屋敷であるが、
いま“信頼で回る仕組み”が根づいている。
その始まりは、たった一言――
「あなたに任せますわ。」
命令でも放棄でもない、信頼の宣言だった。
使用人たちは次第に自ら考え、動き、支え合うようになった。
“見られて働く”から“信じられて働く”へ。
その変化は、屋敷の外にも広がっていった。
やがて、クララのもとで働いていた者たちは、
次々と他家の立て直しや、新しい職場の改革に招かれるようになった。
クララは彼らを引き留めることなく、こう言って送り出したという。
「あなたの働きは、この家に留まるには惜しゅうございますわ。
新しい地で、あなたの信頼を花咲かせてくださいまし。」
この主に報いたい、そう多くの者が想い旅立ったことだろう。
それは、解雇ではなく“巣立ち”だったのだから。
クララが任せ、信じ、見守ることで、
彼女の“信頼の文化”は領民はもとより領地の外へも広がっていった。
その結果、地方の小領主たちの間では特に
「任せて立て直す」手法が早くから浸透し、
破綻寸前だった多くの家が再興を果たした。
この流れは、やがて「信任再建」と呼ばれ、
“忠誠を集める貴族”より“信頼を生む貴族”が尊ばれるようになり、多くの貴族が乗り遅れてはならないと、その想いを学んだのだった。
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クララ公爵夫人(当時の爵位名)の言葉が貴族評議会に記されている。
「信じるとは、放任ではなく、見えなくても待てることですの。」
さらに、彼女はこの理念を“ノブレス・オブリージュ”の再定義として語った。
「ここで起きたすべての責任は、私に。
そこに益する働きには、最大限の栄誉を。」
この一文は王国法典に残り、
“クララの法”と呼ばれる貴族信任制度の根幹となった。
以後、“主”の役割は命令ではなく、
“責任を引き受け、功績を讃える者”へと変わった。
この思想は、和平協定運営委員会の構造にも受け継がれ、
指揮ではなく信頼によって組織が動く世界を実現している。
記 アルベルト・シュナイダー
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三郎は新聞を静かにたたみ、息を吐いた。
「……“ここで起きたすべての責任は私に”。
クララさん、本物のノブレス・オブリージュを作っちゃいましたね。」
カリス:「ええ。地位を持つ人が“責任を引き受け”、
“褒めることを誇りにする”。……それが本当の貴族です。」
木鈴が再び鳴った。
ドアの向こうから、聞き慣れた上品な声。
クララ:「当然のことをしたまでですわ。」
「話題の人が来たー!ほんとにタイミング完璧ですね!」
クララは優雅に微笑み、カウンターに座る。
今日の装いは凛として、それでいて柔らかい。
クララ:「わたくし、ようやく理解しましたの。
“上に立つ”とは、見下ろすことではなく、
誰より先に責任を引き受けることですわ。
そして、それに応えてくれる人を讃える――
それがいちばん誇らしい瞬間なのですの。」
カリス:「……もう完全に哲学者ですね。」
クララは微笑んで、ティーをひとくち。
クララ:「哲学ではありませんのよ。
“ありがとう”を繰り返していたら、気づいたらこうなっただけですの。」
「……いいなぁ、それ。」
ワタまる:「ぽふー!(貴族の中の貴族!)」
クララ:「まぁ、当然の結果ですわ。」
と言いながら、どこか照れたようにカップを傾けた。
カリス:「信頼が誇りを生み、誇りが平和を支える。
――これもまた、和ら木の系譜ですね。」
薪がぱちりと鳴る。
柔らかな香りの中で、
クララは静かに言葉を締めくくった。
クララ:「信じて任せること。
それこそが、わたくしたちの“高貴なる義務”ですわ。」
ちりん――。
木鈴が鳴り、穏やかな風が通り抜けた。
責任と栄誉がひとつになったとき、
人は初めて、“上に立つ資格”を得るのかもしれない。




